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第4章 その終 新たなる願い

 ル・ハイドさんの言葉の意味を考えようとしたとき、雷のような衝撃と残響が一瞬とぎれた。




「……エルミーナさん!」




「おっ目が覚めたか、あんちゃん!」

「ちょっと我慢してくださいねー」

「え……あぐっ!!」


 不意にやってきた痛みは石弓にやられたときとは違うものだった! まるで体からなにかを抜き取られたような――


「うう……僕、気を失ってました?」

「そうですよー。あ、手当てしてるので動かないでください」


 視界がはっきりしてくると、僕のそばに二人の女性がいるのがわかった。


「もしかして……昼の旅芸人さんと、おひねりのメイドさん」


 肩の応急処置をしてくれているのはメイドさんのほうだ。テキパキしてるな……


「じゃなくて、エルミーナさん!!」

「ほわっ」

「ちょ、動いたらアカンて!」





 上体を起こしてあたりを見まわす。体がフラフラするけど構わない。ユンデ卿たちは女王様を葬ろうとしている……なんとしても守らなくては!

 そう決心した僕の目に映った光景は――すさまじい速さで、身の丈ほどの大剣を振るうエルミーナさんだった。


「はあっ!」

「ぐわっ!!」


 五人……以上いる警備兵が、なすすべもなくやられていく。剣が、槍が、彼女にいっさい届かず跳ねかえされる。

 その剣技は、僕が『剣のつむじ風』と名付けた技なんて足元にもおよばない――まさに神業だった!




「ええい、飛び道具だ! 飛び道具をつかえ!」


 武器のぶつかりあう金属音がひびく中、ユンデ卿の怒号がひびいた。 

 すると数人が壁役となってエルミーナさんの前に立ち、その間にひとり、またひとりと保管庫に駆けこんでいく。あそこにはたくさんの石弓が――!


「まずい!」

「あ――!?」


 芸人さんたちの声が聞こえた気がするけど、それどころじゃない!




