2 結婚したい理由
なぜ結婚相手をマッチングで探しているのか、それには理由がある。
約二百年前から……ここルシピア王国では、貴族間であっても自由恋愛が認められている珍しい国だった。これは当時の国王陛下が愛する王妃と大恋愛の末に結ばれ、国が豊かになったからだ。
しかし、自由恋愛というのは聞こえは良いがなかなかに難しい。ごく一部の素敵な人には沢山の人が群がる。しかしその他大勢は見向きもされぬまま、結婚適齢期を終えることも多くあった。
ルシピア王国は年々婚姻率が下がり、出生率も過去最低で国として頭を悩ます大問題になった。そこで数十年前から取り入れられたのが『結婚相手のマッチング』だ。
王家が主催となり、結婚を後押ししてくれる国家的プロジェクト。独身貴族は全員登録されているが希望がないと紹介はされない。
希望すると、条件シートが配られる。それに家柄や容姿……性格等譲れない自分の希望を書き、王家へ提出する。そしてお互い条件が合う人がいれば王宮で顔合わせができるのだ。
しかも最近は医学技術が進んで、遺伝子の相性などもマッチング結果に反映されるらしい。まあ……国としては出生率を上げたいので、そのためのようだが。ちなみに遺伝子の登録は全国民学校に入るタイミングで採取され王家で厳重に保管されている。
誰にどの人が紹介されたかというのは秘密になっているし、お互い結婚するまでは家族以外には相手を公表しないことになっている。これは上手くいかなかった場合、別の人とお見合いすることになるからだ。
もちろん条件を書けば書くほど、紹介率は下がるので結婚したい人は緩い条件にする。
私は十七歳になったが恋人どころか、まともにデートすらしたことがなかった。このままでは行き遅れると思った私は、この前初めてマッチング登録をしたのだ。
そりゃ恋愛小説のような激しい恋に憧れたりもするけれど、それはお伽話だとわかっている。平凡に穏やかに毎日を過ごし、一緒に生きてくれる男性なら誰でもいいと考えていた。
ちなみにこの制度の良いところは親の干渉が少ないということだ。従来の親が全てを決めるお見合いではなく、少なからず本人の希望を言える。だから密かに若い御令嬢や御令息達に人気だ。
そして、親達も『好きになったから』なんて理由で全然身分の違う相手を結婚相手として連れてきて頭を抱える……なんてこともないのである程度安心だ。
だから、王家のマッチングは親なしで顔合わせやデートができる。まあ……流石に侍女を連れて行くので二人きりにはならないが。そのためもし合わなかった場合は、お断りもしやすい。王家主催のマッチングでは、下の爵位の者が上の爵位の人にお断りしても良いことになっている。それで何か問題が起きた場合は罰則を与えると王家は厳しい法律を作ったからだ。
マッチング相手とは三回デートが認められ、その三回で婚約するかお断りするかを決める。どちらかが先にお断りしたら、三回を待たずに破棄になる可能性もある、という決まりだ。
つまり!私は一回目のデートでラファエル様に嫌われなければならない。彼と一回デートをするだけでも気が重い。
「ロザリー……顔合わせはどうだった?」
憂鬱な気持ちで家に帰ると、お父様が心配そうに私に聞いてきた。
「一度デートすることになったけど、今回は話が流れると思うわ。お相手が驚きの人だったから」
そう……心臓が止まりそうなほどの驚きの相手。今でも信じられないわ。
「そうか!それなら良かった」
お父様はそれを聞いてとても嬉しそうだった。なぜお父様が良かったなんて言うのか……それは私に結婚して欲しくないからだ。実は私のお母様は元々身体が弱く、弟を産んですぐ病気で亡くなっている。
『あなた、ロザリーとシルヴァンを頼むわね。私の分までいっぱい可愛がってあげて。愛してる……あなたと結婚できて幸せだった』
お母様のその遺言をお父様は律儀に……いや、律儀過ぎるほど守った結果、成人した今でも私を溺愛している。両親は大恋愛の末結ばれた夫婦でお母様が亡くなった時のお父様のショックはものすごかったが、彼は私達を育てることに力を注ぎなんとか立ち直った。
お父様には感謝しかないが、過保護が過ぎる。だから反抗するように、王家のマッチングを秘密で申し込んだのだ。申し込んだことを事後報告すると、「なぜそんなことを!」と叱られた。
「マッチングはもう停止しなさい。そもそも好きでもない男と結婚だなんて私は許せないよ。私はロザリーを養うくらいの甲斐性はあるつもりだ」
「お父様、ありがとう。でもシルヴァンが爵位を継いだ時に邪魔になりたくないの」
