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第八話 守銭奴の暗黒面に触れて正義の労働闘争に目覚める

「――――木の葉天狗。ヘイト稼ぎご苦労、下がれ。行け、ホムンクルス」


 破竹の勢いあるいは快進撃。いや、蹂躙と呼ぶべきFランク迷宮の攻略風景がそこにあった。

 木の葉天狗による索敵は宣言通りただの一度も奇襲を許さず、逆に先んじて敵モンスターを発見し一行が主導権を取り続ける要因になった。時には敵モンスターのヘイトを買って誘引し、待ち伏せ箇所までの釣りすら見事にこなす。


「戦闘終了。戦果を報告します」


 戦闘要員であるホムンクルスが常に奇襲の優位を取り続けられたのは木の葉天狗の功績だった。


「奇襲の精度が甘い。スタンロッドの使い方がおかしい。Fランクの雑魚どもなら力押しで潰せるが上に行けばそうもいかん。考え続けろ。実戦で試せ」

「はい、主」


 またホムンクルスが同族の中でも最低クラスの戦闘力しか持たないとは言え、Fランク迷宮に出現するモンスターに対して過剰な戦力であったことも間違いがない。

 だが迷宮の攻略ルートの最適解を示し、都度従えるモンスター達をよく統率し、敵モンスターへの奇襲・強襲・交戦回避を適切に選択。最速で攻略を続けたのは間違いなく守善の功績だろう。


「スケルトンがこちらに気付かないうちに不意を突く。待ち伏せして機を狙うぞ」

「ゴブリンの群れか。気づかれたな、先手を取って蹴散らす」

「……進み続ければワイルドウルフとかち合うな。場所が悪い、遠吠えで周囲のモンスターを呼び集められれば袋叩きだ。回り道をする。付いてこい」


 そしてボスモンスターであるハイコボルトも温存していたバーサーカーをぶつけることで、最大の強みである眷属召喚を使わせる時間を与えずに瞬殺。


「戻れ、鴉。出番だ。蹴散らせ、熊」

「おうよ。ここまで暇してたお陰で体力は有り余ってるんでな。俺に任せて嬢ちゃん達は休んでろ。

 ――――オラ()()()しようぜハイコボルト。お前ボールな!」


 ボスと言えど所詮Eランクモンスター。体力が満タンのDランク最優クラスに叶うはずもなく、戦闘時間がわずか一分にも満たない蹂躙劇となった。バーサーカーもビジュアルとキャラクターが非常にアレだがその優秀さは疑う余地がない。

 とはいえ長く見ていたいツラでもないのでボス戦が終われば早々にカードに戻したのだが。


「……ボス撃破まで約五時間。踏破報酬の五万円に、魔石。まあ、こんなものか」


 それら諸々を加えて所要踏破時間、約五時間。迷宮に入った最初のカード選び含めた諸々を含めた時間のため、実際はもっと短いだろう。

 慣れた者で一層あたり約一時間。五階層ほどの深さしかない比較的浅い迷宮とはいえ初めてカードに触る初心者が出せるスコアではない。控えめに言って水際だった手際だ。


「大したものだ。可愛げがないくらいに優秀だね」

「出来るだけの準備はしていたので」

「それでこれか」


 迷宮踏破の報奨である見かけは豪華な宝箱……通称ガッカリ箱の前でメンターとして最後まで同行した響はそう端的に評価を下した。三ツ星冒険者が下す限り無く満点に近い評価だ。

 だが妥協を許さない守善はその程度では到底満足しない。


「総評をいただければ」

「初心者としては文句なしに満点だ。十分すぎる」

「初心者脱却が目標ではないので。もっと上を、より短い時間で駆け上がるためにも余計な配慮は抜きでお願いしたい。そうじゃなきゃ意味がない」


 自身の成長にどこまでも貪欲な姿勢に響は目を細める。その視線に込められた複雑な感情は有望な新人への期待感か、はたまた危ういところを覗かせる後輩への危機感か。


「攻略の手際はさっきも言ったが満点だ。迷わずに最短ルートを突き進めたのはギルドで予め攻略情報を購入していたからかな?」

「ええ。Fランク迷宮なら情報料も一万円程度。安い買い物だ」


 冒険者ギルドでは階層マップや出現するモンスターの情報など有用な迷宮の攻略情報を販売している。これが有るか無いかで攻略の効率に大きな差が出来る。

 さらに適度なタイミングで休憩を取り、疲労によるミスを防いだのもポイントが高かった。人間、興奮しているうちは疲れを感じないが、ふと緊張が途切れるとズシリと身体に疲労がのしかかる。意図的に緊張を緩めるタイミングと締めるタイミングを分けるのが下手な冒険者は意外と多い。


