表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/98

その71

「で、気が付いたら、正社員にしてくれてた。」

島本は、ようやくにっこりと笑ったように言った。


「ん?」

「10ヶ月ぐらいたったときだったかなぁ・・・。

それまでは“賃金明細”となってたのが、突然に“給与明細”って紙に変わっていた。」

「・・・・・・。」


「俺はそうした面に疎いから、“ああ、様式が変わったんだな”とだけ思ったんだが、同時に渡された袋には、俺が予想していた以上の金が入っていた。

で、慌てて表を見直したもんだ。

他人の袋と間違ったんだじゃないかってな・・・。」

「・・・・・・。」

「それでも、確かに封筒の表には俺の名前が書かれていたんだ。

で、改めて明細を見たら、どうにもそれまでとは違う項目と金額が書かれていた。」

「・・・・・・。」


「で、主任と呼ばれていた人に訊きに行ったんだ。

これ、何かの間違いじゃないのかって・・・。」

「そ、それで?」


「そうしたら、お前、聞いてなかったのか?って・・・、笑われた。」

「ん?」

「今月から正社員に採用するって人事異動の紙が張り出されてたろ?

そう、言われたんだ。」

「えっ! それを、本人が知らなかったってこと?」

「ああ・・・、嘘のような、落語のような話だろ?

そういう意味ではおおらかな時代だった・・・。」

「そ、それで・・・。」

「あ、それが今日の始まりだ。」

「・・・・・・。」

私は、いささか呆れた。

如何に戦後の混乱期だったとしても、そうした事が本当にあったとは・・・。



「人生にはいろんな出会いがある。

いろんなきっかけがある。

その時に、どうその最初の一歩を踏み出すかだ。」

「・・・・・・。」


「俺も、そこでの作業が好きだったし、懸命に先輩の技術を見て盗もうとした。

黙ってたら、誰も教えちゃあくれないからなぁ。

で、会社も、そうした俺の資質を見抜いたんだろうな。

何の相談もなく、いきなり正社員として雇ってくれた。」

「・・・・・・。」


「人生、ふたつの道を同時には歩けない。

だから、あの時採用されてなかったどうなっているんだろうなんて考えたりはしない。

人が、そして会社が求めてくれたんだから、それに素直に従っただけだ。

後悔するかどうかは、それからの自分次第だろ?」

島本は、一段と激しくなる車の揺れを楽しむかのように言ってくる。



(つづく)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