その39
そうは言ったものの、私の頭の中は、とある疑問が渦巻いていた。
「じゃあ、どうして三浦先生はそんなことを支店長に頼んでくれたのか?」である。
支店長が言ったことが事実だとすれば、三浦先生は支店長とは旧知の間柄である。
それでも、私の勤め先を知っていながら、そうした話しはおくびにも出さなかった。
そして、「やはり、正式な仲人は新郎の上司さんに依頼されるのが筋でしょう」とご丁寧なアドバイスまでしてくれたのに、その人選については一言も触れてこなかった。
その一方でだ。
今度は、自分から支店長に連絡を入れ、私が三浦先生の弟子である家内と結婚する事になったという事実を耳に入れている。
おまけに、自分が奥様の代わりをするので支店長に仲人を引き受けてやってくれと伝えたと言うのだ。
これは、一体どういうことなのだろう?
「いやいや、支店長も隅に置けない・・・。」
田村部長は、どうやらそちらの方に関心が高まったようだ。
これはあくまでも社内での噂だったが、正岡支店長とこの田村営業部長とは結構親密な関係だと言われていた。
福岡支店長だった田村部長を第二本社と揶揄されるここ大阪支店の営業部長に抜擢したのも、着任間もなかった正岡支店長の仕業だと。
実は、社内には、時田社長、笹尾専務、菊島常務の三実力者のトロイカ体制があった。
言わば、集団指導体制である。
戦後の混乱期を何とか乗り越え、高度成長の入り口にまで会社を持ってこれたのもこの三人の微妙な経営バランスが大きく貢献したという話だった。
だが、こうした体制も、長期に渡るとそれなりの歪も出てくる。
それが、やはり派閥と言われる人脈の系譜となって現れてくる。
これも噂の域を出ないが、正岡支店長は菊島常務派だとされていた。
「君は、本当に知らなかったのか?
まさか、知っていて、わざと一旦は私に話を持って来たんじゃあるまいな?」
コーヒーが運ばれてきて、その女性社員が部屋を出るのを待ってから部長が言ってくる。
「も、もちろんです。部長に嘘など申しません。
ですから、今日の支店長のお話は、まったく寝耳に水で・・・。」
私は、その点だけは強調をする。
知っていて、そうした芝居を打ったと思われるのは心外だった。
「まあ、いい・・・。そういうことにしておいてやる。
その代わりと言っちゃあなんなんだが、私を新郎側の主賓にしてくれ。」
部長は、相当な決意があるような顔でそう言ってくる。
(つづく)