 腹にありったけの力をこめて吠えた。


「やめろ、やめてくれ!! その人は……エルミ……そのお方は女王なんだ!! アンナ・ルル・ド・エルミタージュ様なんだああああ!!」


「トーマスさん!?」






『隙あり……』


 ビィン……と、どこかから弦の音。まさか石弓――




「あ……ああ……!」






 エルミーナさんが倒れることはなかった。


 気づけば左腕が……なにかをかつぐような形になっており、その手には首筋を狙ったと思しき矢が握られていた。




「これほど気がそれた一瞬において止めるとは。素質は先代……いや、それ以上か」

「その声はル・ハイドだな!? もう一発うて! 早く殺せ!」

「女王よ、今は退いておく。だが覚えておけ……星の光で闇をはらうことはかなわぬと」

「おい逃げる気か! ワシを置いてか! 同志たるこのワシを!! ル・ハイドォォォォォォ!!!!」


「姐さん、あいつ逃げるつもりやで!」

「追いかけたいのはやまやまですけど……お二人を置いていくわけにはいきません」

「くぅ……ウチにお嬢みたいな腕っぷしがあったらなぁ」




 あっという間のできごとだった。警備兵たちはぽかんとしているのか動きが止まっていた。

 彼らに駆け寄りながら、もういちど叫ぶ。


「その人はハイナリア王国の女王なんだ!! 武器をおろせ、おろすんだ!」




「女王だって……?」

「そんなバカな」

「いやしかし――」


「ハハハハハハ!!」


 笑い声をあげたのはユンデ卿だった。


「お前のようなクズ……『乱心のダグラス』の息子の言葉など、誰が信じるというのだ! お前ら、耳を貸すな!」


 なぜだろう。父の不名誉な二つ名を聞いたのに、心の中で波が起きることはなかった。ぼうぜんとこちらに視線を向ける兵士たち。




「ユンデ様……恐れながら申しあげます」


 ひとりが手を挙げ、おずおずと言った。





「その、恐縮なのですが……この青年を存じております。父とは似ても似つかぬ、正直でまじめな青年で――」


 またひとりが言う。


「あの……わたくしも似た評判だと聞き及んでおります」




「なんだ、ワシが嘘をついているというのか」


「し、しかしながら先ほどの男も『女王』と……」

「どうなのですか、ユンデ様!?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」

「ユンデ様!」


 主従の言い合いが次第に熱を帯び、醜くなっていく。そのとき一本の矢が、両者の間に放たれた。


「ひっ!?」


 エルミーナさんが、つかんだ矢を地面に投げたのだ。石弓で放たれたかのごとくまっすぐに、深く突き刺さっている。


「ユンデ卿……これまでです」




 あっという間に『この方は女王である』という空気が支配的になった。兵士たちが一転、自分たちの主君を壁際に追いつめる。

 僕も……彼の前に立つひとりに加わった。

 



「あー、やめだやめだ! どいつもこいつも役に立たん! もうワシの負けでいいわい!」


 ぶっきらぼうに吐き捨て、座り込んだ老人。とても『賢のユンデ』の二つ名とはほど遠い姿だ……哀れみすら覚える。


「おお、いいことを思いついたぞ……トーマスくん。ワシを仇だとか言っておったな。その肩を射抜いたのもワシだ。ほれ、今が好機ぞ? 仕返しに殺せ。殺してみろ。ん?」


「そうですね……」


 そばの棚に並ぶ武器から……ひとつを選ぶ。








 僕はムチを手にとり、宿敵の体に『巻きつけ』た。


「くっ……なんのつもりだ?」

「僕の夢は仇をとることではありません。あなたのことは、法の裁きにゆだねます」


「なるほど自分の手は汚さんというわけか! ハハハハハ! まじめまじめ! ハハハハハ!!」




 狂乱の笑いがむなしくこだまする……が、笑いとともに鈍い打撃音が鳴った。


「ハガッ……!」


 音の主は、あのメイドさん。


「おっとぉ……すいませんね。急いで縄を持ってきた勢いで、蹴っちゃいましたー」






 


「トーマスさん……」

「エルミ……じょ、女王様……その、申しわけありません!」


「謝ることなどありません。あなたの迷いながらも正しくあろうとする姿……崖道で見たときから信じていましたよ」

「あ……!!!!」


 あのとき……『標的』にむかって弓を引き、目が合って……驚いて、止めた。

 僕は相手の顔を覚えた。だから覚えられて当然だったんだ。




「お嬢様、書き終わりましたよ。最後に署名をお願いします」

「……トーマスさん。これは今回の一件をしたためた書状です。カランド公まで届けてくださいますか?」

「僕が、ですか?」

「ええ。ぜひ、あなたに」


 女王様はそういうと、いたずらっぽく笑った。


「途中で読んでもいいですよ? ふふっ」









「どういう意味だったんだろう……」


 道中ずっとドキドキしていた。兵士ではなく僕を指名し、いかにも読んでほしそうな言い方。期待をふくらませるなというほうが無理な話じゃないか?


「よ……読んじゃおうかな!?」


 ふるえる指先を必死に落ち着かせながら、紙を広げる。そこに書かれていたのはユンデに対する告発。それから――




 ひとつめは、書状を持参した者を騎士に推薦すること。

 ふたつめは、前騎士団長ダグラスについて再調査の命令。




 以上だった。




「わああーーーー!!」


 極上のよろこび! そして甘酸っぱくてしょっぱい……言葉で表せない気持ち!

 感情のままに後ろをふりかえり、万感の思いで頭を下げた。


「ありがとうございます……そして、ありがとうございました!」







 カランド公に仕え、お付きとしてもういちど……あの方に会いたい。


 それが朝の陽ざしの中でかかげた、僕の新しい夢だ。

つづく

次回から第五章。お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 青年の直向きさと愚直さが最後に報われたとき、「やったー!」と思いました。 しかし、あのもうひとりの敵と父親の汚名の関係の謎が残った・・・。一体何が・・・?
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