その37
「えっ! ・・・。」
私は、思わずそう呻いた。
もちろん、声に出しているつもりはまったくなかったのだが、どうやら結果としてはそうではなかったらしい。
支店長も部長も、私のそうした反応に気が付いた。
「な、何だ? そのことぐらいは聞いてきたんじゃないのか?」
支店長が煙草に伸ばした手を止めて訊いて来る。
「えっ、あっ、はい・・・、いいえ・・・。」
もう私は完全に頭が真っ白になっていた。
俗に言う“しどろもどろ”状態である。
「一体、どっちなんだ?」
支店長が再度問い詰めてくる。
「い、今、初めてお聞き致しました・・・。」
私は、何とか体制を立て直そうと必死になる。
「ほ、本当なのか?」
「は、はい!」
「う~ん・・・、だとすれば、私から言うべきじゃなかったか・・・。」
支店長は自分に言い聞かせるように言う。
そして、少し困った顔をした。
「じゃあ、今の話しは聞かなかったことにしてくれ。そうでなければ、私が房ちゃんに叱られる。いいな!」
支店長は、まるで業務命令を出すときのような口調でそう言った。
「は、はい・・・。」
私はそう言う他はなかった。
「じゃあ、日程等をご説明して・・・。」
その場の空気を読んだのだろう。
横に座っていた田村部長がそう言ってくる。
言わば、実務的なことに話題を持って行こうとする。
さすがは経験豊富な営業部長である。
「あ、はい・・・。」
私はそう言って用意してきた資料を支店長の前にそっと差し出した。
正直、部長の一声がありがたかった。
「ああ・・・、日時も場所も承知している。
で、当日は、私が房ちゃん、いや三浦先生のところへまずは行くことになってる。
その後のことは、彼女が任せてくれって言ってるから・・・。
だから、細かな事は、三浦先生と詰めておいてくれれば良い。
いちいち私への報告は不要だ。
これは、あくまでもプライベートなことだからな。」
支店長は、私の資料をチラッと見ただけでそう言った。
(つづく)