その38
あっと言う間の面談だった。
ほどなくして、部長と私は支店長室を退出した。
「ご苦労様でした。」
受付嬢にそう言われて、エレベーターに乗った。
「部屋に来い。」
田村部長はエレベーターの中で私に言った。
つまりは、このまま席には戻さないと。
「そ、そうか、そうだったんだ・・・。」
営業部長室に戻るや否や、田村部長は私にも応接コーナーに座るように指し示しながら、そう呻くように言った。
そして、電話の受話器を手にする。
「ああ、コーヒーをふたつ。」
私も喉が渇いていたが、どうやら部長も同じだったようだ。
「いやな、私も気が付くべきだったんだ・・・。」
応接コーナーに座った部長が言ってくる。
「ん?」
「支店長は、いまや“華の独身”だ。奥様を病気でなくされてからは、一段と仕事に熱が篭ったって言う話だ。
だから、支店長が君の仲人を自分がやりたいと言われたとき、そのことに思いを巡らせるべきだったんだ。
私としたことが・・・。」
部長は、どうしてなのか自嘲するような笑みを見せた。
「そ、そのこととは?」
私は部長に問い返す。
「だ、だからな、その京都の何とか言う女性の存在をってことだ・・・。」
「?」
私は、部長が言っている意味がもうひとつ分からなかった。
今のこの歳になれば「ああ、なるほど」と理解できる事でも、当時の私はまだまだ若かったということなのだろう。さっぱりだった。
「それにしても、君は幸運だ。
そうした因縁ある人からの声掛かりがなければ、支店長は仲人なんて引き受けはしない。
そうだろう? 何しろ、独身なんだからな。
と、言うことはだ。君は、いや、君のご夫婦は、支店長にとったら特別な夫婦ってことにもなる。
このことは、これからの君にとっては非常に大きいことだ。
言っている意味は分かるだろ?」
「あ、はい・・・。」
私は、そう答えざるを得なかった。
(つづく)