3 初デート
「わぁ……すごいですね、こんな場所があったなんて知りませんでした」
「ここは我が家の領地内で、秘密の場所なんです」
ラファエル様が連れてきてくださったのは、王都から少し離れた場所にある森の中だった。小さな川が流れ、木々が風で揺れて爽やかだ。
「静かで心地いいでしょう?」
「はい。とっても気持ちいいです」
ニコリと笑うと、彼も嬉しそうに微笑み返してくれた……じゃない!何を私は笑ってるんだ。楽しんでいる場合ではない。このデートで嫌われないといけないのに!
「あっちの奥に小さな小屋があるんですよ。そこで少し休憩を……」
私は心の中で気合を入れて、嫌われ作戦を実行することにした。
小屋に案内しようとしてくださっているラファエル様の手を急に掴んで止めると、彼は驚いたのかビクッと体が跳ねた。
ふっふっふ……私は知っている。彼は自分からのエスコートはいいが、女性から強引にベタベタと触られるのが苦手なことを。
私はあえてスルリと撫でるように触れ、グイグイと手を引いた。
「……っ!」
彼は少し頬を赤らめて、声にならない声を出した。おお!いいぞ……かなり嫌がっている。ちょっといやらしいオジサンみたいに触っちゃったけど許して欲しい。ラファエル様ごめんなさい、ファンの皆さんごめんなさいと心の中で謝る。
「せっかくこんな素敵な場所なんですから、外で過ごしましょう」
そう言って大きな木の下に行き、そのままぽすんと座った。
御令嬢なのにこんな場所に直に座るなんて、はしたないでしょう?最悪でしょう?
「汚れてしまってはいけません。私のハンカチを下に……」
彼は目を大きく開き驚いた顔をして、ハンカチを差し出してくれた。そうよね……こういう場所に座るなら絶対に何かを敷かないといけない。
「ありがとうございます。でもいいんです!芝生の上の方が気持ちがいいですし。ラファエル様もどうぞ」
ポンポンと横を叩いて、彼にも座るように促した。彼は「そうですね」と隣にそのまま座った。
「ああー……癒されますね」
私はそのまま後ろに倒れて、ごろんと寝転がった。こんなことするのは子どもの時以来だが、本当に気持ちが良い。木の影になっていて涼しいし、青い空が見えて綺麗だ。
「ラファエル様もなさったら?」
公爵家の方がこんなことするとは思えないけれど、あえてそう誘ってみる。すると彼はゴロンと横になった。
――するんだ……意外だわ。
でもそれは私への優しさなんだろうなと思った。どれだけはしたない態度でも、ここで咎めるのは可哀想だと思い付き合ってくれているのだ。やっぱりいい人よね。
「本当に気持ちが良いですね。知りませんでした」
「空が綺麗ですね」
「ええ」
んー……もっと嫌がってくれないと作戦が上手くいかない。しばらくして私は次の作戦に移ることにした。
ガバリと起き上がり「そういえば渡したいものがありましたわ」とわざとらしく言って、侍女のジャンヌにある物を持ってきてもらった。
「私お菓子作りが得意なんです。よろしければお召上がりになって」
ニコニコと笑いながら、バスケットいっぱいのマフィンやクッキーを差し出した。私はつい顔がニヤけるのを、キュッと引き締めた。
お菓子作りが好きなのは本当なので、味は保証できる。しかし!私は今回わざと甘めに作った。キャラメルやナッツ、チョコレートなどふんだんに使ったので『甘い物が苦手』なラファエル様には地獄の食べ物だろう。
「これを……君が?」
「ええ。腕によりをかけて作りましたわ」
彼は驚いたようにマフィンを一つ取って、じっと眺めた。その手がプルプルと小刻みに震えている。
かなり嫌がっているので作戦は大成功だ!しかし震えるほど嫌だなんて……少し可哀想だわ。良心がズキリと痛むが、嫌われるためには仕方がない。
『こんな甘そうな物を作る女と結婚できない!このマッチングはなかったことにしてくれ』
『はい。残念ですが、しょうがないですね。わかりました』
よしっ!完璧だわ。きっとそう言われるだろうと、ワクワクしながら待っていると……なんと彼はパクリとマフィンを頬張った。
――え……食べた!?
