15 トラウマ
「こんなドレス生意気なのよ!ずっと地味だったのに今更何のつもり?」
「そうよ、そうよ……似合わないわ」
私を激しく責め立てているのは、同じ年のマリヴォンヌとその取り巻き達。彼女はカスタニエ公爵家の長女であり、現歌姫だ。
クルクルと巻いた派手な髪に、豊満な胸やお尻を強調するようなセクシーなドレスを身にまとう妖艶な色気ムンムンタイプの御令嬢だ。
「色んな男に声かけられていい気になってんじゃないわよ。あとラファエル様があんたを助けたのは仕事だからよ!勘違いしないでよね!!」
ドンッと肩を押されて、こけそうになるのを私はなんとかグッと堪えた。あの場面を見られていたのか。
「……レストランで彼と一緒にいたって噂があるけど、どうなのよ。本当だったら許さないんだから」
私は、顔を真っ赤にして怒っている彼女を冷静な目で見ることができた。ラファエル様と一緒にいるならば、こういう御令嬢達と闘わねばならない。ずっとそれが嫌だった。でも……
「本当でも嘘でも、マリヴォンヌ様には関係ないことかと」
「なんですって!?」
「……ラファエル様と恋人なわけではありませんでしょう?ならお答えする必要はございませんわ」
マリヴォンヌは私を睨みつけて、扇子を投げつけた。咄嗟に目を瞑ったが、頬にパチンと当たった。昔から……公爵家の娘とは思えないほど暴力的よね。
「ラファエル様は完璧なの!あの美しいお顔も優しい性格も、素晴らしい家柄も……本当に完璧!彼の妻になればみんなから羨ましがられるはずよ」
なんだそれは。羨ましがられたいから結婚したいなんて彼に失礼すぎるし、ありえない。それに『完璧』と言われるのはラファエル様は苦手なはず。
「私は今回も歌姫になるわ。そこで彼との結婚を望むわ」
ふふん、と勝ち誇ったように笑う彼女を見て、私は血の気が引いた。え……?今なんて言った?
「歌姫の願い事は、あまりに無茶なものでなければ確実に叶えられるわ。しかも彼と私なら家柄も釣り合ってる。婚約者もいらっしゃらないし、要望は通るはずよ」
「そんなこと……!ラファエル様の意思はどうなるのですか!?」
「そんなもの結婚してしまえばこっちのものよ。私の身体に満足しない男はいないわ」
彼女はさっと髪をかきあげて、色っぽく微笑んだ。なんてことだ。そんなことになったら……本当にこの女と結婚させられてしまう。
「それともなに?あんたも出るなんて言わないわよね」
「……っ!」
「下手くそなあんたが出ても、大好きなお母様のお顔に泥を塗るだけよ。やめときなさいね」
ケラケラと笑う彼女に、身体が震える。そう……私が歌えなくなった原因は実はこのマリヴォンヌなのだ。彼女に暴言を吐かれ、トラウマになった。
どうしてこんな女の言葉を聞いてしまったのか、そう思う気持ちとは裏腹にあの時のショックが蘇り上手く言葉が出せなくなる。
実は彼女と私は幼い頃ライバルだった。歌が上手いと言われていた二人だったが、途中で私が勝手に舞台から降りた。そして……彼女は今やこの国一の歌手になっている。
しかし昔競い合っていたせいか、彼女は頻繁に私に突っかかってきていた。今まではほとんど無感情で無視してきたけれど。
「まあ、あんたが出て来ても怖くないけど。私の実力知ってるでしょう?わかってるなら、ラファエル様の周りをうろうろしないでちょうだい!完璧をあんたみたいな不細工が汚さないで」
彼女が怒鳴り声をあげた瞬間、後ろから呑気な声が聞こえてきた。
「やあやあ、お嬢さん方。綺麗な花達がこんな暗がりに集まって何の騒ぎだい?」
ハッハッハと笑いながら現れたのはまさかのパーシヴァル殿下だった。みんな驚き、咄嗟に頭を下げた。
「パーシヴァル殿下っ!ど、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか」
