7 会いたくない
「仲がいいんですね。羨ましいです」
「我が家はお母様が早くに亡くなっているので、私が弟の母代わりなんです。そのせいか、もう十二歳なのにまだ私にべったりで困っているんですが」
シルヴァンは可愛い。生まれた時から面倒を見ているから、本物の母のような気持ちでいる。でもそろそろおやすみのキスは卒業しても良い頃だ。
「あなたのような優しい姉がいたら……とても幸せだと思いますよ」
ラファエル様がそう言ってくれたことが素直に嬉しかった。でも私は冷静に見ると、あまり自慢の姉ではないだろう。一歩外に出れば、いるかいないかわからないような存在なのだから。
「ありがとうございます。彼のためにもっと素敵な姉になれたらいいんですけどね」
ははは、と少し自嘲気味に笑うと彼は急に真顔に変わり大きな声を出した。
「今のままで素敵です!」
「……え?」
「充分あなたは素敵だと思います」
私はその真っ直ぐな言葉に頬が染まった。ラファエル様はすごいな。私みたいな女でもちゃんと褒めてくれるんだから。
「ありがとうございます。とっても素敵なラファエル様にそう言っていただけると、少し自信が持てる気がしますわ」
私がそう言うと彼は頬を染めた。
「ロザリー嬢に素敵だと言ってもらえるなんて、私も嬉しいです」
「ふふ、ラファエル様は言われ慣れていらっしゃるでしょう?」
「……あなたに言われることに意味があるんですよ」
彼はふわりと優しく微笑んだ。その表情がとても美しくてドキッとしてしまう。
「もう遅いので、そろそろお暇します。長居して申し訳ありませんでした」
「いいえ、お気をつけて」
立ち上がった彼を見送るために、私も一緒に席を立った。
「あの……!」
彼は緊張したようにギュッと拳に力を入れて、私の顔をじっと見た。
「はい?」
「に、二回目のデートを申し込んだのですが……その……まだあなたから返事がないと連絡が……」
ああ、そういえば忘れていた。初めてのデート以降二回も会っているが、これはイレギュラーだ。マッチングした後は二回目会いたいか会いたくないか書いた紙を、王家に出さないといけなかった。そういえば回答期限は明日までだった気がする。返事を出さなければお断りになるんだっけ?
……というか、ラファエル様二回目申し込んだんだ。あの最悪なデートでよくまた遊びに行こうと思ったものだな、と不思議な気持ちだ。
「だめですか?」
哀しそうな顔で見つめられると困ってしまう。私が彼を嫌だなんて烏滸がましい。でも……正直嫌だ。でも嫌だと言う勇気はない。
「だめではありません。最初のお約束ですから、三回目まではお受けします」
そんな可愛くないことを言ったのに、ラファエル様はパッと表情が明るくなった。
「ありがとうございます!絶対素晴らしいデートにしますから」
うわっ!笑った顔が眩しすぎる。私は彼を直視できずに目を細めた。
「楽しみに……しています」
「はい!」
彼はお父様に丁寧に挨拶をして、ご機嫌に去って行った。なんでラファエル様はあんなに楽しそうなんだろうか?なんとなく次のデートが不安だ。
「ラファエル様はやはりロザリーのことが好きなんだろう。ああ、ついに君も嫁いでしまうのか。彼ほど素晴らしい男はいないから、さすがに文句はないが寂しいものだな」
お父様はもう私が彼と結婚すると思っている。いやいや、一旦冷静になって欲しい。ラファエル様程の人がなぜ冴えない私を選ばないといけないんだ。
たぶん彼は私が珍しいのだ。高級で美味しい洗練されたものを食べ続けていると、たまに安い屋台の素朴な味が恋しくなる……みたいな。
「あり得ませんわ。私は身の丈に合った旦那様を見つけます。次のマッチングは成功させますから」
「それじゃあ嫁ぐのは変わらないではないか」
お父様はがっくりと項垂れた。そろそろ結婚適齢期の娘を持っている自覚をして欲しい。
部屋に戻ってお風呂に入ると、ジャンヌが夜の寝る準備をしてくれる。私の顔に色々と塗りたくり、髪にも香油をつけてサラサラにしてくれる。
「お嬢様にお任せすると、すぐケアをサボられますからね」
「うう……でも私が色々してもあんまり変わらないし」
そう言った私にジャンヌは、無言でぐりぐりと小顔になるマッサージをする。痛い痛い痛い……!
