その73
「その春田部長が開発した小型のキャタピラー技術が、今のトラクターや耕運機の小型化、軽量化を進めてきたんだ。
春田部長は、それぞれの土地の土壌土質にあったキャタピラーを組める人なんだ。」
島本はまるで自分の事のように胸を張って言う。
「えっ! 土質によって変えてるんですか?」
私は、そこまでしているとは思えなかったから問い返す。
「もちろんだ。だから、こうしてインドまでやってきてるんだ。」
「じゃあ、インド用のキャタピラーで?」
「まあ、インド用ってことじゃあないんだが、インドでもそれぞれの地方によってその土壌の状態は異なる。
狭い日本でもそうなんだから、この広いインドだったらなおさらだろう?」
「な、なるほど・・・。」
正直、私はそこまでしているとは思えなかったから驚く。
「これからは、相手に合わせた、つまり顧客のニーズに合わせた製品でなければ買ってもらえない。
メイドインジャパンだけで押し切れる時代ではなくなってくる。
それを押し切るようだと、あの戦争時と同じになってしまうからな・・・。」
「・・・・・・。」
「だから、こうして我々がインドの地方を回るのは、ひとつには製品の実演だし、製品のPRなんだが、もうひとつは、そうした使う側の人達の生の意見を製品に生かしたいからなんだ。
春田部長は、自ら志願してインドに来ておられる。」
「ほう・・・。」
私は、春田部長という人物像が変化していくのを感じた。
「もうすぐです。」
運転席の前田が言ってくる。
やがてモルタル作りの建物の傍に人が集まっている場所に着く。
「ああ、チャイ君のトラックが先に来てる。」
佐々岡が指差すように言う。
人々が集まっている中央には、小型のトラックがあった。
「お、おはようございます・・・。」
年齢はよく分からないが、インド人特有の顔をした青年がジープに近づいてくる。
そして、少しアクセントの可笑しい日本語でそう言ってきた。
両手を顔の前で合わせている。
「ああ、チャイ君、ご苦労様。」
島本がそう答える。
「紹介しておこう。こちらがチャイ君と言って、春田部長の下で働いてくれている青年だ。
そして、こちらが、日本の大学生で、山沖君だ。」
島本は、後段部分を意識してゆっくりと話した。
(つづく)