12 歌
「最近私の側近の一人がね、毎日死んだような顔をしているんだ。何か心当たりはないかい?」
ラファエル様がそんなにショックを受けていらっしゃるということ?いや、まさか。
「さあ……私にはわかりかねますわ」
私はしらばっくれて、何のことかわからない振りをした。殿下はそんな私を見てクスッと笑った。
「そうか。とりあえず、この紙は私が預かっておくよ。大事な側近の息が止まっては仕事に支障が出るからな」
殿下は私にピラッと、さっき提出したマッチングの用紙を見せた。
「そ、そ、それがなぜ殿下の元に!?」
「だってマッチングは王家主催だよ?私も関与しているさ」
「でも!それは提出したんです」
「そうだね。だからとりあえず預かっておくよ」
パチン、とウィンクをしてさっとその紙を懐にしまった。
「何が不満だい?嫌なところがあるなら言ってごらん。私が責任持って直させるから」
殿下が真顔でそんなことを仰るので、困ってしまう。あえて言うなら素敵すぎて目立つところだけれど。
「まさか!ラファエル様に悪いところなどありません。私が隣に立つ資格と自信がありませんの。こちらの問題ですわ。それに彼もたまたま私なんかとマッチングされて可哀想です」
「資格と自信がないか。もしそれが本当の理由なら、なんとでもなるさ。その二つはこれからいくらでも自分の力でつけられる。君にはその才能もあるしね」
「これからいくらでも……?才能なんて……」
そう言った時、ドンドンとけたたましくノックが鳴った。激しすぎて怖い。私はビクリと体が跳ねた。
「はぁ、まだ話し終わっておらぬのにもう来たのか。せっかちな男は嫌われる。ロザリー嬢もそう思わないか?」
眉を下げて困ったような顔をした殿下は「入れ」と面倒くさそうに言うと、バンっ!と大きな音を立てて扉が開いた。
そこにはラファエル様が立っていて「失礼します!」とものすごい勢いで中に入ってきた。
中にいる私をチラリと見た後、殿下の前に立った。
「殿下っ!一体何をなさっておいでですか!?彼女を呼び出すなど」
「学生時代の可愛い後輩であるロザリー嬢と、世間話をして何が悪い?」
殿下はニヤリと意地悪く笑った。ラファエル様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お立場を考えてください。殿下が自室に未婚の御令嬢を連れ込むなど、変な疑いをかけられるかもしれませぬ」
「ハッハッハ、失礼なやつだな。いくら目の前に魅力的な御令嬢がいても、二人きりでもないのにどうやって手を出すんだ?ここは使用人達だらけなのに」
「殿下っ!!」
「それに私が愛するのは婚約者であるカロリーナただ一人。そのことはお前が一番よくわかっているだろう?彼女がここにいるのがお前が嫌なだけだろう?」
ラファエル様は強く唇を噛み締めて、殿下をジッと見つめた。
「……ロザリー嬢、外までお送りします」
彼は私を強引に立たせて、手を引いた。私は殿下にご挨拶をと思ったがそんな暇もないほどズンズンと進んでいく。
「くっくっく、挨拶はいい……私の側近が悪いからね。ロザリー嬢またね」
「し、失礼致します」
なんとかそれだけ告げることができた。ラファエル様はずっと無言のまま廊下を先に歩いている。彼とはあの日以来会っていないので、気まずい。
「きゃあっ」
あまりのスピードにドレスの裾が絡まって、足を滑らせてしまった。痛みに耐えようと目を瞑ったその時、ふわりと抱きとめられた。
「大丈夫ですか!?すみません……私が早く歩いたせいですね」
申し訳なさそうなラファエル様のお顔が至近距離にあり、ドキドキしてしまう。やっぱり綺麗な顔だ。前もこんな風に助けてもらったな。彼には迷惑をかけてばかりだ。
「お怪我はありませんか」
ラファエル様はすぐに私の身体を離してくれた。
「はい。助けていただきありがとうございました」
「あなたの前では格好良くいたいのに、格好悪いところばかり見せていますね。だめだな……私は」
