その30
「ありがとうございます。」
私は、向き直った田村部長にそう言って頭を下げた。
そうなのだ。
まずは、日程を押さえることが先決だった。
とりわけ、取締役でもある支店長の日程は、個人ではなかなか押さえられない。
それを、部長は真っ先に営業部長として押さえてくれたのだ。
もちろん、私のためだけではないのだろうが・・・。
「よし、分かった。この資料で良い。
ところでだ・・・。」
「あ、はい・・・。」
「仲人は、この1日だけで良いのか?」
「はい?」
私は、問われた意味が分からなかった。
「つまりはだ、結納とか、結婚にはいろいろとしきたりがあるだろう?
ましてや、君の家も奥さんの実家も京都だ。
そうしたイベントはどうするのかと訊いているんだ。
支店長は多忙な方だ。
もし、そうした予定があるのであれば、そうしたことも早く日程を押さえておかないと・・・。」
「あ、いえ、その結婚式の当日だけで・・・。」
私は、三浦先生に教えられたとおりに答える。
「そ、そうか・・・。だったら・・・、それで良い・・・。
じゃあ、この資料を持って、10時5分前にここに来い。」
「あ、はい、承知いたしました。ありがとうございます。」
それで、私は一旦部長室を出た。
どっと疲れが出る。
実は、三浦先生からは、会社の上司に仲人をお願いする場合は、できるだけお手間を掛けないよう配慮することだと言われていた。
どなたにお願いするにしても、その方は言わば公人。
多忙な中でわざわざ媒酌の労をとってくださるのだから、出来れば結婚式当日だけをお願いするのが良い。
そう教えられていた。
したがって、田村営業部長にお願いした時点でも、それは結婚式の当日のみを想定していたのだ。
俗に言う「頼まれ仲人」である。
田村部長も、自分が引き受けた時点では、そうしたことは問い質さなかった。
当然に、結婚式当日だけを考えたのだろう。
だが、どういう訳か、支店長から「それは自分がやりたい」と言われたものだから、改めてその点が気になったのだろう。
そう思うしかなかった。
(つづく)