13 心の救い
「学生時代、私は沢山のプレッシャーがあった。公爵家として文武両道は当たり前、品行方正で常に紳士でなければいけない。御令嬢方には追いかけられるが、どんなに面倒でも冷たい態度もとれない。逆に御令息達からは羨望と嫉妬の視線を受け続けていたから」
それを聞いただけで不憫だと思った。完璧が求められる彼は苦しかったことだろう。
「少しでも失敗すると『がっかり』される。だから全て完璧でないといけないんだと、毎日気の抜けない日々だった」
「……大変ですわね」
「そんな時救ってくれたのはロザリー嬢だよ」
♢♢♢
私は試験勉強したいのに、御令嬢方に囲まれて邪魔をされていた。どうでも良い話を繰り返され、身体を擦り寄せられる。
「ラファエル様は生まれながらに常に完璧ですもの。次の試験もきっと上位ですわ」
「ねー?絶対そうですわ」
「ラファエル様は勉強などせずとも大丈夫ですわ。私達とお茶しましょうよ」
私が必死に勉強して成績をキープしていることも知らずに、そんなことを軽々しく言われるのが嫌だった。ストレスの溜まっていた私は苛々していたが、その場はなんとか上手くかわして外に逃げた。
しかしなかなか気持ちがおさまらずに、私は誰もいないことを確認して壁をガンと殴った。
「いい加減にしてくれ……!私のことなど何も知らぬくせに鬱陶しい」
ジンジンとした手の痛みと共に、冷静になってきた。はあ、とため息をつくと後ろからバサバサと何かが落ちる音がした。驚いて振り返って見ると、ロザリー嬢がしまった!という顔で本で顔を隠していた。
私はサーっと血の気が引いた。完璧だなんだと装っていたが、こんな醜態を……しかも御令嬢に見られてしまったと。
「み、見てません!何も」
「……え?」
「人目を惹く容姿やお生まれは大変ですね。でもラファエル様はこれ以上ないくらい頑張っていらっしゃるので、どうかもうご無理なさらぬよう」
そう言われて私はとても驚いた。みんなは私が頑張っていることすら知らないのに。天才は努力しなくてもできていいな、なんて言われたこともある。
私の何が天才か。勉強も剣術も寝る間を惜しんで努力して、いつもなんとかしているのに。
「疲れている時にはチョコレートがいいですよ。よろしければどうぞ」
ロザリー嬢は私に小さなチョコレートを二つ手にのせてくれた。
「ここはほとんど誰も来ません。私ももう使わないので、お一人になりたい時はどうぞお使いになられてください」
ふわりと微笑み、落とした本をゆっくりと拾った。
「ここは君の秘密の場所なのだろう?すまない……私が邪魔をして」
「いいんです。今日のことは忘れますのでご安心を。ではごきげんよう」
そう言われてしばらくポカンとしたまま、その場に立ち尽くした。御令嬢に擦り寄られなかったのは初めてだった。他の人なら間違いなく、二人きりだと喜んで近づいて来るのに。
手の中にあるチョコレートを一つ食べると、甘く溶けて苛々がスッと消えていった。
この前甘い物を食べている姿が似合わないと周囲から言われたばかりだ。しかし彼女は私にこれをくれた。もう一つのチョコレートは勿体無くて食べられず……辛いことがあるたびにそれを部屋で眺め頑張った。
そしてあの御令嬢が誰だったのか調べて、ジェラール伯爵家のロザリー嬢だとわかった。出逢った場所に行けば逢えるかと思って何度も通ったが、あなたは本当にもう二度とあそこへは来なかったのでショックでしたよ。
だから私は校内で君がいないか、いつも目で探すようになっていた。
そして……しばらくして君の素敵な歌声を聴いたんだ。話しかけたかったけど、二度と歌ってくれないような気がして隠れていた。
ロザリー嬢が図書館にいることが多いとわかった私は、勉強するという名目で入り浸った。どうしても話しかけたくて『甘いもの苦手だから食べてくれ』と嘘をついて、毎回おすすめのお菓子を買って渡していたんだ。そう言えば君は断らないだろうと思ってね。
