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ピュアホワイト  作者: 仁科 すばる
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一章 ウィンウィンの関係(1)

 クリスマスイブ当日までにすっかり聞き飽きてしまったジングルベルが流れる街は、いつもよりも無駄に明るく発光している。ローストチキンの香ばしい匂いと、むせ返るように甘ったるいバニラオイルの匂いが混ざり合い、鼻先が大混雑していた。近くの広場でクリスマスマーケットを開催している影響か、通りも人でごった返している。

 どこを見てもせわしなく、立ち止まることも許されない。それでも、そこを行きかう人々は、みな幸せそうで、そのことに対してなぜか無性に腹が立った。

 大声で騒ぎたてる女子高校生の大群。

 ケーキ屋の箱を抱えて歩くサラリーマン。

 手を繋ぎ、微笑みあう恋人たち。

 大きなツリーのふもとには、自然と幸せが集まってくる。まるで、蜜を塗られた大木に群がるカブトムシのようだ。

 かくいうわたしも、よそ行きの服を身に纏い、待ち人をツリーのふもとで待つ。足早に通りを去り行く人々の目には、わたしも幸せの象徴の一部に映っているのだろうか。

 そうあることを、心から願っている。わたしは、その他大勢の蜜に群がるカブトムシに溶け込みたい。

「おねーさんっ!」

 不快な軽さで肩を二回叩かれた。下を向いたまま、気が付いていないふりを徹する。

「ねぇってば、赤のコートに茶色い目のおねーさんに言ってるんだよ。聞こえてるでしょう? 晩御飯奢ってあげるからさ、一緒にどっか行こうよ。寂しい俺のために、ひとつ人助けだと思ってさ。友だちいるなら、その子も一緒でもいいし。そんときは、こっちも人用意するからさ! ちなみに俺ら、そっち方面も上手いよ?」

 下品すぎるナンパのフレーズを使って誘うくらいなら、アプリで出会いを探した方が、いくらか効率的なのに。呆れて振り返り、声をかけてきた男を上から下まで、じっくりと値踏みした。

 ブルーブラックの重たい前髪は、センターで二等分されている。それに、今日一日だけで何度見たかわからないワンカラーのセットアップ。何連にも重ねて付けられたピアスだけが特徴的だが、悪印象を強くしただけだ。

 あぁ、出た。量産型。

 似たような人があまりにも多すぎて、明日にはこいつの顔さえ覚えていないだろう。いま現在でさえも、大した印象には残っていない。若干、知り合いの誰かに似ている気もするが… 

 考えて思い出したのは、三つ前の元恋人だった。腹が立つことに、そいつはわたしに痺れを切らした挙句、同じ第二言語を履修する友だちと浮気をしたのだ。わたしは友だちと恋人の両方を失い、さらには講義に行くことを辞めたので単位も落とした。

「ごめんなさい。お兄さんちっともタイプじゃないから、来世あたりで出直してきてくれる?」

「そんなつれないこと言わないで、ね?」

 重たい前髪を左手で何度も整え直し、ナンパ男はヘラヘラとにやけ面をさらした。その仕草と表情が、どうしても元恋人を彷彿させて憎い。

 もうお前はわたしの世界の住民じゃないんだから、のこのこと登場してくるな。

「うっとおしい。邪魔」

 記憶の中の元恋人と、目の前のナンパ男の両方に向けて言い放つと、実在していたナンパ男から笑顔が消えた。真顔にこそ、その人の本性が宿るというのが、わたしの持論だ。

しばらく睨み合うと、ナンパ男のこめかみが小さく痙攣し、怒りが滲み出た。それでも、わたしは動じない。弱いところを見せたら最後、こいつらは怒涛の勢いで畳みかけてくるのだ。

「うっせぇ! 調子乗んなよ、ブス」

 暴言を吐き捨てる量産型ナンパ男を無言のまま見送り、心の中で「マイナス百ポイント」と、勝手に採点をつけてあげた。

 来世なんて存在しないけど、あんなやつ来世でも願い下げだ。


 スマートフォンのロックを解除し、正確な時刻を確認する。約束の十八時三十分は、つい数分前に過ぎたというのに、待ち人は未だに訪れる気配を見せない。

 そうやって彼女を待つ間にも、次々と来ては去り行く恋人たち。ただのLEDの集合体を「綺麗だね」と言い合うことのできる彼らにしか、今日の主役にはなることが許されない。

 だからこそ、一つだけ下世話なことを言わせてもらいたい。

 統計学的に、九月は出生率が高い傾向が見られる。産みやすい気候だとか、偶然が重なり合った結果、だとか。他にも出生率が高い月は存在する、だとか。そういう要因があることも、ちゃんと理解している。

