その46
「ぼ、僕は・・・、ただ、何て可愛い人なんだろうって思って・・・。」
私は、そうとしか言いようがなかった。
まさか、「僕がその運命の人なんです」とは口が裂けても言えやしない。
そんな自信もなければ、そうした運命論者でもない。
ただ、初詣に八坂神社に行って、例年と同じようにおみくじを買った。
そのコーナーにいて、私にそのおみくじの箱を手渡してくれたのが家内だった。
そして、その可愛さにうっとりしてしまった。
そう、俗に言う“一目惚れ”である。
実は、この話はまだ家内にしてはいなかったが、その時のおみくじに「待ち人来る」とあったのだ。
30歳を超えて、両親からも「そろそろ結婚を考えたら?」とプレッシャーを掛けられていたから、例えおみくじだと言っても、それを見たときは嬉しく思ったものだった。
それでも、だからという訳ではない。
ただ、その元旦の夜、寝ようとしたのに、午前中に見た家内の顔が思い浮かんだのだ。
で、なかなか寝付けなかった。
翌朝、つまりは1月2日の朝になっても、私の頭から家内の笑顔が消えてはいなかった。
それで、また用事もないのに、八坂神社と出かけたのだ。
それで、今度はお札を買った。
独身寮の自分の部屋にでも貼ろうと考えた。
それが事実である。
その翌日も行った。
まさに「仏の顔も三度」ではなくて「神様の顔も三度目」である。
で、お願いしたのは、「何とか、あの子と話ができますように」だった。
その日はお守りを買った。
それでも、家内の笑顔を見られただけで、具体的な話は何ひとつ出来なかった。
今から考えれば、私も何とも初心だったのかもしれない。
仕事上であれば、いくらでも平気で声を掛けられたのだが、いざプライベートだと考えるとその最初の一言が切り出せなかった。
巫女に向かってなんと破廉恥な事をと言われそうな気がしていた。
で、とうとう明日には京都を離れなければ行けない日になった。
会社は6日から始まる事になっていた。
つまりはとことん追い詰められた日になって、初めてまともに個人的な話をした。
「巫女さんってお仕事も大変ですねぇ・・・。」
そう言ったのだ。
そうしたら、な、なんと家内が言葉を返してきたのだった。
「私は、アルバイトなので、15日までなんです。」
その言葉を、私は今でもはっきりと覚えている。
(つづく)