9 可愛い
ラファエル様に美しいドレスを選んでもらった後、化粧やヘアセットまで変えられて……鏡に映った私はまるで別人のようだった。
「わぁ……これは化けたわね」
「お嬢様、やっぱりお綺麗ですわ。普段からこれくらいさせてくださいまし」
ジャンヌにそんなことを言われながら苦笑いをする。
「まあ!ロザリー様素敵ですわ。早くラファエル様にお見せしましょう」
店員さん達も楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。これ……いくらなんだろう。もちろん値札なんてついていないのでわからないが聞くのも恐ろしい。
ネイビーのドレスはレースのオフショルダーなので豊かな胸元を魅力的に見せているが、いやらしくはないデザインだ。沢山散りばめられたビーズは星のように輝いていて大人っぽい。そして足はちゃんとすっぽり隠れている。
「ラファエル様……お待たせしました」
こんな女性の買い物に付き合ってこの人は疲れないのだろうか?かなり待たせているので、申し訳なく思う。まぁ……彼のドレス選びが一番長かったので自業自得な面もあるけれど。
彼は私を見てポッと頬を染めた。ん?何この反応は?
「ロ、ロザリー嬢……すごく……すごく似合っている。とても……とても素敵だよ!!」
確かに少しはましになったが、ラファエル様の横に立つにはまだ足りない気がする。
「こんな素敵な女性とデートできる私は幸せ者だな」
彼は照れたように笑いながら、私の耳にイヤリングを付けてくれた。ちらっとしか見えなかったが、めちゃくちゃ大きなダイヤがついていた気がしてサーッと血の気が引いた。
「うん、これも似合いますね」
「こんな高価な物、私には似合いません」
こんなもの、もし落としたらどうするのよ!?
「君以外にこれが似合う人はいないよ」
ドキッ……彼があまりに真剣な顔でそんなことを言うので、社交辞令ではなく本気で言われているような勘違いをしてしまいそうだ。
「じゃあ、ランチに行こうか?予約してあるんだ」
店員さん達にお礼を言い、着ていたドレスはジェラール家に送ってもらうように手配をしてくれた。
「長い時間、ありがとうございました」
私も頭を下げて、彼のエスコートについて行く。外に出ると……このドレスのせいかさっきほどジロジロと見られることはなかった。
しかしレストランに入ると空気は一変する。おそらく高級なお店なので、ここにいるのは貴族ばかりだからだ。
「ラファエル様よ……女性連れなんて珍しい」
「格好良いわね」
「あの女は誰?見たことないわ」
「え?もしかしてあの子はジェラール伯爵家のご令嬢じゃない?ほら……あの地味な」
「あんな綺麗だったっけ?」
またヒソヒソと噂が始まった。私達は周囲から痛いくらいの視線を浴びていて、居心地が悪い。
「個室を予約してます」
彼は周囲の声に気が付き、申し訳なさそうに微笑んだ。しかし顔は何も聞いていない風を装っている。
「あ……はい」
ラファエル様は常にいろんな人から見られているので、視線や噂にも慣れているようだ。彼は格好良く生まれて能力もあって家柄も良い……なんて人生イージーモードなんだろうと羨ましく思う気持ちがあったが、実際目の当たりにすると大変だなと不憫に思う。
私なら絶対に嫌だわ。こんなプレッシャーには耐えられない。いつも気が抜けないなんて、苦しいもの。
「ここの料理は絶品ですよ。お嫌いなものはありませんか?」
「なんでも食べられますわ」
「ふふ、なら良かったです」
連れて来られた個室は、窓から美しいお庭が見える素晴らしい景色を楽しめる部屋だった。
次々と運ばれてくる料理はどれも素晴らしく、美味しかった。
「全部美味しいですね!」
ジロジロ見られたストレスを吹き飛ばすように、出てきた物を全てペロリと食べ尽くした。あー……美味しい。美味しい物を食べるとストレス緩和されるわ。
「ええ……あなたと一緒に食べると本当に美味しいです。ロザリー嬢の食べっぷりは、とても気持ちが良いですね」
そう言われてハッと気がついた。そうか……もしかしてデートでは女性は出された物を全部食べてはいけない!?ちょろっと食べて『私もうお腹いっぱいです』とか言わねばならないのか。
でも勉強になったわ!次のマッチング相手の時は気をつけよう。ラファエル様には嫌われるくらいでちょうどいいから……セーフだわ。それにこんなに美味しい料理を我慢するなんて勿体無いもの。
「はしたなくて……すみません。あまりに美味しいので全部食べてしまいました」
「はしたなくなんてありません!沢山食べる姿……とても……その……可愛いと思います。遠慮なくどんどん食べてください」
彼はポッと頬を染めて、私から目線を逸らした。沢山食べるのが可愛い?ラファエル様って女性の趣味が変わっているのかもしれない。
「デザートも有名ですよ。食べましょう」
「はい!嬉しいです」
甘い物好きとしてはデザートはありがたい。あれ?でもラファエル様は甘い物嫌いよね?
