その42
「父は、二重の責任を背負っているんです。」
家内が言葉を続けた。
「ん? 二重の?」
私は、その意味が分からなかった。
「きっと、もうそうしたことはお調べになっていてご存知なのでしょうが、私の父も婿養子だったんです。」
「えっ! ・・・・・・。」
私は、そうした事実を知らなかった。
「自分が婿養子に入って、ひとつは私の祖父から受け継いだあの店を無事に維持していくこと。そして、もうひとつは、無事に跡取りを育てること。
それが自分の責任だと思っていたんだろうと思います。」
「・・・・・・。」
「そのひとつは、何とか果たせたと。
京都三条の抱月堂と言えば、今はもう京都を代表する和菓子屋になりましたからね。
全国のデパートにもお出しするようになって、従業員も父の代で倍になりました。」
「・・・・・・。」
「でも、もうひとつの責任。つまりは、跡取りを産み育てるということは、父の思うようには行きませんでした。
男の子が育たなかった・・・。」
「ん?」
私は、その家内の言い方に引っかかるものを感じた。
「出来はしたんですよ。
で、でも・・・、無事に生まれませんでした。」
「・・・・・・。」
そうだったのか・・・。私は、そう思うしかない。
「ですからね、父が私に何とか婿養子を。そして、抱月堂を継承してほしいと考えるのは、ある意味では当然なんです。」
「・・・・・・。」
私は言葉がない。
「そうした環境でしたから、私は、あなたとこうしてお付合いを始めた頃は、私自身が辛くもあったんです。」
「辛かった?」
「はい・・・。
私は、自分に言い聞かせていたんです。
父の思いを受け入れようと・・・。
ですから、自分から恋愛にそっぽを向いていたんだろうと思います。
そ、それなのに・・・。」
家内は、そこでまたコーヒーカップに手を伸ばした。
(つづく)