その52
「結婚なぁ~・・・。親もそう言って来るんだが・・・。」
私はそうすっ呆けた。
まさか、それこそ「只今、一目惚れ進行中」だとも言えない。
「まあ、以前からお前は30歳になるまでは仕事をしっかりと勉強して・・・、なんて言ってたからなぁ・・・。」
兵頭はコーヒーを注文してからそう言ってくる。
「よく、覚えてるんだなぁ・・・。」
私はその記憶力に驚く。
確かに、大学時代にはそんなことを言っていたような記憶がある。
「ああ・・・、俺が卒業したらすぐに結婚するつもりだと言ったら、もっと遊んでからにしろってアドバイスしてくれたのはお前なんだぞ。」
兵頭は懐かしそうに言う。
「そ、そうだったか・・・。」
「そのお前も30歳は過ぎたんだから、もうそろそろ年貢の納め時だろ? そう思うだけだ。」
「・・・・・・。」
私はグウの音も出ない。
「結婚と言うより、やっぱりな、家族を持つってのは良いもんだぞ。
子供が出来てからは、一段とそう感じるようになる。
こいつ等のために俺は頑張るんだって言う動機付けが出来る。」
「た、確か、子供さんはふたりだったよな?」
「ああ・・・、今現在はな・・・。」
「ん?」
「今、7ヶ月なんだ。」
兵頭は、腹の前で半円形を手で描いてみせる。
つまりは、奥さんが妊娠中だと言いたいらしい。
「おお、そうか・・・。」
私はそう言ったものの、何とも自分が出遅れているような気がしてならなかった。
「お前にもっと遊べと言われたんだが、俺は、今の家内と卒業後間もなく結婚してよかったと思っている。」
兵頭は、運ばれて来たコーヒーを口にしながら言ってくる。
「うちの奴は、付き合っている間から、俺の実家が漬物屋だってことも分かっていてくれたし、いずれは俺が親父の後を継ぐことになるってことも承知の上だった。
そりゃあな、一応は会社組織とはなっているが、実質的には個人経営だ。
大会社みたいに、社長だ、専務だと、踏ん反り返ってられる立場じゃあない。」
「な、なるほど・・・。」
私は、耳が痛かった。
「それを承知で俺と結婚しても良いって思ってくれるのは、世間広しと言えども、彼女だけだったろうよ。
それを逃さなくて良かったと思ってる。」
兵頭はにっこりと笑って言った。
(つづく)