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ピュアホワイト  作者: 仁科 すばる
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四章 だから、来世はそばにいて(5)

 約束のファミリーレストランに入店すると、店内の客はまばらだった。日曜の深夜ということもあってか、客は塾帰りの学生と派手な身なりの若者で二極化している。

「お好きな席にどうぞ」とウエイトレスに案内され、店内をぐるりと見渡した。全面禁煙化された店内は、偏りなく均等に客が座っている。

 まだ来てない梓のために、わかりやすい席に座るほうがいいだろう。そう考え、お手洗いの付近とドリンクバーの前を避け、なるべく周囲に人がいないテーブルを視線だけで探した。

 順番に視線を送っていると、奥から三番目にある一つ区切られたボックス席に、大きく手を振る梓がいた。

 珍しいこともあるんだな。そう思って近づくと、梓はすでにドリンクバーを注文していた。空になったグラスが二つ並んでいるので、もっと前から待っていたのかもしれない。

「やっほう、真白。アズにしては珍しく早くに来ちゃったよ」

 本当にその通りで、よく思い出せば遅刻魔の彼女が二人きりの約束で時間通りにやってきたのは、これがはじめてだった。

 梓の向かい側に腰を掛ける。とりわけ硬いビニールレザーの椅子だった。

「もう社会人になるんだから、時間くらい守って当たり前でしょ」

 もう梓も大人になる。わたしたちから二年遅れて、やっと子どもを卒業する。子どもの猶予期間はあと半年だ。そろそろ時間くらい守れるようになってもらわないと、先が思いやられて仕方ない。

「やだぁ、大人になんてなりたくないよ。アズは一生、子どものままでいたい」

「そんな馬鹿げたこと言っても、そのときが来ちゃったんだから仕方がないでしょ」

 そのときがきちゃった。

 全く関係のない話題でも、律の顔が離れなかった。涙が込み上げてくる。我慢しようとして、小さく嗚咽が漏れた。

 どれだけ泣いても涙は枯れくれない。それどころか、泣きすぎたせいで涙腺が緩まっていた。我慢しようと思ったときには、すでに涙が零れ落ちている。

「真白は、本当につれないんだから。ひとりで泣こうとしないでよ」

 梓は席を立ち、わたしの隣に座り直す。肩に寄りかかり、柔らかい髪をぐりぐりと押し付ける。梓愛用の甘いチェリーがダイレクトに香る。男ウケが良くないというのに、彼女はいつもこれを身に着ける。

「ごめんね。アズ、真白の口よりも先に、新田っちから聞いてるんだ」

「うん。だから連絡くれたんだよね」

 過去に、わたしと付き合うということは梓に情報が筒抜けだと言ったことがある。それはその逆も然り、ということだ。共通の友人を持つということは、隠し事をしないための一つの監視網のような役割を果たす。今回は、その監視網が応用されただけだ。

「梓はさ、律が絶食系じゃないこと知ってたの?」

「うん、知ってたよ」

 梓は傷ついたように、下を向いた。彼女も泣いてしまいそうだった。

「いつから知ってたの?」

「最初から全部知ってた……って言ったら、さすがに怒る?」

 梓は就職活動を機に長かった髪を切った。それでも、トレードマークだった巻き髪の毛先を指先が遊ぶ癖が抜けていないのか、なにもない位置で指先をくるくると動かしていた。

 わたしは首を横に振る。梓はそれを見ると、安心したように指先を動かすのを止めた。

「新田っちはたまに顔出したサークルに、途中から入ってきたただの知り合い。正しくは、アズの男友だちのツレ。しばらくしてね、頼まれたの。どうしても真白を紹介して欲しいって。だから、ロープラのバイトに誘ってあげた。オーナーに無理言って、四回も終わりに近づいたあの時期に無理やり入れてもらったの」

