その55
「ヘェ~・・・、そうなんですか・・・。」
私は、正直、意外に思った。
もともと、何かと細かな事に気を配る兵頭だったが、その一方で豪快な物の考え方をする一面も併せ持っていた。
地元京都の仏像を見て歩くの好きだと言ったかと思えば、登山が好きで、今度はどこどこの山を登ってきたと淡々と話す。
そういう男だった。
そう言えば、奥さんとも同じ山岳同好会で知り合ったと聞いていた。
今、何年かぶりで出会った兵頭は、その風貌や雰囲気は大学時代のそれと殆ど変わってはいなかった。
そりゃあ、互いにそれだけ年齢を重ねてはいるから、若さという点においては多少翳りは出てきているだろう。
それでも、私の印象からすれば、「変わったなぁ」という感じは殆どしなかった。
その兵頭が、休日には、奥さんや子供さんを連れてこの甘党喫茶に足を運んでいると聞かされても、どうしてもピンと来なかったのだ。
「この辺りでも、有名な愛妻家で・・・。」
女店主はそうも付け加えてくる。
もちろん、私が兵頭の友人であることが頭にあっての言葉だとは思うが、その表情からすれば、まんざら“おべっか”を使っているとも思えなかった。
新たな客が入ってきたのをキッカケにして、私もその甘党喫茶を出た。
もちろん、八坂神社の境内に戻るつもりだった。
その日は、まだ家内の顔を見られてはいなかった。
四条通を突き当たった階段から境内へと入る。
それを、参詣道と表示されたとおりに右に行けば、歩いているうちに神社の本殿に辿り着くのだが、私は、どうしてかそれを左へと行った。
三が日を過ぎたと言っても、まだ正月気分が抜けない古都京都である。
観光客をを含め、地元の人々の参詣は衰えることを知らない。
再び、その雑踏の中を行く気がしなかったからだろう。
右に行く参詣道はすべて石疊が敷かれているが、私が選択した左側へ行くと、境内から円山公園に通ずる散歩道に繋がっていく。
もちろん、石疊などでの舗装がしてある訳ではない。
言わば、八坂神社の裏参道を行く感じになる。
(つづく)