その35
支店長と私のそうした会話を、間にいた田村部長が不思議そうな顔で聞いている。
どうにもこのふたりの関係が理解できないとでも言った顔だ。
それは、当の私も同じだった。
支店長自らが言うように、私の仲人の件は、決して私から依頼したものではない。
私が個人的に頼める最上位のポジションにいたのが、今傍にいる田村営業部長だ。
だから、当然の成り行きとして、その田村部長にお願いをしに行った。
ところがだ。
その部長からの報告を聞いた支店長が、「それは俺にやらせろ」と言ったらしいのだ。
それは、私にとってもそれこそ青天の霹靂だった。
今では、会社という組織に勤める人間の大多数が、部下の結婚の仲人などしない。
第一、結婚をしようとする若者自身が、そうした仕事上の上司に頭を下げて頼みに行くようなことをしないのだ。
仕事とプライベートは違う。
そう割り切っているからなのだろう。
だが、私が結婚した頃は、決してそうではなかった。
勤めている会社には定年まで勤め続けるつもりで働いていたし、仕事とプライベートは違うとは思っていても、そこはやはり少しでも社内での人脈を・・・との計算が強く働いた。
そして、そうした依頼を受ける上司達も、やはり自分が仲人までした部下ともなれば、他の部下よりも可愛く思えるのは致し方のないことだ。
仲人を引き受けることで、自分の意のままに動く、言わば「子飼」の部下を数多くそろえたものだった。
「いゃあ、君が房ちゃんの知り合いだったとは・・・。
まさに、世間は広いようで狭いものだなぁ・・・。」
支店長は煙草に自分で火をつけてそう言った。
(ん? 房ちゃん?)
私は、一体誰のことを言われているのかまったく分からなかった。
だから、一瞬は、誰かと間違っている?
そこまで勘ぐってしまった。
「そ、その、お知り合いの方とは?」
間に座っていた田村部長が訊く。
いよいよ以って、自分の知らない世界がそこに見えたからだろう。
「三浦房江。何を隠そう、私の命の恩人だ。
山沖君は、そうした話を聞いてるんだろ?」
「えっ! い、いえ・・・、何も・・・。」
私は、そう答えるしかなかった。
事実、そんな話をあの三浦先生から一言も聞かされてはいなかった。
(つづく)