「わたし、新田くんとシフト被ったことないよ? ずっと一緒に働いてたのは、アズのほうじゃない?」

「真白は難しいから正攻法で攻めるのはよくないって、アズが一番知ってるじゃん。だから、アズがアドバイスして、クリスマスに作戦を決行しようってことになって。そのときには、医学部のあいつとも別れてると思ったから。だから、新田っちも全部知ってた。知らせてたから、自分はセックスできるくせに、『嫌いだからしたくない』って言わせたの。新田っちの気持ち以外は全部、計画的犯行だったんだよ」

 梓の目に溜まっていた涙の膜が徐々に厚みを持つ。照明のオレンジが反射して、一筋の線が頬を濡らして落ちた。

「どうして梓は律に手を貸したの? そういうタイプじゃないじゃん」

 いまさら、そんなに前の計画的運命について言及する気にはならなかったけど、律がそこまでわたしに執着する意味がわからなかった。

 律がノーマルなら、はじめにわたしを選んだことで苦しむことは目に見えていた。わたしを選ぶ必要性は皆無に等しい。

 わたしが幸せだった日々の裏で、律は一人で苦しんでいたのかもしれない。

 梓はわたしの問いには答えないで、小さな声で呟いた。

「真白はちゃんと幸せだった? アズは真白に幸せになって欲しかっただけ」

 わたしが答えないでいると、梓は同じ質問を繰り返した。

「真白はこの一年間、幸せだった?」

「……、わたしは幸せだった。律と過ごしたこの一年間が、いままでの人生で一番幸せだった。でも、この幸せが律の不幸の上で成り立っていたなんて、思ってもみなかった。わたしが、律のことを傷つけ続けてたなんて知りもしなかった」

 果たして、わたしは本当に気が付くことはできなかったのだろうか。悪いのは隠してきた律ではない。隠すことを強いてきたわたしのほうだ。

 キスをして気まずくなったとき、律は必ず家に帰った。いつだって、レモンチューハイだけを注文した。寂しそうに笑うとき、なにが律をそうさせているのか、わたしは気が付かないふりをしていた。

 知らない、気が付かない、見ない。わたしは都合が悪いことから目を逸らしていただけにすぎない。

「全部、わたしのせいだ。わたしが普通になれたらよかったのに。そしたら、ずっとそばに居られたのに」

 いまだに枯れてくれない涙が、再び視界を歪ませた。何度も腕で拭うのに、同じだけ頬を濡らし続ける。

 梓はファミレスの紙ナプキンを数枚取り出して、わたしの目元を拭う。備え付けの紙ナプキンは、驚くほどに固かった。

「真白はさ、恋と愛の違いってどこにあると思う?」

「急に文学的な話をするね」

 梓の脈略のない質問は文学的とも、哲学的とも、もっと別のものにも捉えることができた。いつも最短ルートでやってくる梓の言葉が遠回りをすると、なんだか不思議な気分にさせられる。

