8 完璧なデート
そして今日は二回目のデートの日。ジャンヌが気合を入れて化粧をしようとするのを必死に止めて、今日も地味なドレスに身を包む。
「お嬢様!少しは気合を入れてください」
「だから嫌われたいんだってば。それに何を着てもそんなに変わらないわよ」
「全然違います!お嬢様は宝の持ち腐れです」
煩いジャンヌに「はい、はい」と適当に返事をしていると、お迎えがやってきた。
「おはよう、ロザリー嬢。今日も素敵な君に逢えて嬉しいよ」
うわぁー……安定の輝きっぷり。こんな女にも口からするすると社交辞令の褒め言葉が出るのはさすが公爵家の御令息だ。純白のジャケットが似合うのはこの国で彼くらいなものだろう。あれだけ白かったら食べる時にシミとか気にならないのかしら、なんてつい見当違いなことを考えてしまう。
「ラファエル様もそのジャケットとてもお似合いで、素敵です」
私も貴族令嬢らしく微笑みながら彼を褒める。まあ、私の場合は本音なので嘘をつく手間が省けてありがたい。
「ありがとう。お父上にもご挨拶をしたし、そろそろ行こうか」
ラファエル様は少し頬を染めて照れるようにはにかみ、エスコートのために手を差し出してくれた。
心配そうなお父様に「行ってきます」とアイコンタクトをして馬車に乗り込んだ。
「今日は……完璧なデートにしますから!」
パチンとウィンクをする彼にいろんな意味で眩暈がしそうだ。完璧なデートとは一体どんなものなのか?前回のはちゃめちゃなピクニックデート以外したことがない私は、全く想像ができない。
「楽しみにしています」
そう言った私を見て、彼はとても楽しそうだ。クールなイメージだったけれど、こういう可愛らしいところもあるらしい。
「この前いただいた軟膏とてもよく効きました。傷跡もすっかり無くなりましたわ」
「使って下さったのですね!効果があったのであれば良かったです。美しいあなたに傷は似合いませんから」
薬のお礼を言うと、ラファエル様は嬉しそうな顔で微笑んだ。私に傷の一つや二つあっても何も変わらないと思うけれど、そう言ってもらってなんだか恥ずかしかった。
「今日は街に出て、買い物とランチ……そして夕方は芝居を見ましょう。人気の演目が手に入ったんですよ」
――ええっ!?夕方まで一緒にいるの?
しかも買い物とランチと観劇って、絶対人目につきまくりではないか!嫌だ!何が完璧なデートよ。
「申し訳ありませんが、私あまり人混みが好きではなくて……」
「そう言ってたね。大丈夫だよ、ちゃんと手は打ってあるから」
手を打つって……彼に街中の人を消し去ったり、私を透明人間にしてくれるような魔法が使えない限りは解決しないんですけれど?
「そ、それに!観劇するにはラフなドレスを着てきてしまいました。だからまたの機会に」
またの機会に別の方とどうぞ。
「ああ、そうか。今のロザリーもすごく素敵だが……女性は色々と気を遣わねばならないことが多いものな。サプライズにしようと伝えなかった私のミスだ。申し訳ない」
しゅんと肩を落とした彼を見てホッとため息をついた。セーフ!観劇は回避できたわ!!もしジャンヌの押しに負けてお洒落していたら危なかったわ。
「あ!良いことを思いついた」
満面の笑みの彼を見て……なんか嫌な予感がする。
「お詫びに私にドレスをプレゼントさせて欲しい!」
「ええっ!いえ、そんな申し訳ないですから。恋人でもない方にいただくのは気が引けます」
そう言ったら彼は哀しそうに俯いてしまった。なんでそんな傷付いた顔をするの?まるでこっちが悪いみたいじゃないか。
「どうしても……だめでしょうか?」
俯いたまま、上目遣いでチラリと私を見ている。その瞳はうるうると水分量が多く、あまりに美しかった。
「わか……りました……」
「本当ですか!良かったです。ありがとうございます」
いきなりパッと顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。なんだか……騙された気がする。
でもこんな顔で懇願されて断れるはずがない。彼は自分の魅力をわかっていて、わざとあの顔をしているのではないかと疑ってしまう。
隣に座っているジャンヌは一見素知らぬ顔をしているが、長い付き合いなので彼女は本当はニヤニヤと面白そうに笑っているのがわかる。
「アラン、すまないが着いたら先にいつものドレスショップに連絡をしてくれないか?奥の部屋を開けて欲しい」
「かしこまりました」
