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第5章 その終 鉄・拳・制・裁

 ルネの目はかつてないほど鋭かった。天を衝いた怒号とは裏腹に、音をたてず一歩ずつ……ゆっくりとマカザの前へ歩く。


「おい女、そこまでだ……止まれ」


 騎士のひとりが声をしぼりだしたものの、目が合うなり一歩二歩と退いてしまった。


「うう……っ」




「マカザ……!」

「うゲっ……」


 彼女が首をつかんでも、もはや止めようとする者はいなかい。ひとりのメイドにたじろぐばかりの貴族と騎士たち……異様な光景だった。


「た、たすけ……て……」


 マカザは体に力がはいらなくなったか、首にかけられた手を支えに、半ばぶら下がった状態だ。




 女王は知っている。ルネの力ならば喉をにぎりつぶすことも可能だと。そしてそれを決して実行することはないと。


「……わたしにいやらしい視線を向けるのはいい。わたしのことをどう言ってもかまわない。でも、女王様を……そうだと知ったうえで侮辱するのだけは許さない」


 わずかに声を震わせながら、ルネは手を離した……


「昔のわたしだったら、あんたの命なんてどうにでもしただろうね。だけど今は……女王様に仕える今は……ちゃんとした裁きにかけさせる。もどかしくて仕方ないけど、わたしはあのお方の従者だから」


「ルネ……」


 彼女の気持ちは察するにあまりある。女王として、その忠義に報いなければならない。

 だが――




「ハハッ、ハハハハ! なら俺ちゃん助かるじゃん! おじちゃんが俺ちゃんを裁くなんてムリムリ!」

「いや、その……女王様のご命令とあらば……やらんことも……」


「へー! じゃあ聞くけどさ、俺ちゃん悪いことしたの?」

「うむむ……」

「フン、メイドもえらそうに。ようするに度胸がないんだろ。ホラ気に入らないなら殴ってみろよ、その代わりただじゃすまないぞ?」




 助かったとみるや強気に変わるマカザ。言いよどむコルン公。もはや自身が語るほかない。女王は星剣を地面につきたて、一喝した。


「静粛に!」


 うやうやしくひざまずく者、いまだ動揺を隠せぬ者、余裕の笑みを浮かべる者……全員がこちらを見ている。


「マカザ。欲望のために若き女性をさらおうとは言語道断。見過ごすことはできません」


「はい証拠だして、今すぐ」

「そうだそうだ。証拠を出せ証拠を!」




「……ルネ、小屋から彼らを連れてきてください」

「ただちに」




「ゲッ!」


 野盗たちがぞろぞろと現れると、マカザの顔は青くなっていった。


「あなたたちに指示を出したのは、この男に違いありませんか?」

「間違いありません!」

「昔からのお得意様ですぜ!」


「待てよ! そんな汚いやつらの言うことを信じるのかよ、俺ちゃんよりも!?」


「黙りなさい。この期におよんで言い逃れを――」


「ワアアアアこのガキィィィィ!!」




「無礼!」


 マカザは短剣をぬいて襲いかかってきた、が――

 うめき声すら許さない速度の鉄拳が、彼の顔面にさく裂した。水車のように、全身がぐるりと回転するほどの威力だった。


 ルネが『ほどほどに本気で』人を殴る光景を見たのは、訓練をのぞけば実に久しぶりのことだ。

 あっけにとられる皆をよそに、本人は涼しげな表情で手をふいている。


「はあ……ちょっとすっきりしたかも」






「では改めて……マカザ、ならびに共の者たち。以前よりコルン公がその悪行に頭を悩ませていましたが……ここまでです。コルン公、こちらへ」


「は、はい……」


「この地方を治める立場にありながら、彼らに甘い対応をつづけ、野放しにした責任は重大です。おわかりですね?」

「もうしわけございません……」


「マカザたちを裁くのはあなたの役目。ですがそのまま任せるわけにいきません。こちらで監視をつけさせてもらいます」

「か、監視……でございますか?」


「ルネ。近隣の有力者へ応援要請を。そして人員が到着するまでは、あなたが余罪の調査をやっておあげなさい」


「……! よろこんで」


 これが女王なりの、ルネへの回答だった。彼女が託す『ちゃんとした裁き』の一助に。


 あとはコルン公にしっかりしてもらうだけだ。






「こ、このメイドが調査を?」

「コルン公。彼女の能力は保証します、よいですね?」

「か、かしこまりました。女王様のご命令とあらば……」


 深々と頭を下げるコルン公。マカザの件はこれでよし……そしてもうひとつ、女王には言うべきことがあった。


「ところで、書状を届けた者はどこに? 姿が見えませんが……」


「はい、野盗の一味だということで、ただちに牢へ入れてございます」


「……その機敏な対応を、マカザたちへも『公正に』行えるよう期待します」


「き、肝に銘じまする……!」


 これだけ念を押しておけば、コルン公はしっかりやってくれるはずだ……




「彼が悔い改め、私たちを救ったことは書き記したとおりです。処遇について一つ提案が――」








 翌日。

 女王の計らいによって宿屋の主人が返ってきた。かねてより治安の悪かった近辺を開発する。そのための『宿泊所』を提供して罪を償うのだ。

 数日もすれば、人が集まってくることだろう。何年もかかる大仕事だ。




「女王様とはつゆ知らず数々の無礼……どうかお許しください」

「いいえ、どうかお気になさらず。それよりも、ナタリーさんのほうはいかがですか?」


「はい。『もうすぐ』だということで……今はお医者さまもついていますから」

「そうですか。では、元気な子が産まれるよう祈っています、とお伝えください」

「あ、ありがとうございます! きっと喜びます」


「あなたがたの勇気と愛情、そして強さ……学ばせてもらいました。では、名残惜しいですが……まいりましょうか」

「どうかお気をつけて」




 道中、ヒノカがきりだした。


「お嬢、ルネの姐さんには行き先を伝えてあるんか? もう何日か、かかるやろ?」

「もちろんですよ」


「それならええわ。んー、次はバレンノース地方か……なんだか懐かしいなあ」




 ヒノカと出会うきっかけになった事件……『西の名君』バレンノース公の側近が起こしたものだ。

 先日、月夜がなつかしいとふたりで話した。今は旅立った日の青空が思い出される。


 あのころに想像していたよりもはるかに楽しく、充実した旅であった。

つづく

次回、第六章は6/22から開始予定です

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― 新着の感想 ―
[良い点] マカザは結局己の欲望しか考えない愚か者と言わざるを得ない結末だったな。 なんたって、こんなやつが上に立てたんだろうか。
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