その19
「それで、先月のお稽古のとき、思い切って先生に相談したの。あなたとのこと。」
家内は両手でハンカチを握り締めるようにして言う。
「そ、それで?」
私は、その先を急ぎたくなる。
「出会いのことからすべてをお話したの。
毎日、お手紙を頂いていることも含めてね・・・。
そうしたら、先生、黙って聞いてくださって。」
「・・・・・・。」
「で、“留美さんはどう思っているの?”って・・・。」
「・・・・・・。」
私は、唾を飲み込む。
「一緒になりたいって思っていますって・・・。」
「・・・・・・。」
私は、嬉しいものの、それを表現できなかった。
指先から立ち昇る紫煙をじっと見ていた。
「じゃあ、1ヶ月経ってもその意思が変らなければ、その時に、改めて言ってきなさいって・・・。
で、来月の歌舞練場での発表会に、あなたを連れてくるようにって・・・。」
「そ、それが、今日ってこと?」
「・・・・・・。」
家内がひとつだけ頷いた。
「だから、先生、何とか考えるって仰ってくださったでしょう?」
「そ、それって?」
「後は、先生にお任せしようって思ってて・・・。」
「・・・・・・。」
私は、自分の不甲斐なさを痛感した。
家内に「間に然るべき人を立てて」と言われていたのだ。
そのことは常に頭にあったものの、転勤と転居があって、なかなかそれに向けた動きが出来ていなかったのだ。
もちろん、両親との話も、あれ以来前進してはいなかった。
「ぼ、僕は、どうすれば?」
私は力なくそう訊いた。
そう言わざるを得ない自分が歯痒くもあった。
「しばらくはじっとしてて・・・。先生がちゃんとやってくださるでしょうし・・・。」
家内は、唇を噛むように、きゅっと顔を引き締める。
その横顔に、ドキッとするものを感じる私だった。
(つづく)