6 お守り
もしかして翌朝もラファエル様が来るのでは?なんてビクビクしていたが彼は来なかった。そりゃそうよね……彼は忙しい近衞騎士だ。昨日の訪問は意味がわからないが、優しい彼のことだ……本当に心配してくれただけなのかもしれない。
「ロザリー、ラファエル様は君のことが気に入ってるんじゃないか?普通はお見舞いをこんなに送ってこないだろう」
お父様がものすごく困惑しているのがわかって、申し訳なく思う。が、私も同じように困惑しているのだ。
「そのようなことはないかと。でも……確かにこれは頂きすぎですわね」
私は明日にでも死ぬ病気なのだろうか?と思うほどのお見舞いの量だ。甘いフルーツや流行りのお菓子、上質で可愛らしいルームウェアやワンピース……若い御令嬢に人気の本などそのどれもが高級で珍しい物ばかりだった。
たった一日でなぜこんなプレゼントが用意できるのか。公爵家って恐ろしい。
「私からも礼をするが、失礼のないようにロザリーからも手紙を書いておいてくれ」
「はい」
私はお礼の手紙を書いたが……さすがにこれだけではまずい気がしてきた。うーん、と頭を悩ませたが私にできることなんて少ない。これだけ頂いておいて手紙だけって流石にだめよね。
仕方なく街に出かけると、宝石屋さんで素敵なゴールドの馬蹄のチャームを見つけた。大きめなので男性用だ。それに革のストラップを付けて貰った。
良い物が見つかったので、それを入れる小さな袋を作ることにした。刺繍も得意なので、袋に彼のイニシャルを入れて中にチャームを入れた。
「これなら小さいし、いらなかったら捨てやすいよね!」
それなりの値段で、それなりに手間がかかっている……そしてこれはラッキーチャームなので危険な仕事の彼に贈るにはピッタリだろう。迷惑だったら捨ててくれるはず。
ジャンヌに頼んで、手紙とこのプレゼント……そしてこの前飲んでくださっていた紅茶をラファエル様に届けてもらうことにした。
「終わった!」
私は残っていた宿題が終わった時のような、達成感でいっぱいだった。
そう、これで全て終わった気でいたのだ。しかしそう思っていたのは私だけだった。
♢♢♢
――どうしてまたいるの?
私がラファエル様に手紙とプレゼントを届けてから二日後……再び彼は我が家にやって来ていた。前と違うところは今度は夜なことと馬車が王家のものというだけ。あと、一応伺いたいとちゃんと連絡が来ていたらしい。お父様は断るわけにはいかないから、私に相手をするようにと言っていた。
相変わらずのキラキラした顔で、また花束を抱えている。今回は真っ白な薔薇だ。彼は本当に華やかな花が似合う。
「ロザリー嬢、こんな時間にすみません。仕事終わりにしか来れなくて。お手紙とプレゼントありがとうございました。この前勝手にお伺いして嫌われたのではないかと心配していたので、嬉しかったです。これは、君に似合いそうだと思って」
優しく微笑んで花束を差し出してくれる。いやいや、私に薔薇なんて似合わないです。好きでもないし。
「きれいですね、ありがとうございます」
「ロザリー嬢にいただいた物は、お守りにして常に持ち歩いています。刺繍までしてくださって……嬉しかったです」
少し頬を染めて、私が作った袋をチラリと胸ポケットから見せて大事そうにしまった。
ラファエル様なら色んな御令嬢からお守りなんて死ぬほど貰っているだろう。私なんかが作った物をそんな大事にするなんて……何故だろうか?
「ささやかな物ですみません。お見舞いのお礼にと思いまして。あの、ご迷惑だったら家に置いておいてくださいね」
「迷惑なんかじゃありません!き、騎士はその……危険な任務も多いので、みんな縁起の良い物を身に付けます。だから、ありがたいです」
彼は大きな声で必死にそう言ってくれた。喜んでもらえたのであれば嬉しい。
「紅茶もいただいています。香りが良いので、母上も気に入っていて買いたいと言っていました」
「まあ、そうですか。それは光栄ですわ。よろしかったら良い店をお教えします」
彼はわざわざそんなことを言いに来たのだろうか。美味しい紅茶の店を聞きに来たんじゃないわよね?
「ありがとうございます。そうだ、あの!今日来たのはこの薬を手に入れたからなんです」
彼は綺麗な小さい容器を私の手に、そっとのせてくれた。
「有名な薬師に作らせた軟膏です。塗り続けると傷跡が薄くなるそうです」
「わざわざ頼んでくださったんですか?」
薬師にお薬を頼むのはお金も時間もかかる。私のためになんでそんなことまで……?
