その31
席に戻っても、私はなかなか仕事が手に付かなかった。
当然と言えば当然でもある。
あと4~50分もすれば、支店長室に行かなければならない。
そして、仲人をお願いすることになるのだ。
私も入社して10年を過ぎた。
そして、過去にいつかの支店の勤務を経験していた。
そうした支店では、支店長ともいろんな形で話ができた。
もちろん、支店長室に入ったことは何度もあった。
だが、それは、あくまでも地方の支店でのことだ。
支店長と言っても、ランクとしては、ここ大阪支店の営業部長以下だった。
現に、田村部長も前職は九州の福岡支店長である。
つまりは、ここ大阪支店は、それだけ支店の格が違っていた。
支店長が取締役を兼任しているのは、東京の首都圏支店とここ大阪支店だけ。
大阪支店を「第二本社」と評する社員が多いのも頷ける。
その大阪支店の支店長室に入るのだ。
緊張するなと言う方が間違っている。
私は、作った資料を何度も見直した。
(さて、どう切り出せば良いのだろう?)
改めて、そう悩む。
これが、こちらからお願いに上がるのであれば、それなりの手順と言うか、ものの言い方と言うか、そうしたものは頭にあった。
三浦先生からもアドバイスがあったし、一応はそれらしき本も買って読んだからだ。
で、田村部長には、それで「お願い」をし、部長も快く引き受けてくれたのだった。
だが、今回は別だ。
直接話したこともない支店長から、「その仲人は自分がしたい」と言われたのだ。
いや、田村部長の話だと、そういうことらしい。
つまりは、私から「お願い」をしたものではなかったからだ。
そんなことを考えているうちに、時刻が9時40分を回った。
で、私は席から立ち上がった。
そして、係長の渡辺の所に行く。
「申し訳ありませんが、これから支店長室に・・・。」
私は小声でそう言った。
係長には、昨日のうちに本当のことを耳に入れてあった。
「ああ・・・、頑張って来いよ。課長にも言ってあるから・・・。」
渡辺は、そう言って大きくひとつ頷いてくれた。
私は、急ぎ足で廊下へと出た。
(つづく)