「用意周到だね。敢えて初心者が引っかかる箇所でも注意はしなかったが、どれも危なげなく潜り抜けていた。初心者とは思えないと言ったのは本心だ。この時点で冒険者サークルの平均水準よりも上だろう」

「褒められているのかもしれませんが、下を見て喜ぶ趣味はないので。そこまででお願いします。他には?」


 傲慢と紙一重の台詞だが、同時に強烈な上昇欲求と本気さが感じられる。冒険者ガチ勢が見れば満面の笑顔で分かっているなと頷くだろう。


「……敢えて踏み込むが、もう少しモンスターとのコミュニケーションを取ることを勧める。彼女らを労ったりとかね」


 近くに我関せずと佇んでいる木の葉天狗とホムンクルスへチラリと視線を送りながら指摘する響。実際、攻略中のモンスターとのコミュニケーションも指示以外絶無だった。徹頭徹尾モンスターを道具として扱っている。


「道具になんの遠慮をする必要が?」

「モンスターは道具じゃない。……いや、百歩譲って道具だとしても意思を持った道具だ。道具の手入れは持ち主の義務じゃないかな? 労いの一つもあって然るべきだと私は思うよ」

「む……確かに」


 一理ある。

 そう思ったのか、一呼吸ほど考えを置いたあとに守善は頷いた。対照的に響は自分の言葉が通じたことに安堵していた。

 間違いなく金の卵だが、癖が強すぎ、育成難易度が高すぎる。余裕を取り繕っているが先輩としては気が気ではないのだ。


「木の葉天狗」

「なんですかぁ? あ、木の葉天狗様ダンジョン踏破が上手くいったのは貴女様のお陰ですって言う準備が出来ましたぁ?」


 呼びかけると翼を羽ばたかせた木の葉天狗がフワリと飛んでくる。そのまま自然な流れで煽るように言葉を紡いでくるあたり、人間不信が極まっている。とはいえ基本的にスキル、閉じられた心を持つモンスターはマスターに隔意を持っているのがデフォルトだ。

 そして良くも悪くも守善はそうした木の葉天狗の事情を一切気にしていなかった。


「いまはその減らず口を脇に置いといてやる。一回しか言わんからよく聞け」


 使えるのならば評価する。それだけだ。


「索敵、よくやった。自分の言葉通りお前は一度も奇襲を許さなかった。今日のMVPは間違いなくお前だ」

「はえ”っ……?」


 煽り言葉からストレートな絶賛が来るとは予想していなかったのか、木の葉天狗から裏返った声が漏れる。戸惑った様子の木の葉天狗を他所に淡々と言葉を続ける守善。

 感情を抜きに見ると、ダンジョン攻略がスムーズに行った要因は木の葉天狗の索敵で敵モンスターに対し始終主導権を取れたことが大きい。ならばそれを認めるのは当然のことだ。


「いい腕だったぞ。きっちり仕事をするなら多少の減らず口は大目に見てやる。これからも俺のために馬車馬のように働けカス」


 なお最後の最後で罵倒が飛び出してくるあたり、木の葉天狗の煽りはキッチリ効いていたらしい。だが却ってその罵倒が木の葉天狗を正気に戻したようだった。


「……良いこと言ってる風で実は最悪ですねあなた! 私をタダでコキ使う気満々じゃないですか!?」

「お前にいいこと教えてやろう。モンスターカードに人権という概念はない。つまり一日二十四時間労働を命じようが訴える労基署すらないぞ。残念だったな」


 社畜にサービス残業を強いるブラック経営者のような言い草。淡々と圧のある無表情を浮かべた守善がそうのたまった。

 悲しいことに事実である。

 比較的冒険者制度の先進国である欧米諸国ではモンスターカードの人権整備が進んでいるという話もあるが、今の段階では完全に絵に描いた餅だった。

 他人のカードならともかく、自分が所有するカードに対して虐待を働こうとそれを取り締まる法律は日本にはない。


「げ……外道! あんたの方がよっぽど怪物(モンスター)ですよ!?」

「なんとでも言え。取り締まる法がない以上は合法だ。仮にお前が訴えようが俺が勝つ」

「悪魔ですか、あなた!?」

「違うな。現代社会に適合した拝金主義者と呼べ」


 悲鳴混じりに叫ぶ木の葉天狗がナチュラルに外道発言をかます守善に翻弄されている。

 響は自分が思っていたコミュニケーションとはなんか違う……と思いつつもどうたしなめたものかと困っていた。


「ホムちゃん! 私達モンスターの権利がピンチです、団結して悪逆なマスターに立ち向かいましょう!」

「? モンスターはマスターに従う存在です。私はマスターに従います」

「まさかの裏切り!? ええー……。いいんですか、こんなブラックマスターに従うなんて。骨の髄までクソ外道ですよ、間違いない。私と一緒に反旗を翻しましょうよ。ボイコット万歳!」


