デスズサイズ ~レイとジェフと吸血ハネムーン~
とある田舎町の更に外れに古びた教会がある。そこは『永遠の幸せ』を持たらしてくれる教会と呼ばれ、此処で結婚式を挙げようというカップルが後を絶たないのだという。この為観光スポットとして大々的に雑誌などで紹介され、田舎町ながら多くの人が訪れていた。
そんなある日、この教会を訪れていたカップルや結婚式の招待客が忽然と行方不明になる事件が起きた。地元警察や自警団などが隈無く捜索したものの、ついに行方不明者を発見することが出来なかった。
事態を重く見た地元警察や町長らは事件が解決するまで教会の閉鎖を発表。それから町は寂れ始め、教会や事件のことを口にする者も減ってきた。
事件が忘れ去られそうになった頃、二人の来訪者の車が事件の舞台である教会へと向かう道路で立ち往生していた。
「チクショウが!このポンコツ車!!こんなど田舎の道のど真ん中でエンスト起こしやがって!!」
車の外では全身黒づくめでテンガロンハットと燕尾服を身にまとった長髪長身の男が激昂して車のバンパーに蹴りを加えていた。車はオーバーヒートを起こしたようでエンジンルームから煙を吹いている。
「なあ、レイ。そんなにカッカッしてると体に悪いよ。人生はそれなりに長い。ノンビリ行こうじゃないか」
車の中から暢気な声が聞こえてくる。それを耳にしたレイことテンガロンハットの男が更に口調を荒くした。
「てめえ、ジェフ!!何を暢気に車に乗ってやがる!さっさと降りてこのポンコツをどうにかしろ!!」
「僕は頭脳派なんだ。力仕事は向いてないよ」
「いいから降りろ!どちらにしても乗ったままじゃ目障りなんだよ!」
レイは車の中にいるジェフと呼んだ男を強引に降ろした。ジェフは金髪の刈り上げに糸目が特徴で常に微笑を浮かべた青年である。結婚式の新郎が着るような純白のタキシードに身を包んでいる為か、車の修理で服が汚れるのを嫌がっている。仕方なくレイは手袋をはめるとボンネットを開けて、エンジンルームを見た。
「とりあえず水か何かあるか?エンジンルームを冷やす」
「レイ、こういう場合は熱が冷めるまで放置が一番だ。無理やり冷やそうとするのは良くないよ」
「じゃあ歩いていけというのか!?」
レイは視界に入る限り只管真っ直ぐに延びている車道を指差してジェフに抗議する。ジェフはニコニコしながらレイの肩を叩き、車から荷物となる鞄を取り出した。
「少しは健康にいいじゃないか。それに自然に触れ合えるいい機会だ」
「ふざけるな!!俺は嫌だぞ!こんな所を歩くなんぞ!」
「じゃ、留守番よろしく」
レイにそう告げるとジェフは気にせず車道を歩き始める。レイはジェフの行動に唖然としつつも、頭を掻いた後に走って追い掛けていった。
「待て!俺は目的地の場所を知らないんだ!勝手に行くな!」
「大丈夫。すぐに分かるよ」
スタスタと歩くジェフに対し、息を切らせながらレイは追いすがった。
………………
数時間は歩いただろうか、辺りはすっかり暗くなり外灯が点き始めた。とはいうものの田舎町の車道であるため、外灯はまばらで先が見えづらく心もとない。とはいうものの、月明かりである程度は見えている。見上げるとキレイな満月だ。
「おい!いつになったら着くんだよ?その教会とやらは」
「もう少しだよ。この道で間違いない」
「そういいながら何時間歩かせてるんだ!」
「レイ…文句ばかりいってないでリラックス、リラックス。自然豊かな場所で深呼吸すれば、さあ落ち着くだろう?」
「んな訳あるか!!」
レイとジェフが口論しながら車道を歩いていると、仄かな灯りが視界に見えてきた。レイの足取りが心なしか早まる。
