その12
昭和40年代後半である。
当時は、今ほど個人情報を云々する傾向はなかった。
学校では生徒名簿が作られ、会社では社員録が毎年作られて関係者に配られていた。
もちろん、それぞれには、その人物の住所が明記されており、物によっては自宅の電話番号まで書かれたものさえあった。
企業でも、第三者から「縁談の関係で・・・」と言われると、その人物の年齢や職席、住所程度までは教えていたらしい。
もちろん、その相手がどこの誰であるかを確認しての事だったらしいが・・・。
現代と比べると、何ともおおらかな時代であった。
「ですから、お母さんは、あなたの実家が京都にあって、どんなお家の人かも知っているようなんです。」
「・・・・・・。」
「それでも、私には何も言いません。
相変わらず、あなたからのお手紙は、ちゃんと机の上に置いてくれています。
私は、そのことを嬉しく思っているんです。」
「ん? どうして?」
私には、家内がそう言う理由が分からなかった。
「だって、そうでしょう?」
「ん?」
「お母さんはあなたのことを知っているんです。
もちろん、お会いしたことはないですけれど・・・、それでも、どこにお勤めで、どんなお仕事をされていて、会社からどのように評価をされている方なのかぐらいは知っているんです。」
「・・・・・・。」
「それでも、何も言わないんですよ。
それって、暗に、私たちのことを応援してくれているんだと。
そうでなければ、もう、とっくにお父さんの耳に入って、“そのお付合いは許さない”と言われた筈なんです。」
「じゃ、じゃあ・・・。」
「はい。少なくとも、お母さんは、あなたとのことは理解してくれているんだと。」
「じゃあ、お父さんは?」
私は、その点が不安になる。
「まだ、何にも知らないのだろうと・・・。」
「お母さんから、何も言われていないと?」
「ええ・・・、恐らくは・・・。」
「・・・・・・。」
「お父さんは、昔気質の人です。
結婚とは、家と家が結びつくものだと考える人なんです。
ですから、然るべき人を立ててとお願いをするんです。」
家内は、少し苦しげな顔をした。
(つづく)