その74
「ヤ・マ・オ・キさん?」
チャイと呼ばれた青年が恥ずかしそうにして繰り返してくる。
どうやら、私の名前を再確認しているようだ。
「そ、そうだ。旅行で、インドに来ている。」
島本がそう補足してくれる。
「チャイ君は、日本語を猛勉強中なんだ。
同じことを繰り返して聞いてくることがあるが、まぁ、勉強のためだと思って付き合ってやってくれ。」
島本は私の肩をポンと叩くようにしてジープを降りた。
私が驚いたのは、そのチャイ君が手帳のようなノートを取り出して、鉛筆で何やら書いていたことだった。
そう、立ったままでである。
「えっと・・・、ヤ・マ・オ・キさん。」
どうやら、彼は私の名前をノートに書き込んでいるようだった。
「お~い、チャイ君。そろそろ下ろしてくれ。」
トラックのところへ行った佐々岡がそう言っている。
「あっ、は~い! 畏まりました。」
チャイ君は、素早くノートをポケットに突っ込んだかと思うと、反転して走って行った。
「畏まりました・・・か・・・。」
私は、その言葉に懐かしさとチャイ君の真剣さを同時に感じていた。
既に、日本人ですら、あまり使わなくなった言葉のように感じられた事もある。
「何か、お手伝いできる事はありますか?」
私は佐々岡に問うた。
同じトラックに揺られてきたのだ。
何か出来ることがあれば、手伝いたいと思ったからだった。
泊めて貰った恩返しの意味もある。
「い、いえ・・・、お客様なんですから、ゆっくりと見学していてください。」
佐々岡は、前田とチャイに指示を出しながら、そう言ってくる。
トラックから、5台の小型耕運機などが順次下ろされていた。
「悪気は無いので、許してやってください。」
気が付くと島本が傍にやってきていた。
「い、いえ・・・。」
私はまるで心の中を読まれたように赤面した。
「まぁ、彼らも必死なんですよ。ここで、何台売れるか。何件、カタログを受け取ってもらえるか。
それが、即、自分たちの成績に反映されますからね。」
島本は、そうして動く部下達を眩しそうに見て言う。
(つづく)