その17
部屋に入ると、落ち着いた着物姿の初老の婦人が椅子に座っていた。
どうやら、ここは事務室のような感じだった。
「先生、こちらが山沖太一さんです。
で、この方が私の踊りのお師匠さんで・・・。」
「三浦房江と申します。よろしゅうに・・・。」
家内の紹介に、婦人が自らそう名乗った。
そして、名刺を差し出そうとする。
私も、慌てて懐から名刺入れを引っ張り出す。
まさか、こんな場所で名刺を出すこととなるとは思っていなかった。
「は、はじめまして・・・。よろしくお願いいたします。」
私は、緊張すると言うより、どうしてこの人に会わされたのかが分からなくて、やっとの思いでそれだけを言う。
それでも、何とか名刺交換を行った。
「留美さんも、隅に置けないわねぇ・・・。こんな人がいただなんて・・・。」
婦人は私の名刺に視線を落として言う。
「そ、そんなぁ・・・。」
家内が赤い顔をする。
「冗談よ。
今のお話、確かに承りました。何とか考えてみます。
可愛い弟子のためですものねぇ・・・。」
「あ、はい・・・、では、何卒、よろしくお願い申し上げます。
では、これにて、失礼を・・・。」
家内はそう言って婦人に頭を下げた。
私も追従する。
そして、ふたりは部屋を辞した。
「ああ・・・、ビックリした。」
廊下に出て、私が言った。
正直な気持だった。
「ど、どうして?」
家内は、平然と訊いて来る。
「事前に言ってくれなかったし・・・。」
私は、文句を言いたいのを抑えて、それだけを言う。
「私も、あなたに会ってもらおうって思ってなくって・・・。
でも、先生が、“今日、一緒じゃないの?”って・・・。
“あ、はい”って言ったら、じゃあ、会いたいわって・・・。
だからなのよ。入ってもらったのは。」
家内はニコニコしながら、経過の説明をしてくる。
私には、一体どういうことなのか分からない。
(つづく)