 でも、成瀬真白という人間は、十二月――クリスマスシーズンに『そういうこと』をするやつらが湧いて出ることが要因だと思っている。その中で、いったいどれくらいの恋人たちが、その結果を最初から待ち望んでいたのだろうか。もちろん、結果として幸せだと喜ぶことができたのなら、そこに問題はないと思う。おめでとうと心の底から祝福してあげられる。

でも、不本意だと嘆いてみたり、放棄したり。そういうやつらには、ぜひともパイプカットを推奨してあげたい。もちろん、女も相応の報いを受けるべきだ。

 LEDの集合体、もといイルミネーションに照らし出された幸せを眺め見ながら、わたしはそこそこ物騒で下品なことを考えた。

 寒さで身を縮めながら時間の経過を待っていると、嗅ぎ慣れた華やかで甘いチェリーが香った。その香水を好んで纏っている彼女曰く、男ウケはあまりよくないけど、女ウケは最強の香水だそうだ。

あぁ、やっときた。

「真白! 遅くなっちゃった、ごめんね」

大げさに音を立てて両手を合わせ、ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように頭を下げる。白いオーバーサイズのニットに、スリットが深く入った黒のタイトスカート。慌ててきたせいで、柔らかくウェーブを描く茶色の頭髪は乱れていた。

一応、今日は急いできたらしい。平常通りならば、なに食わぬ顔で遅刻をしてくる。

「ううん、いまさら気にしたりしないよ。梓が時間通りに来ないのは、いつも通りのことだし。だいたい、今日だって電車に乗った連絡をしてきた時点で、遅刻が決定してたようなもんじゃない。むしろ、あの電車で間に合うと思ったの?」

 梓は舌を出して、心にもない謝罪を述べた。わたしは許す代わりについた深い溜息で、彼女の良心を咎める。しかし、まわりくどい抵抗なんて、彼女は気が付きもしないのだろう。

「そんなことはどうでもよくて、なんでいるの?」

 それよりも梓の隣にオマケのように連れられた存在が気になって、彼女の遅刻なんて心底どうでもよくなっていた。彼を呼んだ記憶はない。

「真白は新田っちのこと知らない? 新田っちね、クリスマスなのに『ぼっちだ』とか言うからさ、つい誘っちゃったぁ」

「同じバイト先の人なんだから、名前と顔くらいは知ってるけどさ。ちなみに聞くけど、新田くんは梓にとって男友だち?」

 わたしは誤魔化す余地を与えないよう、なるべく冷たく梓を睨んだ。これだけははっきりさせておかなければならない。

 梓の独特な基準によると、男友だちは「一緒に二人で遊びには行くけど、まだ彼氏ではない存在」であり、知り合いは「(わたしが一般的だと考える)普通の友だち」らしい。前者であれば、わたしはただのお邪魔虫ということになるので、さっさと帰らしてもらいたい。

「まぁ、アズが入ってるバドミントンサークルは一緒なんだけど、新田っちは普通にただの知り合い」

「ふうん。それならいいんだけどさ」

 それならいい、となるわたしも普通ではないのかもしれないが、細かいことを気にするようでは、梓の友だちはやっていられなかった。

 居心地が悪そうに存在を消す新田くんに視線を向けると、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「ごめん、真白さん。やっぱりオレ迷惑になるし、今日は帰るよ」

 知り合いと断言された新田律はいまどき風の青年で、いかにもクリスマスの主人公になりうる容姿の持ち主だった。先ほどの量産系とはまた違う、ありふれた大学生らしい服装をしている。トレーナーは知名度の高いスポーツメーカーのものだが、羽織るダウンジャケットはスタイリッシュなブランドものだ。 

 なにより、着用するモデルの質が良い。彼自身の手足が長く、頭が小さいからこそ、黒と白で統一されたシンプルな装いが良く映えていた。「お洒落」という単語が、彼のために生まれたものだとすら思えてくる。

 まぁ、クリスマスにイケメンを拝む年があってもいいか……

「わたしはただの知り合いなら、もうなんでもいいや。それより、梓の絡みはひどいから気を付けてね」

「ありがとう。オレ、真白さんと話してみたかったから嬉しい」

 新田くんは、顔をくしゃくしゃにして笑う。その表情がまた、好印象を抱かせる一要素だった。

「ありがとぉ。真白ならそう言うと思ってたよ。大好き!」

「褒めたって、なにも出ないからね」

 遅刻魔、宇佐美梓はすり寄ってきたが、ぜひとも反省してもらいたいものだ。




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