「お嬢様はお綺麗です。肌はもちもち、髪の毛はサラサラですから。もっと流行りを取り入れて、お化粧もしっかりなさったら奥様にも負けませんわ」
「お母様は美しかったものね」
ジャンヌは元々はお母様付きの侍女だった。そして亡くなってからはずっと私専属。
「ロザリー様は磨けば光ります。次のラファエル様のデートでは私に任せてくださいね?」
「……私は彼に嫌われたいのよ?」
「それは難しいのでは?一回目で変な計画を立てて失敗されたでしょう。ラファエル様はお嬢様を気に入っておられますわ」
「ラファエル様ったら何を企んでいらっしゃるのかしら?」
私が首を傾げてうーんと考え込むと、ジャンヌはニコリと微笑んだ。
「企んでるのはお嬢様でしょう。それにきっと彼には見えていらっしゃるんですわ」
「なにが?」
「お嬢様の素敵な部分が。他の皆はまだ気が付いていないだけですわ」
「……この家はみんな私を甘やかすからだめね。世間では私は地味で暗くてモテない女よ」
ふう、とため息をつくとジャンヌは「全員見返してやりましょう!」なんてやる気を出すので困ってしまう。
「気持ちだけ受け取っておくわ。私は穏やかに暮らしたいの」
不満気なジャンヌにお礼を言って、私は部屋に一人になった。気持ちは嬉しいが、私は目立ちたくないのだ。
でもせっかくいただいたのだからと自分に言い訳をして、彼がくれた薬を傷跡に塗ってみる。なんだかじんわりと温かいような感覚が、彼の優しさのようで照れくさくなった。
「……寝よう」
その変な気持ちをかき消すようにシーツを被って、眠りについた。
♢♢♢
翌日、約束通り王宮に用紙を出しに行った。すると遠くにパーシヴァル殿下と側近達のお姿が見えた。もちろんその中にはラファエル様もいらっしゃった。
殿下はもちろんのこと、側近達もみんな見目麗しい。はぁ……あまりにキラキラして見ていると目が潰れそうだ。彼等に会いたいために若い御令嬢方がたいした用もないのに王宮をウロウロしに来るというのも頷ける。
でも私は絶対に会いたくない。会わないように帰りたい。
そーっと王宮を出ようとしたのに、何故かバッチリとラファエル様と目が合った。何故気が付いたの!?彼は私を見て嬉しそうにふわりと目を細めて、手を振った。私は驚いてその場から隠れた。
その瞬間、近くにいた御令嬢達や王宮の女中達からキャーーッと黄色い声がする。
「どなたに微笑まれたのかしら」
「もしかして恋人?そうなら悲しい」
「ラファエル様の笑顔素敵ね。手を振るなんて……お相手はよっぽど素敵な方よ」
怖い怖い怖い。もしバレたら恐ろしいことになる。あの人は何を目立つことしてるんだ。
なんで彼は私と結婚したいのだろうか?本当に訳がわからない。
いや、もしかして私の後ろに本物の彼の想い人がいたのではなかろうか。そもそも私に手を振っていると思うこと自体……自惚れもいいところだ。
うん、彼は私ではない人に手を振った。そう思おう。だから私には関係ない……と立ち上がったその時、後ろからトンと肩を叩かれた。
「無視しないでください。一人で恥ずかしいじゃないですか」
今一番聞きたくない声が聞こえて来て、ギギギとゆっくり後ろを向いた。
「ひぃぃ……い!」
私が想像していた通りの人物がそこにいた。もちろんラファエル様だ。そりゃ悲鳴もあげたくなるだろう。
「ああ、いきなりすみません。驚かせるつもりはなかったのですが」
彼は眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。なんで殿下の側近がこんなところにいるんだ。
「もしかして今日はあの用紙を出しに来てくださったのですか?」
少し照れたようにそわそわと私を見つめてくる。でも!私は一刻も早くここから立ち去りたい!!誰にも見られたくない。
「はい、そうです。では今度楽しみにしておりますので。失礼致します」
私はガバリと頭を下げた。そしてその場から逃げるように去った。
「えっ!?あ、ちょっと待ってくださ……」
「急いでおりますので。では」
冗談じゃない!あとデートを二回するだけの関係なのに、変な噂になったらどうするんだ。私なんかと噂になったらあなたの評判も下がるんですよ!私はぷりぷりと怒りながら家まで帰った。