 守銭奴の暗黒面に触れて正義の労働闘争に目覚めたらしい木の葉天狗。力いっぱいにボイコットを叫んでいた。


「黙れカス。俺の便利な道具(社畜)(ホワイト)の道に引きずり込むな。躾けるぞ」

「私はあんた以上にドス黒い(ブラック)を知りませんけどね!?」


 しばらくの間労働条件を巡って睨み合っていた両者だが、やがて同じタイミングで舌打ちしながら視線を外した。ある意味息が合っているコンビである。

 続いて黙ってそばに佇んでいたホムンクルスに向け、労いをかける守善。


「モヤシ、今日のありさまじゃ及第点はやれん。ひとまず武器の扱いに集中して習熟しろ。確か短剣術スキルがあったはずだな? お前用の武器は次の攻略までに揃えておく」

「ありがとうございます、主」

「だが俺に従順なところは評価する。これからも俺のために働け」

「はい、主」


 守善は主に従順なホムンクルスの返事に満足した。

 自らに従うモンスター達へ向けて新たな指示を下す。


「また明日、別の迷宮を攻略する。それまで休んで力を蓄えておけ」

「え、超イヤです。私基本的に人間とか嫌いですし。ぶっちゃけ外道マスターを見返すために頑張っただけでわざわざこれ以上しんどい真似する必要がないっていうか」

「知ってるか、鴉。慣れない内にリンクで心を繋げるとモンスターは死ぬほど不快らしいぞ。閉じられた心がもう一段階マイナス方向に進化するか試してみるか?」

「そんな脅しあります? 血も涙もない畜生ですかあなた?」


 その後も続くグダグダとしたやり取り。

 どこか気の抜ける空気とは裏腹に、守善はその後初心者とは思えない水際立った手際で次々とFランク迷宮を攻略していく。

 学内で知らぬ者のいない三ツ星冒険者、()()白峰響が見出した金の卵。そしてその評判を裏付ける破竹の快進撃。

 守善の噂があっという間に大学中に広まり、とあるトラブルを引き起こすまであとわずか。

【Tips】迷宮の深さ

 深ければ深いほど敵が強力となる迷宮は、その階層数によって大まかにランク分けされている。

・Aランク迷宮:推定深さ101階以上 カードの召喚制限十二枚(マスター一人当たり)

・Bランク迷宮:深さ51階以上100階以下 カードの召喚制限十枚

・Cランク迷宮:深さ31階以上50階以下 カードの召喚制限八枚

・Dランク迷宮:深さ21階以上30階以下 カードの召喚制限六枚

・Eランク迷宮:深さ11階以上20階以下 カードの召喚制限四枚

・Fランク迷宮:深さ10階以下 カードの召喚制限二枚


 Cランク迷宮であればすべての階層でCランクモンスターが出現するというわけではなく、10階以下であればFランクモンスターしか出ない。

 Aランク迷宮が推定となっているのは、未だAランク迷宮の最深層に人類が辿りついていないからである。

 最深層には、その迷宮のランクよりワンランク上のモンスターが待ち受けており、それを便宜上“迷宮主”と呼んでいる。主はランクが一つ上なばかりか迷宮からバックアップを受けており、能力の強化や配下を召喚する権能を与えられている。


【Tips】迷宮の踏破報酬

 迷宮の踏破報酬は、ランクが上がるごとに一層当たりの値段は上がる。

・Aランク迷宮:踏破出来たら100億円。

・Bランク迷宮:階層×100万。

・Cランク迷宮:階層×10万。

・Dランク迷宮:階層×3万。

・Eランク迷宮:階層×2万。

・Fランク迷宮:階層×1万。

 踏破報酬をメインの収入とするプロの冒険者を、グラディエーターと区別してプロフェッサーと呼ぶこともある。彼らはお金以上に迷宮という存在の謎に魅了され、それを解き明かさんとしている者が多いからだ。プロフェッサーと呼ばれるようになった所以は、実際に大学の客員教授をやっている者もいることから。


追記

なお、踏破報酬はガッカリ箱から必ず出る魔石をギルドへ売却した際に纏めて支払われるらしいので、別の冒険者に先を越されて魔石を回収されていたりすると大損らしい。

(百均氏の活動報告Q&Aより)


※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気に読ませてもらいました。なかなか癖が強くて徹底的な主人公にしましたね。 今後を楽しみにしてます。
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