ウェイターが運んできたのは、苺とクリームたっぷりのケーキ。ああ、美味しそう。彼の前にも同じ物が運ばれてきた。
「ラファエル様も甘い物食べられるんですか?」
彼は無言のまま、フォークを持っていた手をおろした。
「……私には似合わないですよね」
哀しそうにそう呟いたので、私は意味が分からず首を傾げた。
「似合わない?甘い物がですか?いや……私は学生時代にラファエル様から『貰ったけれど甘い物が苦手だから』と何度かお菓子をいただいたことがあったので、てっきりお嫌いなのだとばかり思っていただけです」
私はクリームを口に頬張りながら、疑問を聞いてみることにした。
「お、覚えてるんですか!?学生時代の私のこと」
彼は驚いたように急に大きな声を出したので、びっくりしてしまった。
「え?ええ、もちろん。図書館で勉強している時にお菓子をいただきました。むしろラファエル様が私なんかのことを覚えていらっしゃった方が驚きです」
こんな有名人に声をかけられて、忘れることはないだろう。逆に彼にとって私はその他大勢の一人だっただろうが。
「……恥ずかしいのですが、実は甘い物大好きなんです」
「ええ!?そうなんですか」
「はい。でも学生の時に……私が甘い物を食べていると、みんなからイメージと違うと言われてしまって。色々言われるのも面倒だから、なるべく外では食べないようにしていたんだ」
彼はしゅんと眉を下げて『甘い物が嫌い』と言った理由を教えてくれた。
「なんですかそれ!意味不明です」
「……え?」
「似合うとか似合わないとか意味がわかりません。ラファエル様が甘い物好きでもよろしいではありませんか!全然変じゃありません」
なんだか可哀想になってきた。私が貰っていたお菓子を、本当は彼は食べたかったんだ。それなのに食べられなかったなんて。
あれ?でも甘い物が好きなら、どうして一回目のデートの時にマフィンを食べて涙目になっていたんだろう?よくわからないな……
「ありがとう。そんなことを言ってくれるのは君だけだよ」
彼は眼を細めて、少し切ない顔をした。
「じゃあ今日は遠慮なくいっぱい食べましょう?あ、チョコレートケーキやマカロンもありますよ」
「ありがとう。じゃあ……色々頼んで半分ずつ食べるのはどうかな?」
「いいですね!」
そして追加のデザートを沢山頼んで、二人で分け合いながら美味しくいただいた。ラファエル様が嬉しそうにスイーツを食べている姿を見て、良かったなと思った。
「あー……美味しかったです」
「私も久々に甘い物をこんなに食べたよ。とても満足した」
「普段クールなラファエル様が、甘い物がお好きなんて可愛いですよ!そんなことで幻滅したり男らしくないと言う人の方がおかしいです」
彼は可愛いと言われて恥ずかしいのかポッと頬を染めた。ああ、この人の照れた顔はなんて綺麗なんだろう。
「か、可愛い……ですか。初めて言われました」
「ええ。私は可愛いラファエル様の方が、話しやすくて好きですわ」
クールで完璧な彼はなんだか近寄りがたくて、緊張してしまう。私は美しい物より可愛い物が好き。可愛いは正義だ。可愛いと何でも許せる。
彼はパクパクと口を開けたり閉じたりした後に「私も……す……です」何か呟いていたがよく聞こえなかった。
私が首を傾げると、彼はなんでもありませんと黙ってぐいっと紅茶を飲み干していた。