普通の親は適齢期の娘を少しでも家柄の良い男性に嫁がせ結婚をさせよう!と思うはずなのにお父様には全くその気がないから困ったものだ。
「そうだよ。姉様がいなくなるなんて嫌だ」
私に抱きついてくるのは五歳年下のシルヴァン。明るくて元気な弟だ。幼い頃から私はお母様代わりとして彼を時に厳しく、時に優しく甘やかした。
「ほら、シルヴァンもそう言っているぞ」
「僕が大きくなったらうーんと偉くなって、姉様の好きなもの沢山買ってあげるからね!だからいなくならないで」
うるうると瞳を潤ませ、私を上目遣いで見つめる。うゔっ……可愛い。そんな高度な技いつ身につけたのだろうか。
美しかったお母様に似て、シルヴァンはなかなかの男前だ。早くも同年代の若い御令嬢達から人気があるらしい。
ちなみに私はお母様の面影を残しつつ、お父様の素朴な……いや、優しげなお顔にも似ていて結局平凡な顔なのが残念だけれど。
「シルヴァン、あなたはそのうち奥さんをもらうのよ?そんな時姉様がいたら、奥さんが可哀想よ」
「あ!じゃあ僕が姉様と結婚したらいいよ。結婚はお互い支え合って、一緒にいることだって習ったもん」
シルヴァンは名案を閃いたとばかりに、ポンと手を叩いた。私は彼の頭を優しく撫でる。
「シルヴァンありがとう。でも姉弟じゃ結婚はできないわ」
「ええっ!?そうなの……?」
彼は力なくしゅんと項垂れた。でもそう言ってくれた気持ちは嬉しい。でもこの重度のシスコンは彼の将来に悪影響を与える。そろそろ姉離れをさせないと。
――そのためにも私は早く嫁ぎたい。
言うまでもないが、もちろんラファエル様以外の人にだ!なんとか宥め、シルヴァンを寝かしつけた。
それからお父様にマッチング相手がラファエル様だったことを告げると、かなり驚かれていた。そりゃそうよね……彼があの制度を使っていることが意外だもの。不本意だけどこれからラファエル様と出掛けたりする可能性があるので、使用人達にもそのことは話したが、マッチングの制度上他言しないように徹底させた。
♢♢♢
そして今日はついにデート一回目。私の家まで迎えに行くと手紙に書いてあった。
「やあ、おはよう。迎えに来たよ。今日のロザリー嬢もとても可愛いらしくて素敵だ」
「おはようございます……お褒めいただき、ありがとうございます」
うわー……眩しい。朝からこんなキラキラした笑顔を至近距離で見たら目が眩みそうだ。ラファエル様は私をひとしきり褒めた後、お父様に挨拶をしていた。
お父様も公爵家の嫡男が来たことに戸惑っているのがわかる……そりゃそうよね。
彼は紳士なので社交辞令を言ってくれているが、今の私が可愛いわけがない。がっかりさせるためにお化粧は最小限にしたし、癖のない真っ直ぐな髪もただおろしただけ。ワンピースもとてもシンプルで飾り気のない物を選んだ。
「どこか行きたい場所はあるかい?街に出て買い物でもする?いいレストランを知っているんだ」
街なんてとんでもない!そんなところに行ったら私は針の筵だ。絶対に嫌だ……人が少ないところにしか行きたくない。
「人がいない場所がいいです」
そう言った私に、ラファエル様は目を見開いてフリーズした。そして何故か頬を染めて、私から目線を逸らした。
「ひ……人の……いない場所というのは……その……つまり……」
彼はごにょごにょと何か言っている。いつもハキハキ話す彼らしくない態度だ。私が首を傾げていると侍女のジャンヌに小声で耳打ちをされた。
「ロザリー様、殿方に『人のいない場所に行きたい』なんて言ったら閨に誘ってると勘違いされますよ」
それを聞いて今度は私が真っ赤になる番だった。
「ち、ち、違います!私はその……人混みが苦手で!自然の中というか、ゆったり過ごせる場所がいいなという意味です。決して破廉恥な意味ではございませんから!!」
私は必死になって左右に手と首を振り、そんな意味ではないと否定をした。すると、ラファエル様は私の様子を見てくすりと笑った。
「……ビックリしました。まあ、私はあなたからお誘いがあればいつでも大歓迎ですけれど」
さっき焦っていた彼は何処へやら……今は余裕たっぷりに色っぽく微笑んだ。
「まあ、そんな笑えないご冗談を言われますのね。ラファエル様はもっと紳士だと思っていましたのに残念ですわ」
「冗談か……いや、これは失礼。嫌われてしまったかな?ではデートで挽回させてください」
彼は私の手をするりとスマートに取り、馬車に乗り込んだ。ちなみに豪華な馬車を王家が貸してくれる。だって……家紋がついた馬車では誰がどこに行ったなんてことはすぐにわかってしまうから。
気分の乗らないデートなはずなのに、馬車の中のラファエル様は饒舌でとても楽しいひと時を過ごしてしまった。