車道の先に脇道が現れてきた。看板には「この先『幸せの教会』」と掠れた文字で書かれていた。どうも行方不明事件以降、放置されたままになっているようだった。
「やっと着いたか」
「ほらね。僕のいった通りだろ?」
どや顔を見せるジェフを無視してレイが教会の方へ進むと、暗闇の先に不自然にライトアップされた教会が見えた。赤い照明が不気味さをより際立たせている。
「確か…閉鎖をしたって聞いていたが、ライトアップしてるってどういうことだ…?」
「レイ…感じるかい。ビンゴだ」
「…みたいだな」
そういうとレイは燕尾服をバッと捲り上げ、腰ベルトに付いた二つのガンホルダーから二挺のハンドガンを取り出した。ジェフもポケットから黒い手袋を取り出して両手にはめた。
「さあ行こうか」
ジェフの号令と共にレイが勢いよく、教会のドアを蹴破った。レイは素早く二挺のハンドガンを中にいる者へ向ける。
「動くな!!」
レイの声に中にいた者たちが一斉に振り返る。全員結婚式の参列者らしき礼服に身を包んでいた。一見普通の人間のようだが、肌は石灰のように白く、目は真っ赤に光輝いている。参列者たちはゆっくりと立ち上がり、レイに向かって近づいてきた。口からは牙を覗かせ、人間とは思えないくらいの長い舌を出した。
「手遅れか…こいつらは骸獣に成り果てたか。やむを得ん」
レイは変わり果てた参列者たちの姿を見て、舌打ちする。骸獣となった参列者らは雄叫びを挙げると一斉にレイに襲い掛かってきた。
「やれやれ…ひと暴れするとするか」
レイは骸獣へ向けて発砲を開始した。弾丸は骸獣の頭や胸に命中するが、骸獣たちは怯まずレイに突進して噛みつこうとする。が、レイは全く動じることなく発砲を続けた。その内に弾丸を浴びた骸獣の動きが鈍くなり、突然漂白されたかの如く、体が真っ白になって粉々に砕け散った。
「効果有りだな。どうだ?魔除けの銀製弾丸の味は」
レイはどや顔で動揺する骸獣たちの前に立つ。骸獣の中にはレイに恐れを為して、教会の外へと窓から逃げ出そうとするものもいた。レイは逃げようとする骸獣をわざと無視している。これ幸いと窓を突き破り逃げた骸獣だったが、地面に足を着けた瞬間、目映い光に包まれて肉体が燃えるように消滅した。
「ジェフの結界も準備できたみたいだな」
「ああ、これで此処にいる奴等は逃げられないよ」
教会の中へとジェフが入ってきた。ジェフは一仕事終えたように背伸びをする。
「おいおい。まだ全滅させた訳じゃねえぞ」
「僕の仕事は結界を張って目標を閉じ込めるまで。後はレイ、君に任せた」
そういってジェフは教会の長椅子に腰を降ろした。レイは舌打ちしつつも、仕方ないという表情を浮かべて骸獣たちに銃口を向ける。骸獣たちも後がないと分かり、破れかぶれでレイに向かってきた。
「どきな!雑魚共!」
レイは片っ端から銀製の弾丸を浴びせていき、次々と骸獣たちを仕留めていく。気づいたら教会の中を埋め尽くしていた骸獣たちがほとんどいなくなった。そしてレイは視線を遥か先に向けた。教会の壇上には首輪と手錠を付けられて拘束された花嫁らしきウェディングドレスの女性と白いタキシードを着た花婿らしき男の骸獣、そして神父の姿をした巨大なコウモリの化け物が中央に陣取っていた。
「ほう…お前がラスボスか」
「ンココココ…!!貴様ら…何者だ?私の儀式の邪魔をする気か?」
「ひぃ…!!た、助けてください!!わ、私の家族や婚約者を手に掛けて…しかも私を生け贄にするって…お願い!!助けてえ!!」
まだ人間の状態である花嫁がレイに対して必死に助けを求める。レイは冷静に銃口をコウモリの化け物へと向けた。化け物は顔をしかめると、横にいる花婿の骸獣にレイに襲い掛かるよう命じる。