彼の執事はアランというらしい。彼は常に穏やかな笑みを浮かべているが、こちらは感情が読み取れないわね。
そして……馬車が街に着いた。降りた瞬間に視線を感じる。
「わあ、素敵な方」
「あれは公爵家のラファエル様だよ」
「格好良いわね。一目見られただけで幸せ」
ラファエル様はいつどこにいても目立つ。平民でも貴族でも、彼を知っていても知らなくても……みんなの眼を惹く。
「隣の方はどなたかしら?」
「なんだか地味ね」
「恋人じゃないでしょう。似合わないもの」
みんな私を見てくすくす、と笑う声が聞こえてくる。そう……だから嫌だったのだ。ラファエル様の隣に立つのは彼と同じくらい美しく気高い女性でないとだめなのだ。
「……外野が煩いですね。すみません、私がいるせいですね」
視線や噂は嫌だが、別にラファエル様のせいではない。彼に悪いことなんてないのだから。
「いえ、本当のことですから仕方ありませんわ」
「そんなことはありません!あの人達に訂正をしてもらいます」
怒りながらそんなとんでもないことを言って噂している人達の所へ行こうとするのを、私は慌てて止めた。そんなこと彼がわざわざ言いに行ったら、街中大パニックだ。
「気にしていませんから!私は大丈夫です」
私はニコリと微笑んで、こんなことなんてことないという風に取り繕った。
「しかし……」
「さあ、早く行きましょう。ここにいてはさらに目を惹きますから」
そうそう!一刻も早くこの場を去らせてください。お願いします。
「そうだね、誰が何を言おうと君が素敵なことは間違いない……さあ、行こうか」
「はい」
彼は私が傷ついていると思って、フォローしてくれているようだ。さすが紳士。御令嬢達の憧れの的は伊達じゃないようだ。
そして今……私は超高級な大人気ドレスショップで何故か着せ替え人形のようにドレスを着ては脱いでまた着てを繰り返している。
彼と店に入るやいなや、当たり前のように奥の部屋に案内され店員さん達に何人も付きっきりでお世話された。公爵家……怖い。こんな待遇をすぐにしてもらえるだなんて、彼や彼の家族が普段からこの店に沢山のお金を落としているということだ。
「似合うな、でも……」
「素敵だよ、だけど……」
「美しいな、しかし……」
似合わないなら似合わないとハッキリ言って欲しい!その褒めてから「でも」とか「しかし」とか遠回しに文句を言うのをやめてください。そんな気遣いは無用なのに。
そんな中、自分的に意外にも似合うドレスを発見した。いつもの自分よりだいぶ背伸びをした、大人っぽいセクシーなデザインだけどしっくりくる。少し恥ずかしいけれど、似合わないドレスよりはましだ。
私は顔は地味だが、スタイルはまあまあだ。出るとこは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。細身のそのドレスはその良さを引き出していた。
とりあえず彼の合格が欲しい。そしてこの着替え地獄から解放されたい。普段なら絶対にこんなドレス着ないが、この時の私はそのことばかり考えていた。
「これはどうですか?」
そう聞いた私を、彼はぼんやりと眺めていた。なんでぼんやりしてるのよ!あなたが連れてきたんだから、疲れてるなんて言わせないわよ。
「と、とても綺麗だ。スタイル……すごくいいんですね。驚きました」
おお、もしかして合格だろうか?むしろスタイルしか良くない……と言った方がいいですけどね。
「じゃあこれでいいですか?」
そのまま試着室から出てきた私に、彼は微笑みかけた。確かに微笑みかけた……のに、なぜか今は私をめちゃくちゃ怖い顔で睨みつけている。
その怖い顔は何なのよ?地味な女が調子乗ってセクシーな細身のドレスを選んだのがやっぱり気に入らないとか!?
「スリット……」
「え?」
スリット?確かにこのドレスはスリットが入っているがこれは最近の流行りだ。足に自信のある女性はあえて見せていく。
「やっぱりそのドレスはだめです!あなたには相応しくない。スリットが入りすぎですし、あなたのスタイルではいやらしい」
「い、いやらしい!?」
いやらしいほどのスリットではないと思うんですけれど。
「とりあえずだめです。こういうのは……二人きりの時だけに……んんっ、いや……とりあえず別のドレスを!」
なんかうにゃうにゃと小声で何か言ってるが、とりあえずこのドレスも不合格らしい。絶望だ。
結局ドレス選びは二時間以上かかったが、最終的にはなんとか決めることができた。