10 釣り合わない相手
そして時間をかけてゆっくりと食事をした後は、観劇に向かう。良かった……夕方の時間帯のチケットで。夜だったら本当に丸一日このキラキラした彼といることになるものね。
会場に入ると私達を見てまた周囲がざわついた。あー……きっとラファエル様のファンの御令嬢達が沢山いらっしゃるだろうな。チクチクと刺さる視線が痛い。次の舞踏会はいじめられる覚悟をしておかないといけない、と身体がブルリと震えた。
そんな憂鬱な気持ちの私とは対照的に、ラファエル様は楽しそうだ。そして案内された席は、超高級なボックス席。個室のような場所で、ドリンクやお酒を飲みながら優雅に鑑賞ができる。
ちなみに私はこんな良い席に座ったことがない。高いし、チケット争奪戦だから伯爵令嬢ごときでは手に入れられないのだ。
「人混みが苦手と仰っていたので」
「あ……ありがとう……ございます」
なんとか微笑んでみるが、どうしても顔が引き攣ってしまう。そうか、なるほど……私と彼の間に認識の違いがある。
私が人混みが苦手と言ったのは『人の視線を避けられる場所』が良いという意味だが、彼は『人が多くない場所』が良いという意味に捉えたのね。
だから彼は『手は打ってある』と言ったのだろう。買い物も食事も観劇も全て個室だ。その気遣いはとてもありがたいが……どこもその個室に入るまでにバシバシと注目を浴びるところばかりで困ってしまった。
――やはり住む世界が違う人だわ。
彼は視線を浴び、注目されるのが普通のこととして育っている。それが煩わしくもあるようだが、当たり前なのだ。私は当たり前ではない。ゆっくり静かに暮らしたい。
財力や家柄も彼とはまるで釣り合いが取れない。この観劇のチケットも、御令嬢方に大人気で完売していたはずの物だ。なのにここにある。しかも、ボックス席で。彼にはそんなツテが至る所にあるのだ。
「お酒は飲まれますか?」
「いえ、強くないのでやめておきますわ」
「ではジュースを」
無理矢理飲ませたりしないところは、やはり紳士だわ。ラファエル様はとても良い人。だからこそ、こんな私ではなくもっと相応しい人とデートをした方がいい。
劇はとても面白かったが、女性向きの恋愛ものだ。これはラファエル様が見て楽しいのだろうか?と不安になった。途中の休憩の時に、チラリと横目で彼を見るとバッチリ目が合って驚いた。
ドキドキドキドキ……心臓が早く動いているのがわかる。どうして彼はこっちを見ていたのだろうか?しかもなんか蕩けるような甘い顔をしている。
「とても面白いですが、女性向きの演目なのでラファエル様はつまらないのではありませんか?」
「そんなことないよ。とても楽しい」
ニコニコと微笑んでそう言われてしまったので、じゃあいいかと気にせずに後半の劇を楽しんでいた。しかし、途中でなんとなく視線を感じて彼の方を向いてしまった。
なんとラファエル様は優しく微笑みながら……完全に私を見ていた。驚いて私はすぐにグリンと前に向き直った。
な、な、なんで!?何で私をずっと見てるの?劇を観なさいよ。意味がわからない。
頭の中はパニックで、劇を集中して観ることもできずいつの間にか終わっていた。うう……せっかく人気の演目なのに最後がよく覚えていないなんて勿体無いことしたわ。
――よし、早く帰ろう。
どういう意図があって私を見つめていたのか知らないが、あまり考えない方がいいだろう。私は「帰りましょう」と椅子から急いで立ち上がった。
すると彼に「待ってください」と手を握られて動きを止められた。
「混んでいますからゆっくり出ましょう」
「あ……はい。そうですね」
確かに今出て行ったら人混みで押し潰されそうだ。私がそのままストンと座ったが、彼は手を離してくれなかった。
なんで繋いだままなの?しかも……いつの間にか指を絡ませて恋人繋ぎのようになっている。あれ?さっきまで普通に握られていただけなのに。そのスマートさに、彼の恋愛スキルが私より格段に上であることがわかった。
そりゃそうよね。あんな素敵な元恋人達がいるのだから。デートなんて何十回としているはずだ。前の人とも劇を観に来たんだろうか?きっとあのレストランやドレスショップも、初めてではないだろう。そう思うと楽しかったことまで急に色褪せて思えてきた。