「おい、ジェフ。どうするよ?人質がいるぜ?」
「君の選択肢は一つだろ、レイ。僕の聞くのも野暮ってもんだ」
「でも、生きている人間は範疇外だ」
「…わかった。僕が何とかしよう」
やれやれとジェフが立ち上がるとレイの横に付いた。そして二人で目配せする。
「ンココココ…死ぬ覚悟はできたか?」
「その言葉そっくりお返しするぜ」
レイは化け物に向かって突進すると花婿の骸獣の首を瞬時にはねて倒した。そして動揺するコウモリの化け物の背後へと回り込む。
「何!!?いつの間に!」
「地獄の業火!!」
レイの号令と共にコウモリの化け物の体から真っ黒な炎が吹き出した。化け物は慌てて炎を消そうとするが、炎は生き物の如く化け物にまとわりつく。
「く、くそ!!何だ!?これはああ!!」
「地獄の炎を召喚した。コイツは目標物を燃やし尽くすまで消えることはない。一気に燃え尽きてしまえ、化け物さんよ」
「ち、チクショウ…!!!クソッタレ共がああ!!」
コウモリの化け物がレイに向かって呪詛を吐くが、炎は化け物の体を覆い、完全に燃やし尽くした。化け物が倒れるのを見てレイが一息つく。
「で、ジェフ。そっちは?」
「大丈夫。気を失っているが、生きてはいるみたいだ」
ジェフが人質となっていた花嫁の拘束を解いてゆっくりと床に横たわらせる。ジェフの様子を見て安堵したレイは教会の中を改めて眺めた。
「しっかし思った以上に楽勝だったな。凶悪な吸血鬼だと聞いていたが、地獄の業火程度で片が付くとはな」
「油断は禁物だ、レイ。僕らが派遣されたのにはそれなりの理由があるはず。何か…他に…!?」
ジェフがレイに話し掛けようとした瞬間、ジェフの背後から触手のようなものが延び、ジェフを入り口近くの長椅子へと弾き飛ばした。ジェフは衝撃で気を失った。突然のことにレイが驚愕する。
「ジェフ!?」
レイがハッとして振り返ると同時にレイの胴体を触手が貫いた。レイはガハッと血を吐き、壁に叩き付けられる。レイがゆっくりと顔を上げると視界の先に助けたはずの花嫁が立っていた。花嫁の体からは巨大なコウモリの羽根が生えており、右手がレイを貫いた触手になっている。花嫁は邪悪な表情を浮かべ、得意満面の笑みを見せている。
「て、てめえ…一体…」
「ンココココ…油断したな。既に儀式は完了していた。転生の儀で古い体から新しい汚れなき乙女の体へと移ることができたのだ。お前がさっき倒したのは私の抜け殻に過ぎん。タッチの差だったが、うまくいってよかったよ」
「チッ…助け出すのが一歩遅かったって訳か…」
「フッ、この体を維持するのも大変でね。そろそろ新しい体が欲しかったのだ。そこでこの教会の噂を聞いて神父に成り済まして、結婚式を挙げる奴等を襲っていたのだ。今宵満月の転生の儀を挙げるための依り代と生け贄を確保するためにな」
「へっ…罪もない一般人を襲っていたとはどうしようもない屑だな。骸獣共と一緒に地獄へ行きな!」
「ンココココ…!!どの口がそういう!?」
花嫁の体を乗っ取った化け物がレイに迫る。レイは胴体を貫いている触手を抜こうとするが、化け物は更に深くレイを突き刺す。
「ぐあああ…!」
レイの悲鳴を聞いて長椅子に叩き付けられたジェフが気づいて起き上がる。ジェフはレイに向かって叫んだ。
「レ、レイ!」
「ンココココ…まだ生きていたか。だが安心しろ。コイツの血をいただいたら貴様もすぐに後を追わせてやる」
そういうと花嫁の姿から先ほどのような巨大なコウモリの化け物へと姿を変えた。化け物は大きな口を開けて血を吸うための牙をレイへ向けた。