 梓にも、彼女なりの罪悪感が芽生えているのかもしれない。硬い紙ナプキンで拭われたせいで、すっかり赤くなってしまった彼女の頬を見て思う。

「恋の延長線上にあるのか愛でしょう? そりゃあ、恋からはじまらない愛もあるんだろうけど」

 わたしたちが、まさしくそうだった。ウィンウィンの関係という建前の上で成り立った歪な愛。それが故に、崩壊した。

「真白らしい回答だぁ。アズもそう思ってたよ。だけどね、最近シてるときにいつも考えるの。いつから恋に終着地点はセックスになっちゃったんだろうって」

 梓はすでに無くなった毛先を指先でくるくると遊ばせながら、ここではないどこか遠い所に視点を置いた。

「中学生のときはさ、手を繋いだり、一緒に帰ったりすることが終着地点だったわけじゃん。なんなら、チューすらしない人だっていたわけじゃん?」

「そうだね」と簡素な返事しか、わたしの貧相なボキャブラリーからは生み出されない。そんな味気のない言葉一つでも、梓は満足そうに頷いた。

「それでも、恋が愛になって、関係は成り立ってきた。でも、いつの間にかそれだけじゃなくなっていったわけだよ。チューしたり、セックスをしたり、そういうのが必要になった。別に、相手のことを責めてるわけじゃないよ。アズもそれを望んだし、シてくれないと不安になる。でも、昔といま。アズは同じ人間なのに、どこでこんなにも変わっちゃったんだろう。いつから愛を確かめるためにセックスをするようになっちゃったんだろう、っていつ考える。愛の終着点がセックスなら、一線を越えたあとはなにを目指したらいいんだろう。セックスが終着点の愛は、本当に愛なのかな――っていつもそんなことばっかり考えてる。セックスをしちゃったら、アズの手元にはなにも残ってない気がするの」

 梓は「アズもおかしいよね」と言って眉を下げた。

 梓の中にも矛盾があった。

 セックスが愛の終着点だと考えるのに、それを終着点とする愛をニセモノだと思っている。

 その矛盾は、きっと一生解決しない。出口のない迷路と同じで、どれだけ彷徨ったとしても、脱出することなんてできやしない。

「アズ、新田っちにも同じことを聞いたの。真白に紹介するより前にだけどね。新田っちなんて答えたと思う? 『わからない』って言ったんだよ。ウケるっしょ。ただの正直者じゃん。アズ、真っすぐな新田っち見てたらさ、真白の幸せそうな笑顔が浮かんできて、隣には新田っちがいる気がした。アズの直感は当たるから、だから紹介してあげることにした」

 梓は楽しい思い出話をするように、声を弾ませた。それなのに「でもね」と続く声は、罪悪感だけが満ちていた。

「真白をこうやってまた苦しめてる。アズが余計なことをしたせいで、真白はまた傷ついた」

 結露で濡れたグラスを掴もうとする梓の手は小さく震えていた。

「悩んでる真白にこんなこと言っちゃダメだってわかってるんだけど、アズは真白が羨ましい。きっと、セックスを伴わない愛のほうが、よっぽど純度の高いピュアな感情だもん。

だから、新田っちは真白のことを愛してたよ。真白も、新田っちのことを愛してたよ。セックスなしで、一年以上もそばにいられたんだもん。それがピュアな愛情じゃないなら、もうなにも信じられないよ。だから、大丈夫なんだよ。真白はおかしくなんてないよ」

 梓はわたしを真っすぐに見て、これまでで一番強く言い切った。

「真白こそが一番普通なんだよ」



 宇佐美梓と、はじめて出会った大学一回の春を思い出す。

 あの日、彼女は男友だちに因縁をつけられている最中だった。わたしが働くロープラのゴミ捨て場でのことだ。

 二十二時十分。夕勤と夜勤が入れ替わり、わたしたち夕勤は事務所に集って廃棄のスイーツを漁る。店の事務所には、店内外に設置された計十五台の防犯カメラがモニターで常時映し出されており、そのうちの一台でただならぬ男女の様子が映し出された。

「まつりさん、この人たちって大丈夫なんですかね?」

「ん、どうかした?」

 当時、まだ研修中の名札を付けていたわたしはモニターの操作方法を知らず、無音の男女二人組を見守っていた。カップルにも見えるが、男の方はやけに荒々しく動いている。

 まつりさんは慣れた手つきでマウスを動かし、五番の監視カメラを拡大する。同時にスピーカーも接続した。

「なんとか言えよ、このくそビッチ! オレがいるのに、他の男とも付き合ってたのかよ。浮気だろ、それ」

「アズたち、いつの間に付き合ってたことになってたのぉ? ただの男友だちに『浮気だ』なんて、どうしてそんなこと言われないといけないのぉ?」

 女の物言いが男の逆鱗に触れたのか、男は余計に激高した。罵詈雑言を吐き捨てる。しかし、女の方も負けはしない。「彼氏でもない男に言われたくなぁい」と反論し続けた。

しばらくして、徐々にヒートアップしていった男が、ついに店の壁を殴った。

 思わず事務所を飛び出し、店の売り場にでる。遅い時間にもかかわらず、店内の客はいつもよりも多いくらいだった。

 騒ぎに気が付いた客たちの間で、僅かな動揺が生まれていた。安全な店内から、視線だけでちらちらと二人の動向を見守る。レジに並ぶ一人が「女の子、大丈夫なのかな」と独り言のように呟いた。同調するように、皆が視線を彼らに向ける。そして当てつけのように、心配する素振りをみせた。

