その20
それから大凡1ヶ月が過ぎた6月の初め。
会社に、その三浦先生から電話が掛かってきた。
「おい、山沖、色っぽい女性から電話だそ。」
取り次いでくれた同僚からそう言われた。
「覚えておいででしょうか? 京都の三浦房江でございます。」
先生は、開口一番、そう言った。
「あ、はい。もちろんですとも。いつぞやは、大変失礼を致しました。」
私は何とかそう言えた。
同僚が言った「色っぽい女性」で連想をしていたのだ。
他に、そうした心当たりはなかった。
「来週の日曜日、何かご予定がおありでしょうか?」
先生は、単刀直入に本題に入ってくる。
ここが、会社の事務所であることを意識してくれているようだった。
「い、いえ・・・、特には・・・。」
私は、話の流れから、そう答える。
本当は、家内と会う約束をしていたのだが、この先生がこうして電話を掛けてきてくれている以上、それを優先するべきだろうとの判断だった。
「では、私にお付合いを願えますか?」
「あ、はい・・・。喜んで。」
「では、午前10時に、四条寺町を少し上がったところにある“杏”という喫茶店でお待ちいたしております。
なお、詳細は留美さんにでもお聞きください。
では、これにて・・・。」
先生は、それだけを伝えて電話を切った。
私は、手にしていた受話器に、思わず頭を下げた。
それからすぐに、家内が勤める大学の研究室に電話を掛けた。
まずは、先生からこれこれの電話があったことだけでも連絡をしなければ・・・。
そう思ってのことだった。
「中林は、只今離席致しております。
何でしたら、戻りましたら、こちらからお電話するように申し伝えますが・・・。」
代わりに出た女性がそう言ってくれたが、「いえ、また掛け直します」とだけ言って電話を置く。
それからは、仕事が手に付かなかった。
何かが動き出そうとしているようで、落ち着かなかった。
と、5分ほどして、デスクの上の電話が鳴った。
すぐに受話器を上げる。
「留美です。」
電話口に私が出たのを確認してから、家内はそう名乗った。
(つづく)