その54
「守ろうとするもの?」
私は、そう繰り返した。
ただ、それは、兵頭に問い返したものではない。
あくまでも自分に問うただけだった。
それでも、そう自問する私の姿を見て、兵頭は満足そうに頷いた。
「ところで、まだしばらくは京都にいるのか?
それとも、もう間もなく戦地に赴くのか?」
兵頭はそう言う問い方をする。
私が単身赴任していることを知ってのことだろう。
「まだ決まってない。」
私は、どうしてか正直に答えてしまう。
「ん? さすがは大企業だな。優雅なものだ。
まあ、いいや。
まだ京都にいるようだったら、電話をくれ。
時間があるんだったら、一度、一杯飲もう。
念のために、俺の名刺を渡しておく。」
「お、おう・・・。」
「で、悪いんだが、俺はこれでも仕事中だ。
後、数件、お得意様を回らなきゃならん。
コーヒー代は出しておくから、まあ、ゆっくりとして行け。」
「ああ、それは、悪いことをしたな。」
「いや、声を掛けたのは俺の方だ。
久しぶりに話せて、嬉しかったぜ。
じゃあな・・・。」
それで、兵頭は慌しく店を出て行った。
奴が吸った煙草の匂いがその後ろを追いかけるように消えていく。
「兵頭、よく来るんですか?」
奴のコーヒーカップを片付けに来た女店主に訊いた。
「ええ、ほぼ毎日のように・・・。」
「ああ、そ、そうなんですか・・・。」
「うちのお店も、兵頭はんのお漬物扱わせてもらっておりますので・・・。
うちは、甘党のお店ですのでね。」
「ああ・・・、なるほど・・・。」
私は、奴が迷いもせずにここに連れてきたことを納得する。
私も奴も、どちらかと言えば辛党である。
その奴が「甘党喫茶」と看板があった店に入ったことを訝しく思っていたのだった。
さすがは、地域で生きる商売人である。
「休日には、奥様やお子さんをお連れになられて・・・。」
女店主は、そう言ってにっこりと笑った。
(つづく)