 誰もが口先だけの心配だ。誰も女を助けない。助けようとすら思っていない。

 でも、それは仕方のないことだ。所詮は赤の他人なんだから。

 そうこうしている間にも男の声は大きくなる。熱くなりすぎて、彼自身にも終わりが見えなくなっていた。

 レジを打っていた夜勤の西野さんが、ようやく一時休止の札を立てる。外の騒ぎに気が付いていた常連客たちが文句を言うことはなかった。

 その間にも、怒鳴り声はますます過激になっていく。合わせるように壁を殴る力も強くなる。

「このアバズレ女。尻軽ビッチ。どうせお前みたいなクソは、どっかで性病もらって野垂死ぬんだよ」

「ちゃんと病院に行くから大丈夫だと思うけどなぁ。それに、キミとは一生スることもないだろうし、安心してよ」

 激昂する男は、ついに女に拳を向けた。そこでようやく、夜勤の西野さんが仲裁に入った。

特になんの格闘技もしていないが、ガタイだけは無駄に良い西野さんに声を掛けられた男は、急に正気を取り戻したのか、尻尾を巻いて逃げ帰った。西野さんの強さは見かけだけなので、露骨に安心して胸をなでおろした。

 あっけない仲裁で、わたしたち夕勤も安心した。

 男が西野さんに拳を向けていたら、西野さんに勝ち目はなかっただろう。なにせ、彼は気が弱いのだ。

 一方で取り残された梓は気まずそうに下を噛み、唇を強く噛んだ。さっきまでの威勢は、精一杯の強がりだったのかもしれない。

 わたしは店内から、男を見る目がない子なんだな、と同情したのをよく覚えている。

 そう思うだけで、わたしだって助けには入らなかった。


 その女と再会を果たしたのは翌日の昼食時だった。

 大学の食堂できつねうどんを食べていると、ちょうど向かいの席に彼女が座っていた。目が合ってしまったので控えめな会釈をすると、トレイごと隣へと移動してくる。

「ロープラの店員さんですよね?」

「どうも、元カレさん、あのあとは大丈夫でした? 散々な言われようでしたけど」

「あれくらい全然へっちゃらですよ。それに、あいつは元カレですらないんですけどね」

 彼女はリーズナブル定食の薄いチキンカツに噛り付きながら、ただの男友だちであることを何度も強調した。

「まぁ、でも、あいつの言うことがまるきり嘘っていうわけでもないんです」

 ひとしきり文句を言い終えた彼女は、一変してしおらしさを見せた。チキンカツを齧る勢いが途端に弱弱しくなる。

「彼氏がいるのに二人で遊びにいくことが普通ではありえないことは、たまに指摘されるし。ビッチってところは否定したいけど、女の子にもよく言われてるから」

「さすがにそこは否定しておいたほうがいいと思いますけどね」

 わたしは二百円のきつねうどんを啜りながら適当な相槌だけを返していたが、彼女は気にせず続きを話した。だれかに聞いて貰いたい心情は察するが、内容にふさわしい友人は他にいるだろう。

「じゃあ聞きますけど、あなたの言う『男友だち』と『彼氏』ってなにが違うんですか?」

 二つ向こうの学生が、フィクションみたいな二度見をした。慌てて視線を逸らせたが、カレーライスを食べる手が完璧に止まっている。

「セックスするか、しないか」

「はぁ」

 この世に存在する人間で、五本の指に入るくらいには苦手な人種だと思った。セックスをする恋人たちをむやみやたらに嫌うことはしないが、誰それ構わずに身体を許す人間の価値観には共感できなかった。声を上げて批判することはしないが、決して交じり合うことはないだろう。