あまりに君ばかりに渡していたら、バレると思って……他の人にもカモフラージュのためにあげていたけどね。
もっともっと君の近くにいたかった。けど、君は目立つのが嫌だろう?歩けば注目されるような私が積極的に話しかけたら、迷惑だろうと極力我慢していたんだ。
♢♢♢
「私はロザリー嬢が好きだよ。ずっと前から」
私は驚いてヒュッと息を呑んだ。
「マッチングで、遺伝子が合うからとか……卑怯な言い訳をしたけど違うんだ。何年も前から君が好きだ。結婚するなら君じゃなきゃ嫌だ」
「あの……私……覚えていません。そんなことがあったかな、くらいの記憶で」
そういえばラファエル様が珍しく感情を露わにされているのを見て、有名人も大変だなぁ……なんて呑気に思っていた気もする。しかし、その程度の記憶だ。
「覚えてなくてもいいんです。私にとっては大切な思い出ですから。あなたは私のダメで格好悪いところを見ても、失望しない。それどころか……心配してくれた。そのことがどんなに私の心を救ってくれたかわからない」
彼のまっすぐな瞳から視線を逸らすことができなかった。
「この世の誰よりもあなたを愛しています」
「ラファエル様……私は……」
「あなたが私を好きではなくても、諦めきれません。生まれて初めて自分から好きになったんです。ご迷惑はおかけしません。だからあなたのことを好きでいさせてください」
私は目を見開いたまま、何も言うことができなかった。まさか……まさか彼が本当に私を好きだと思ってくださっているなんて。
「こんな場所で告げるつもりはなかったのですが。本当に……あなたの前の私は余裕がなくて格好悪いですね」
困って固まった私を見て、彼は眉を下げて申し訳なさそうに笑った。
「驚かせてすみません。返事はいりません。さあ……行きましょう」
彼に促され、馬車がとまっているところまでお互い無言のまま歩いて行く。
「ありがとうございました」
「ええ、お気をつけて」
そのまま別れたが、私はどうしたらいいのか頭の中がパニックだった。私は彼を好きなのだろうか?彼に私は似合わないと最初から決めつけて、きちんと彼自身のことを考えたことがなかった。
私のことをこんなに見ていてくれたなんて。どこか彼は私とは違う世界の人だと勝手に思っていた。しかし、彼も努力し悩みながら懸命に生きている普通の男性だったのだ。
注目されるのは……彼も望んでいるわけではない。ただ、仕方がないのだ。あの容姿と家柄は彼に最初から備わっていたもの。そのせいで苦しいことだって多かっただろうに、誰にも言えなかったのね。
ラファエル様はいつも優しくて穏やかで、勉強も剣術も手を抜かなかった努力の人だ。周囲の人にも常に気を遣い、親切だ。そして忙しくても私の怪我を心配して家まで来てくれたり、楽しい話をしてくれたり……危なくなったらいつも助けてくださった。
――でも彼が辛い時は誰が助けるの?
私が……彼を癒す役割を担えるだろうか。彼も見目がよく優秀なだけで普通の一人の男性だ。悩んだり哀しんだりしながら毎日を頑張っていらっしゃる。
なのに私は最初から、人目につくのが嫌だとわざと嫌われるように仕向けていた。最低だ。誠実に彼に向き合っていなかったのは私だわ。
もう一度ちゃんと逃げずに考えてみよう。私は彼をどう思っているのか?そして、彼の隣に立つのにふさわしい女性になれるのか。
次の日、ラファエル様から手紙が届いた。中には歌姫のエントリーシートも一緒に入っていた。
愛するロザリー嬢へ
先日は急にあのような話をしてしまい
申し訳ありませんでした。
しかし私の想いに嘘偽りはありません。
あなたを愛しています。
エントリーシートを入れておきます。
あなたはご自身が思っているより
ものすごい才能に溢れています。
ずっとあなたを見てきた私を信じて欲しい。
ラファエル・アランブール
手紙を静かに閉じて、机の中に大事にしまった。まだエントリーシートを書く勇気はない。でも少しずつ変わっていきたい……初めてそう思えた。