彼はそう言って、くるりと前を向いた。
「格好悪くなんてありません。以前も……今も助けてくださったではありませんか?ラファエル様は格好良いです」
ラファエル様の悲痛な声に苦しくなり、私がそう言うと彼は困ったように笑った。
「そんな嬉しいことを言っていただいたら……諦めがつかなくなります。私と歩くのはお嫌でしょうが、どうかそこまで送らせてください。心配ですから」
彼は私がついて来ているか何度か確認しながら、先程よりもかなりゆっくりと歩いてくださった。
歩いていると三年に一度の『歌姫』を決めるコンテストの応募受付が始まっているのが見えた。コンテストは王家主催で大々的に行われる。エントリーして大きなホールで順番に歌い、投票で一番だった人が『歌姫』になる。
この前お母様のことを思い出してしまったこともあり、私はそれをジッと見て立ち止まってしまった。
「ロザリー嬢?」
ラファエル様が、私が後ろからついて来ていないことに気がつき戻ってきてくださったようだ。私はハッと気が付き慌てて「すみません」と謝った。
彼は私の視線がどこに向いていたのかを見て、少し驚いたような顔をした後……優しく微笑んだ。
「ロザリー嬢はコンテストに出られないのですか?」
「え?いえ、私は歌は……」
彼は私が歌が好きなことを知らないはずだ。でも有名なお母様のことをご存知なのかもしれない。
「実は学生時代にたまたまあなたの歌を聴いたことがあるんです。あなたはお一人だと思って歌われていたので、声はかけませんでしたが」
「ええっ!?」
私の頬は真っ赤に染まった。確かに私は誰もいない教会とか、人気のない庭とかで気晴らしに歌っていたことがあった。まさかそれを聞かれていたなんて。
「透き通るようななんて心地よい歌声かと驚きました。私は感動して、あなたが歌い終わるまでその場を動けなかった。その後も何度かあなたがいそうな場所を探して、歌を秘密で聴いていたんです」
「……お恥ずかしいです」
「私はその時少し疲れていて、誰もいない場所を探して逃げていたんだ。そしたらたまたまロザリー嬢が先にその場所にいた。私はあなたの歌で心が癒された。もっと聴きたいと思っていたけれど、あなたは人前に出られるのが苦手そうだったので今まで誰にも言いませんでした」
ラファエル様に歌を褒めてもらえて、恥ずかしいが素直に嬉しかった。
「これは私だけが知っているあなたの魅力なんだという、独占したいような子どもっぽい優越感もありました」
「え?」
「だけど、本当はあなたの素晴らしさをみんなに知って欲しいとも思っています。コンテスト……出てみられませんか?」
私がコンテストに出る?いや、そんなこと……だって私は十歳くらいまでしか大勢の前で歌っていない。しかももし出て散々な結果だったら?またお母様の名前に傷がついてしまう。
「いえ、私はコンテストに出るなんてとんでもないです。下手ですから」
「下手じゃない!」
彼の響くような大きな声に驚いてビクッと身体が跳ねた。
「あ……驚かせてすみません。つい大声を出してしまいました。ロザリー嬢の歌が下手なんてあり得ません。とてもお上手ですし素敵な声なことは私がよく知っています」
「そんなこと……」
「本当です!お世辞なんて言いません」
なぜこの人はこんなに真剣に私のことを考えてくれるのだろうか。胸がギュッと苦しくなる。
「あなたは素晴らしい。でも……私はそれをみんな知らないのがもどかしい。もしコンテストに出られるのであれば全力で応援します」
「ありがとう……ございます」
「す、すみません。勝手なことをペラペラと申しました」
彼は私のことをマッチングで知ったのだと思ったけれど、そうではなかったらしい。昔から地味な私に気付いていてくださっていたのだ。そのことが……なんだかすごく嬉しかった。
「私はあなたに助けてもらったんです」
ラファエル様にそう言われて、私は首を傾げた。助けた……?不思議そうな私を見て、彼は幸せそうに笑った。




