その16
歩いて10分ほどで歌舞練場に着いた。
正面入り口から入るのだろうと思っていたのだが、家内は建物の横手に回り込む。
勝手が分からない私は、ただ黙ってその後ろを着いて行く。
と、「通用口」と書かれた入り口から中へと入った。
当然に「関係者以外立入禁止」の文字があった。
家内は廊下をさっさと歩いて行く。
時折擦れ違う人に頭を下げるようにしている。
顔見知りなのだろうか。
私も、家内に倣うようにして頭だけは下げて行く。
「御免なさい。ここで、ちょっと待ってて頂けます?」
家内が振り返って言う。
勝手の分からない私は、黙って頷くだけだ。
すると、家内は目の前のドアを軽くノックする。
「はい、どうぞ・・・。」
中から女性の声がした。
それを聞いてから、家内が中へと入る。
それから数分。
そのドアが開けられることはなかった。
私は、邪魔になら無いようにと、廊下の端に立っていた。
目の前を人が行き来する。
日舞の関係者なのだろう。圧倒的に女性が多かった。
若い人もいたが、殆どは中年以上と言われる年代だった。
しかも、ここの従業員の制服らしきものを着た以外の人は、皆、着物姿だった。
時折見かける男性も着物を着ている中で、こうしたスーツ姿で立っているのは何とも辛かった。
誰も何も言いはしないが、チラッとだけ視線を向けて通り過ぎていく。
と、目の前のドアが開けられた。
そして、中から家内が手招きをする。
「ん?」
私は躊躇する。
てっきり、家内が誰かに挨拶だけをして出てくるものだと思っていたからだ。
私の気持を察したのだろう。家内が再度手招きをする。
そこまでされては致し方ない。
私は、覚悟を決めてその部屋の中へと入った。
「ようこそ。」
中からそんな声が掛かった。
はんなりとした声だった。
(つづく)