「では早速…いただきまーーーーす!!!」
化け物がレイの首に向かって突っ込んできた。するとレイは右手にはめていた手袋を口に咥えて取ると、手の甲から奇妙な紋章が光るように浮かび上がった。そして化け物の顔が近づいたタイミングでカウンターを入れるように右手の拳で化け物の鼻を殴り付けた。
「地獄強制送還!!!」
「ンコオオ!!!?」
カウンターを入れられた化け物が思わずのけ反った。が、思った以上にダメージがなかったらしく化け物はピンピンしている。
「ンココココオオ!!全然効かねーー!痛くも痒くもねえーー!何だそれ?足掻きってやつか!?情けねえーーー!!」
化け物はレイをバカにするようにゲラゲラ笑う。と、つられるようにレイもクククと笑い声を上げた。レイの笑いに対して化け物は不愉快そうに睨む。
「何がおかしい!!」
「いや…てめえ…何も分かってないみたいだな…もう勝負は決したんだよ」
「んこ!!!??」
レイの言葉を受けた化け物が慌てて自分の体を見ると内部から光り始めた。驚いた化け物がレイの右手を見て更に驚愕する。
「き、貴様…その手の甲の紋章はまさか…」
「気づいたか。そうだ…地獄門を開けるための鍵だ」
「な、何故人間の貴様が…地獄門の鍵を…?」
「ん?お前は俺が人間だと思っていたのか?」
「なっ……」
化け物の体からヒビが入り出した。中から更に強い光が漏れ出す。化け物は信じられないという表情でレイを見つめる。
「貴様…悪魔…なのか?」
「大正解。ま、使い魔程度の境遇だがな」
「そ、そんな…こんな所に…来るなんて…どうして」
「悪魔にも色々とやらなきゃならないことがあるのさ。特にてめえみたいな化け物共を退治して現世を守る任務って奴がな」
「悪霊ハンター…」
化け物の声が途切れ途切れになってきた。どうやらそろそろ限界らしい。レイは弱々しくなった化け物の触手を強引に体から引き抜いた。
「そういうわけだ、あばよ」
「ンココココ…!ま、待って…」
「ぶっ散れ」
「ぶべらばあああ!!!」
化け物が断末魔の叫びと共に中から大爆発を起こして消滅した。レイは化け物への餞別に親指を下に向けて笑った。
「さっすが、レイ!中々の首尾だね」
横から暢気にジェフが拍手をしながら近づいてきた。レイはジェフを睨んだが、怒る気にもなれず、その場にへたり込んだ。
「で、お前は何をしたんだよ」
「ひどいなー、教会の外に被害が及ばないように結界を張ったじゃないか」
「…ま、そういうことにしとくよ」
レイは呆れたようにジェフを見つめる。体に穴は開いているが、比較的元気そうではある。ジェフはふーっと深呼吸すると、指をパチンと弾いた。すると教会を囲んでいた結界が消えて元の姿に戻った。
全てが終わり、レイとジェフが教会の外へ出ると東の空が明るくなってきた。
「終わった…が、結局生存者ゼロか…何かやるせないな」
「大丈夫。奴にやられた人々の魂は皆極楽へ行けるように冥界の方に手配しといた。後腐れはないはずだ」
「…死神って奴はやること為すこと早いな」
「君にいわれると照れるなー」
「誉めてねえよ」
レイとジェフはそれぞれに悪態を付きながら帰ろうとする。が、そこでレイがあることに気づいた。
「おい…車」
「あー、忘れてた。また歩いて取りに行こうよ。今度は明るいから大丈夫だろ?」
「マジかよ…俺怪我人だぜ?」
「この体の管理は僕が担ってるから大丈夫。この程度の傷ならすぐに治せるから」
「だからそういう問題じゃないって…」
ジェフの言葉に頭を抱えつつ、レイは車を回収するため車道へと再び歩を進めた。
初めて短編書きました。
反応があれば続編書こうかなと思ってます。