「シないと不安になるくらいなら、あんなもん最初から存在しなければよかったのにね。生物、もっと別の方法で繁殖してよ。繁殖する気がないなら、そんなことしないでよ! 人間、理性があるならもっと別の方法で愛情表現を模索してくれよぉ!」

 二つ向こうどころか、周囲の視線が一斉にこちらへ向けられた気がする。直視することは躊躇って、ひっそりと送られた好奇の視線が、羞恥心にねっとりと絡みつく。過度のストレスで、こめかみ辺りが鈍く痛んだ。

「ちょっと、静かにして。周りからの視線が痛いから。ここ食堂だから、ね?」

「だって、だってぇ。女の子はアズのこと嫌いになるもん。男の子とはセックスしたら終わっちゃうし、でもシないと不安になるもん。アズにはちゃんとした友だちも彼氏もできないんだよぉ」

 焦るわたしをよそに、女はダラダラと不安を連ねる。わたしは周囲からの視線から逃れるために、もうやけくそだった。

「わたしが友だちになってあげるから、もうそれで解決するでしょ。わたしはセックスできないし、女の子を恋愛的な意味で好きになることもないと思うよ。ほらね、大丈夫でしょ。だから、もう静かにして」

「ほんとにほんとう? アズの女友だちになってくれるの?」

 まだ名前も知らない女は、わたしの手を握りしめて、縋るような視線を寄越した。

 握られた手は「絶対に離してなるものか」という強い意志が宿っていて、簡単に振りほどけそうにはない。

「とにかく、あなたの名前は?」

「宇佐美梓。一回だよ。みんなからはアズって呼ばれてる」

「じゃあ、梓って呼ぶ。みんなって、どうせあのくそ野郎たちのことでしょう?」

「うん。えっと、名前は……?」

「わたしは成瀬真白。わたしも一回。真白でいいよ」


 

 梓とは思いのほか上手くやれた。適当なところや少し常識を外れているところが、普通の感覚を麻痺させて、彼女の隣では息がしやすかった。

 わたしがセックスをひどく嫌っていることを知っても、彼女はなにも変わらなかった。平然と昨日寝た男の話をするし、わたしのことを合コンに誘った。それがまた、わたしを普通にしてくれた。

 梓曰く、「人を好きになるならぁ、我慢する必要なんてどこにもないわけじゃん? 合わなかったら別れたらいいんだよ。世界は広い、セックスが嫌いな人もたくさんいる。たくさん出会って、たくさん好きになろ。真白が好きになった人の中にだって、きっとセックスしなくていい人が現れるってぇ」とのことだ。

 無鉄砲すぎる計画で、わたしはたくさん傷ついた。たくさん傷ついたけど、一番の愛情も手に入れた。


 真っすぐに見つめる視線をそのままに、梓は言葉を続ける。強くはっきりと。躊躇いのない彼女の言葉はいつだって、ダイレクトでやって来る。

「アズはずっと真白の味方だよ。アズたちの友情は愛なんかよりも、ずっとピュアで真っすぐな感情だと思わない?」

 わたしたちは、セックスなんていう愛情は信じない。

 そこにあるのは、生物としての本能だけでピュアな感情じゃない。

 だけど、それを通すことでしか、愛を確かめることができない。

 唯一、友情だけがピュアな感情であることを、わたしたちはこの身をもって痛感している。

 梓はわたしの手を強く握った。あの日のように、「離すまい」と震えるほどに固く握りしめた。

「アズはあの日に掴んだ真白の手だけは、なにがあっても絶対に離してあげない」

 わたしたちは矛盾を抱え、どこまでいっても愚かなままで生きている。

 見つかるはずのない探し物を、二人でずっと探している。

 出口ない迷路を、二人で手を取り合って彷徨っている。

 互いに抱くこの感情が、唯一ピュアなものだと知っているから、わたしも梓の手だけは離してあげない。


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