「ああ、カロリーナと少し外の空気を吸おうかと言っていたら……声が聞こえてきたので気になってね」
確かに後ろには婚約者のカロリーナ様もいらっしゃるのが見えた。マリヴォンヌはさっきの言葉が聞かれたのではないかと一瞬焦ったようだが、すぐににっこりと偽物の笑顔を作った。さすが公爵家の御令嬢だ。
「ロザリー様とは幼馴染ですので、久しぶりに少しお話ししておりましたの。でも私はそろそろ失礼いたしますわ。殿下、カロリーナ様ごきげんよう」
美しい礼をして、行くわよと取り巻きを連れてあっという間に去っていった。
「ロザリー様、大丈夫でいらっしゃいますか」
恐れ多いことにカロリーナ様に心配していただき、私は「申し訳ありません、大丈夫ですわ」となんとか笑顔を返した。
「チッ、あの女狐め」
「殿下、お言葉には気をつけてくださいまし」
殿下の口の悪さをカロリーナ様はそっと窘められた。このお二人は相思相愛で、婚約中とはいえとても仲良しだ。
「ラファエルを呼んでくる。一緒に帰ってもらえ」
「いえ!それには及びません。父のところに参ります」
「そうか。じゃあ……これは返しておこう。君がどうしてももう一度提出したいなら私は止めない。自分で決めてくれ」
彼は胸元から私が書いたあの紙を出して、私に渡してくれた。私が断ったマッチングの紙だ。
「ロザリー様、私も……殿下の婚約者になる時とても不安でした。色んなことも言われましたし、お気持ちはわかります。でもラファエル様はあなたを守れないような弱い方ではないですわ」
「はい。ありがとう……ございます」
「何かありましたら、いつでもお話ししてくださいませ。相談にのりますわ」
ニコリと微笑むカロリーナ様があまりに美しくて、私は涙が出てきた。こんな優しく強い女性に私もなりたい。
「ロザリー嬢!私のカロリーナは最高の女だろ?」
ハッハッハとまた豪快に笑う殿下は、彼女をギュッと抱き寄せた。カロリーナ様は顔を真っ赤に染めながら「殿下、人前ではやめてくださいませ」と怒りながらも嬉しそうだ。
「はい。素敵です」
「ラファエルにとって君がその最高の女だ。自信を持て。それだけ……伝えたかった」
「ありがとう……ございます」
さっさと行くぞ、と私が父のところに戻るまで殿下とカロリーナ様は見届けてくれた。
ああ、大変な一日だった。でも今夜の舞踏会で、私は覚悟を決めることができた。
マリヴォンヌが歌姫になって、ラファエル様を手に入れると言うのであればそれを阻止できるのは私しかいない。
――歌姫になれるかはわからない
でも、彼は私を信じていると言ってくれた。ここで逃げるのは女が廃るというものだ。挑戦すらしなかったら……絶対に後悔する。
私はお断りのマッチングシートを破り捨て、歌姫のエントリーシートに必要事項を記入した。そして、三回目のデートを了承する旨の書類も併せて書いていく。
おそらくまだ提出期限内だ。殿下が返してくれたということは、きっとこれは無かったことになっている。ラファエル様が提出してくださっていたら……最後のデートができるはずだ。
翌日王宮に二つの書類を提出した。歌姫のエントリーシートを出す手は震えたけれど、ラファエル様の顔を思い出してなんとか出すことができた。
マッチングシートの方も問題なく処理され、やっぱり殿下の手によって無かったことになっているんだなと思った。王族が絡むと白も黒になり、黒も白になるから恐ろしいことだ。でも、今は殿下のご厚意に感謝しかなかった。
……そして書類を出してすぐ、三回目のデートがお互い了承されたと王家から連絡が入った。
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