その66
「インドの人は、親日と言うより、“日本人は凄い!”っていう感覚があるようなんだ。」
島本が続けてくる。
私に言っていると同時に、後輩のふたりにも聞かせようとしているような感じだ。
「インドは、長い間イギリス帝国の支配を受けてきた。
民族自体が蹂躙された歴史が長い。
言わば、反白人の感情が根強いんだな。
そこに、白人のひとつであるロシア人と戦って打ち負かした日本人が登場した。
そう、いわゆる日露戦争だ。それで、日本が勝った。
このことが、当時のインドの人に与えた影響は大きかったらしい。」
「ほう・・・、日露戦争ですか・・・。」
私は、正直驚いた。
その当事者の一方である日本人であるのに、もはや日露戦争は歴史的な領域に格納されていたからだ。
入試に出るから覚えただけの知識に過ぎない。
「そして、第二次世界大戦だ。
世界一の大国であるあのアメリカと戦ったのが小さい島国の日本だった。
確かに、負けはした。
それなのに、戦後、僅か10数年で、あれだけの復興を成し遂げた。
インドの人からすれぱ゛、それは驚異的なことに思えたらしい。」
「・・・・・・。」
「インド人の大部分は、日本の広島、長崎を知っている。
そう、原子爆弾を落とされた場所だとちゃんと知っているんだ。
もちろん、行ったこともない場所なんだが、あれだけのダメージを受けたのに、日本人ってのはそこから不屈の精神力で今の日本を再構築した。
だから、もし日本に行けることがあれば、広島・長崎は行ってみたいと言う。」
「・・・・・・。」
「それは、まさに、インド人の中に流れる“非暴力”による民族の独立という思想と重なって見えるんだろうな。」
「な、なるほど・・・。」
「だから、“日本人って凄い!”に繋がるんだ。」
「・・・・・・。」
「こうしてインドのいろんな地方を回っていると、昔の日本じゃないかと思えるほどだ。
俺が子供の頃に見た田舎の風景そのままだ。
ただなぁ、違うのは、そこで獲れる農作物の線の細さだ。」
「線の細さ?」
「ああ・・・、土壌の問題もある。育てられる品種の問題もある。
そして、何より、労働効率の悪さだ。
だから、ああして子供までが田んぼや畑に出なきゃならん・・・。」
島本が遠くを指差すようにして言う。
その先には、牛に引かせた農機具を操作する子供の姿があった。
「それを何とかしてやりたい。それが、我々の思いなんだ。」
島本の声が一段と強く聞こえた。
(つづく)