その27
「あ、はい。そのとおりですが・・・。ご、ご存知なのですか?」
私は、唖然とした。
「ええ・・・、いささか・・・。」
三浦先生は、そう肯定をしてにこっと笑っただけだった。
それ以上は聞かないで欲しいとの表情に感じる。
私が大阪支店に転勤出来たのは、入社して初めて書いた「転勤願い」を会社が考慮してくれたからだった。
その理由を「結婚のため」としたからだ。
それで、京都の実家から通勤可能な大阪支店に異動させてくれたものだった。
今では考え難いことなのだが、高度成長期に差し掛かっていた当時は、企業もそれなりに従業員の将来を考える余裕があったのだ。
そうしたこともあって、大阪支店の営業部長は本社の人事部から「結婚がうまく行くようサポートするように」との連絡を受けていたらしい。
もちろん、こうした話しは後になって聞かされた話だったが、会社は私をうまく取り込んでおこうと考えていたと言うのだ。
何しろ、私を採用したポイントが「ヒンディー語で日常会話が出来る」という点だったとのこと。
大学時代に単身でインドを旅した経験が物を言った形だ。
ヒンディー語は、インドの公用語である。
会社は、世界で自社製品を販売していた。
当時はまだインドや中国はそれほどの市場ではなかったが、会社の経営陣は、将来は中国やインドが大きな市場となることを明確に予測していたのだ。
まさに、今日の世界情勢を読めていたと言うことになる。
それで、当時の日本では殆ど話が出来る人材がいなかったヒンディー語が分かる私に着目していたらしい。
そうしたこともあって、田村という営業部長は、私が大阪に着任してからというもの、「何かあれば、私に言って来い」と言ってくれていた。
で、三浦先生から、「正式なお仲人は、新郎のご上司にお頼みになるのが筋」とのアドバイスを貰って、早速田村部長に頼みに行ったのだった。
もちろん、田村部長は大喜びをした。
これで、本社人事部にも顔が立つと考えたのだろう。
で、一旦は、「仲人は田村部長ご夫妻に」と言うことで固まったように思えたのだ。
だが、その数日後、その田村部長から呼び出しを食らう。
「過日の仲人の話なんだが・・・。」
田村部長は言いにくそうに口を開いた。
(つづく)