その56
私は、どちらかと言えば、この裏参道を歩くのが好きだった。
一部は砂利が敷かれた道もあるにはあるが、その大半は、人が長い時間を掛けて踏みしめて作ってきた道だ。
如何に、地元の人々がこの神社を愛してきたかがよく分かる。
私も、大学時代から、よく歩いたものだった。
先ほどの兵頭とも一緒に歩いた記憶がある。
「この辺りでも、有名な愛妻家で・・・。」
甘党喫茶の女店主が言った言葉が蘇ってくる。
もちろん、大学時代は、ふたりとも独身だった。
兵頭には付き合っている彼女がいるらしいという噂は耳にしていたが、私は、敢えてその話題を奴にぶつけたことはなかった。
ひとつには、自分にそうした対象がいなかったこと。
そして、もうひとつには、それはあくまでも学生時代の「恋愛ごっこ」だろうとの思いがあったからだ。
互いに、硬派的な付き合いをしていたふたりの間では、そうした俗にいう「女遊び」は禁句のようになっていたのかもしれない。
ただ、驚いたのは、大学を卒業した翌春に貰った年賀状だった。
「この春、結婚することになりました。」
そう書かれてあった。
帰省していた私は、早速に奴に電話をした。
「いつの間に、そんな相手を見つけたんだ?」
私は、新年の挨拶もそこそこにそう切り出した。
「ああ、あれか・・・。
大学から付き合っていた子だ。お前も知ってるだろ?
本当は、学生結婚でも良かったんだが、両家の親が許してくれそうになかったからな。
俺も、何とか仕事が出来るようになって、それで、もうこれ以上彼女を待たせられんと思ってな・・・。」
奴は、淡々と言ってきただけだった。
既定の路線だということらしい。
「それにしても、まだ結婚するには早いんじゃないのか?
もう少し、遊んでからでも・・・。」
私は、確か、そんな趣旨の言葉を言ったように思う。
「いや、これが俺の責任の取り方だ。
あの子以外と結婚しようなんて思ってない・・・。」
奴の答えは明快だった。
その結婚式に私も呼ばれたのは、言うまでもない。
(つづく)