「おい……しいよ。とても」
ラファエル様は少し涙目になりながら、無理矢理微笑んで褒めてくれた。こんな時でも、彼の潤んだ青い瞳は海辺がキラキラ煌めくように美しいのが不思議だった。
なんでなんで!?なんで嫌いなものをわざわざ食べたの!?泣くほど甘い物が嫌なのに。
この人は優しいから、作ったのに食べないのは私に悪いと思ったのかもしれない。私は嫌いなのを知っていて、これを作って食べさせたのだ。最低だ。胸が苦しくなる。
「ジャンヌ、用意してた紅茶とサンドウィッチもすぐに持ってきて」
「はい」
彼女はすぐにそれらを準備してくれた。私は一応念のため甘くないのも作っていた。
紅茶をカップに注ぎ、彼に渡す。これは我が領地で取れる茶葉を使って作った、冷たくても美味しいアイスティーだ。もちろん無糖。
「これはジェラール家で取れる紅茶なんです。スッキリしますよ」
「ああ、ありがとう。マフィンによく合うね」
「……サンドウィッチも作りましたの。よろしければどうぞ」
ラファエル様はいろんな具で作ったサンドウィッチを見て嬉しそうにニコリと笑った。
「ありがとう。とても美味しそうだね」
甘くないものをパクパクと食べる彼を見て、少しホッとした。やはりこういうやり方は卑怯だったわね。ごめんなさいと心の中で彼に謝る。
「料理上手なんだね。初めて知ったよ」
ラファエル様がそんなことを言うので、不思議に思って首を傾げた。
「そりゃご存知ないでしょう。だって、私達全然話したことないですもんね?」
むしろ知っていることの方が少ないはずだ。ラファエル様は有名人なので、勝手に情報が入ってくるが私のような地味令嬢の存在すらご存知なかったのではないだろうか?
「……そうだね」
ラファエル様は眉を下げ、少し哀しそうな顔をした。その整った顔で、捨てられた子犬みたいな顔をするのはやめて欲しい。
私は弟のシルヴァンの面倒を昔からみてきたので、母性本能が強いらしくつい世話を焼きたくなるのだ。偉そうに『俺について来いよ』みたいな強引なタイプより、自分の前では素直に甘えてくれる人が良いのかもしれない。でも貴族でそんな人少ないんだよね。
ラファエル様が私に甘えるなんて天と地がひっくり返ってもあり得ない。やっぱり全然合わないマッチングだなと思った。
「知らないから、これから知っていきたいと思う。ロザリー嬢のこと色々教えてくれないか?」
彼はそう言ってくれたが、最大三回……そして今日を除けばあと二回のお付き合いのラファエル様に私のことで知って欲しいことはない。
――私は嫌われなければならない。
そう決意し、私は靴をポイポイと脱ぎ捨てた。淑女としてはあり得ない。マナーの先生がいたらたぶん怒鳴られていることだろう。
ラファエル様は私のその様子を驚いた顔で見つめていた。よしよし、驚いてるわね。
「実は私川遊びが大好きなのです」
「……え?」
呆けているラファエル様を放置して、裸足のままパタパタと走り川の前に来た。そこで私はワンピースの裾を上げてギュっと縛った。今は完全に膝が見えている。ちょっと恥ずかしいけれど……仕方がない。
「な、な、なにを!?」
追いかけてきた彼はワンピースを捲った私を見て、頬を染めて顔を手のひらで隠した。
ふっふっふ、動揺してるわ。こんなこと普通の御令嬢はしないものね。私はこれで確実に嫌われるのを確信した。
バシャンと音を立てて、川の中に入る。こんなことをしたのは子どもの時以来だけど、冷たくて気持ちがいい。そして手頃な石に腰掛けてバシャバシャと勢いよく足を動かした。
「ひんやりしてて気持ちがいいですよ!ラファエル様もいかがですか?」
なんて言ってみたが、生粋のお坊っちゃんの彼がこんなはしたないことをするはずがない。
「……」
彼は私をチラリと見て、しっかり目が合うとプイッと顔を背けた。私は心の中でガッツポーズをした。嫌われ作戦成功だわ。
そう思っていたのに、彼は急に靴を脱ぎパンツの裾をクルクルと綺麗に上げて川の中に入ってきた。
「本当だ。こんなに気持ち良いなんて知らなかったよ」
そう言って笑い、バシャバシャと足を動かしている。その度に水飛沫が飛んでキラキラと彼を輝かせていた。
――なんで入ってくるの?
私は眉を顰めながら、その様子を眺めていた。しかしラファエル様……パンツの裾を上げている姿さえ男前なのには驚きだ。作戦が成功なのか失敗なのかわからなくなり、私は頭を抱えていた。