なんか……なんでだろう。胸がズキズキして、もやもやする。この気持ちが何なのかわからない。私は手をわざと動かして嫌がる素振りをみせた。すると彼は簡単に手を離してくれた。
「……そろそろ帰りましょうか?」
寂しそうな顔で私に腕を差し出した。これはただのエスコートだとわかっているので、恥をかかせるわけにもいかず彼の腕にそっと手を絡めた。時間を置いて出たので、会場はもう人がほとんど居なかった。
馬車で家に向かってもらう。彼はしきりに今日のデートもとても楽しかったと話してくださっていたが、私は曖昧に微笑んだ。
「本当に楽しかったですか?」
「ロザリー嬢は楽しく……なかったですか?」
彼はとてもショックを受けた顔をしていたので、胸がチクリと痛む。彼は女性が喜ぶことをちゃんと考えてくれたのだ。感謝しなければならないが、そこに『私』はない。どの女性も喜ぶであろうプランだったことがわかって哀しかった。
「楽しかったです。素敵なお店に高級なランチ、なかなか手に入らない観劇……普段なら経験できないことだらけです。でもこれが完璧なデートでしょうか?」
「え……?」
「やはりあなたはこのデートが完璧だと言ってくださる御令嬢と、お付き合いされた方がよろしいですわ。きっとたくさんおられますから」
そう言った私に彼は焦って私の手を掴み、懇願するように必死に声を出した。
「ま、待ってください!すみません……あの……何がいけなかったのか教えてくださいませんか?」
「いけないことなんてありません。でもあなたは一般的に全ての女性が喜ぶであろうプランを考えてくださったんですよね?私はデートをするなら、高い物や貴重なものではなく、ラファエル様がお好きなものを知りたかった。きっと今日のデートの相手は私でなくても務まったわ」
「……」
ラファエル様は唇を噛み締め、無言のままだった。私なんかにこんなこと言われたくないよね。一緒に乗っているジャンヌと彼の執事のアランも息を潜めている。気まずくさせてごめんなさいと心の中で二人に謝る。
ちょうどその時、馬車が止まった。いいタイミングでよかったわ。彼とのマッチングも今回で終わりにしよう。お互いの時間の無駄になってしまう。
「今日は一日ありがとうございました。お食事もドレス代も出していただいたのに、生意気なことを言って申し訳ありません。やはりもう今回で終わりにしましょう」
失礼致します、と深く頭を下げてからエスコートを待たずに馬車から降りようとした。
「待ってください!」
彼の大きな声に驚いて、私は振り向いた。
「すみませんでした。完璧なデートとか言っていた自分が恥ずかしいです。きっと流行りの店とか人気のチケットなら君が喜んでくれるだろうと思い込んでいたんです。デートならこういうのが当たり前だって!あなたは目立つところが苦手だと知っていたのに……考えた時は浮かれてて……それにその……一般的な恋人らしいデートをしてみたいと思ってしまって」
彼は一つ一つ絞り出すようにゆっくりと話し出した。恋人らしいデートをしてみたい、って彼は何度も他の人として来ただろうになぜそんなことを思ったのだろうか?
「でも!楽しかったのは本当なんです。私はあなたと過ごせて、あなたがいるだけで今日一日とても楽しかった。だからこれで終わりなんて言わないでください!!」
私がいるだけで楽しいだなんて……彼は何を考えているのだろうか。そもそも何故そんなに必死なのだろうか?遺伝子的に相性が良いから?嫡男として確実に後継が欲しいから?
「いいえ。これ以上はお互いの時間の無駄ですわ。マッチングされた時にもあなたは地味な私では『釣り合わない』とおっしゃっていたではありませんか?私は三回目はお断りのご連絡を入れます」
「ま、待ってください!違います。釣り合わないと言ったのは私などに素敵なあなたが勿体無いという意味です」
「……お気遣いはいりませんわ。やはり今回はご縁がなかったということで。お互い素敵な相手を見つけましょうね。私なんかに二回もお付き合いいただきありがとうございました、失礼致します」
私はもう一度頭を下げて、逃げるように馬車から降りて家に入った。