「なるべく傷が残らないようにと思って」
「もう痛みはありませんし、ほとんど治っています。でも塗りますね。お心遣いありがとうございます」
私はペコリと頭を下げると、彼は嬉しそうに微笑んだ。そのまましばらく他愛のない話を続けていたが……私はひとつ気になることがあった。
「お仕事帰りとお聞きしましたが、ラファエル様は何かお召し上がりになられたのですか?」
彼が来たのはちょうどディナーが終わった頃だった。だからもしかしたら何も食べていないのでは、と思ったのだ。
「まだです。でも大丈夫。仕事が忙しいと食べられない時もありますし」
「え!?それはいけません。何か用意させますね」
それを知った以上何も出さずに帰すわけにはいかない。私は食べることが大好きだ。だからお腹を空かしている人が目の前にいるのが耐えられない。
「いえ、お気遣いなさらず。そろそろお暇を……」
「少しだけお待ちください」
私は急いでキッチンに行き、料理長に相談した。とりあえず料理長にはチキンとパンを焼いてもらって、私は残っていたマッシュポテトとミートソースを使ってミニグラタンを作った。コーンスープは明日の朝の分を少し出して、サラダは……少し簡素だけど今夜は仕方がない。
「はい、おまたせしました。簡単で申し訳ないですけれどどうぞ」
私はラファエル様の前に料理を並べた。カリカリに焼いたチキンソテー、チーズたっぷりのマッシュポテトグラタンに粒々コーンスープとレタスとトマトのサラダに温めたふかふかのパン。
――よし、即席にしては美味しそう。
「どうぞ召し上がれ」
「いいんですか?わざわざありがとうございます。美味しそうです」
彼はやはりお腹が空いていたのか、パクパクと美しい所作であっという間に料理が減っていく。
「このマッシュポテトのグラタン美味しいですね。初めて食べました」
「本当ですか!?それ私が作ったんですよ」
「ロザリー嬢がこれを!?本当に美味しいです……その……あの……毎日食べたいくらいです」
毎日食べたいくらい気に入ってもらえたのなら、よかった。作った甲斐があったわ。私はニッコリと微笑むと、彼はフッと視線を逸らした。
あー……そっか。食べているところを見られるのって恥ずかしいものね。もう見ませんから安心してください。
「ご馳走様でした」
甘い物が苦手な彼にはデザートを出すのはやめておく。彼は終始美しく全ての料理を食べ終えた。
そんな時に、シルヴァンがひょっこりと客間を覗いているのが見えた。私はそれに気が付き手招きして、シルヴァンを呼んだ。
「ラファエル様、私の弟のシルヴァンです。ほら、ご挨拶を」
「はじめまして。シルヴァン・ジェラールと申します。どうぞお見知りおきを」
弟は少し緊張しながらも、しっかりと挨拶をしてペコリと頭を下げた。
「ああ、弟君か。会えて嬉しいよ。私はラファエル・アランブールだ。よろしく」
彼は優しく微笑みながら手を差し出してくれたので、弟も手を重ね握手をした。
シルヴァンは恥ずかしいのか、すぐにささっと私の後ろに隠れてキュッと背中に抱きついた。
「おや、嫌われてしまったかな?」
ラファエル様は少し哀しそうに眉を下げた。
「失礼な態度を……申し訳ありません。シルヴァン、どうしたの?恥ずかしいの?」
「ラファエル様……格好良すぎて恥ずかしい。僕寝ようとしてたから夜着だし」
弟がもじもじしてる。なるほど……!ラファエル様の美しさにときめくのは男女共通なんだ。
「はは、褒めてくれてありがとう。シルヴァン君もとても格好良いよ。こんな時間に来た私が悪いんだ、ごめんね」
シルヴァンはフルフルと左右に首を振った後に、小声で私に耳打ちをした。
「姉様に結婚はして欲しくないけど、ラファエル様なら僕……義弟になりたいかも」
「なっ……!」
シルヴァンは悪戯っぽく、くすりと笑いながらそんなとんでもないことを言った。
「ふふ、姉様おやすみなさい。良い夢を」
私の頬にチュッとキスをして、ラファエル様に「また来てください」と頭を下げて部屋を出て行った。
誤字脱字報告ありがとうございます。訂正しております。