閑話 あの人の一番
大会後、とあるDランク迷宮攻略中の『棺』の中で。
守善ら、特に男性陣を排してハヤテと恋華、二人の”女”が能面のような無表情で対峙していた。
「…………」
「…………」
無言が続く。何ともいいようのないプレッシャーが場に満ちていた。
この二人は同じ”男”のカードであり、ファミリーであり、ともに”男”を慕ういわゆるところの恋敵でもあった。つまるところこれは”女”の戦い――のはずだったが、
「そろそろ止めましょうか」
「……なにを、ですか?」
ハヤテが無表情を崩して笑いかけ、フッと空気が緩む。
「こんなことを、です。大体あの人もいないのに私達だけでヒートアップしても虚しくなりませんか?」
「むむむ……」
お互いを無視できず、つい顔を合わせればピンと張り詰めた空気ができてしまう。だが二人ともそのことをよしとしているわけではなかった。
二人は恋敵である前に、同じファミリーなのだ。
「そもそも」
と、ハヤテが思わせぶりに言う。
「あの人の一番はもう決まっていますからね」
「ハヤテ様は、自分が、そうだと?」
一句一句を区切り、殺気にも似た嫉妬の念を滾らせながら問いかける。
答え如何によっては血の雨が降る。そうと伺わせるほどに濃厚な妬みと恋情。
物理的な圧力さえ錯覚させる濃密な感情の熱量を前にハヤテは、
「まさか。私もそこまで自惚れ屋じゃありません」
軽やかに笑い飛ばした。
吹き抜ける風のように恋華のどろどろとした感情の奔流をサラリと躱したのだ。
「では、誰が?」
含むところが全くない笑顔に毒気を抜かれた恋華がややバツが悪そうに再度問う。
あるいは、この場にいないエースのことだろうか。脳裏によぎった考えはすぐに否定された。
「そりゃ決まってますよ。あの人に遺されたたった一人、最後の肉親…………妹さんです」
フワリと、恋華の嫉妬を躱した時と同じ笑みを浮かべてハヤテは言い切った。
衝撃が恋華を襲う。
そうだ。主人は、旦那様は最初からそうで、今も変わらない。一度の面識もなく、平時の守善が話題に挙げることもないとはいえ、決して忘れてはいけないことだ。少なくとも、守善の隣にいたいと思うのなら。
「それ、は」
「だからまあ、私達はラッキーだと思いませんか?」
「……え?」
咄嗟に二の句が継げない恋華に再びの衝撃発言を投下するハヤテ。
「あの人間違いなく極め付けのシスコンですよ。ツンデレ拗らせて素気ない風を装ってますけど、多分妹さんを治して、育てて、独り立ちするまで自分のことは二の次ってタイプです」
「それは、まあ、そうですね」
異論はなかったので恋華も頷いた。恐らく当人がいればリンクによる懲罰込みで激怒していただろうが、幸いかな。この場にはいない。それが全てだ。
「私達が付け入る隙も十分あると思いません?」
ニヤリ、と今度は悪戯っ子じみた人の悪い笑みを浮かべるハヤテ。
「結局私達は”人”じゃありません。迷宮の外に出ることも、あの人の子どもを産んであげることもできない」
「こ、こここ、子、子ども? そんな、破廉恥な――」
生々しい男と女の行き着く先の話に頬を真っ赤に染める恋華。
恋華はパーティーの誰よりも嫉妬深く、愛情深い恋する乙女。だがその分純情なのだ。恋の成就に一生懸命、だが恋が成就した後にはまだまだ考えが及ばない。
「ありゃ、恋華さん意外と純情派です?」
「……ッ! いいえ、そんなことは!?」
と、全く悪びれたところのないからかうような笑みに恋華が我に返る。先程から翻弄されっぱなしだった。
「私が言いたいのはですね、あの人は蓼食う虫で言うところの蓼ってことです。それもとびっきりに苦いやつ。あの人についていける人間の”女”が早々いるはずがありません」
仮にも己のマスターに対して散々な言い草だった。とはいえその気性難、妹第一主義、冒険者という職業、ハヤテたちとの繋がり。これだけ悪条件が揃えば世間一般の女子からは嫌厭されやすいことは想像に難くない。
それらの欠点は逆に自分達にとってはアドバンテージだとハヤテは言う。競争相手は少ないに越したことはないのだ。
「冒険者を続ける内に婚期を逃してそうですし、今更冒険者を辞めることもないでしょうし」
堂島守善は”家族”を見捨てられない。ならハヤテ達と縁を切ることもない。そういう意味ではハヤテ達は守善を普通から遠ざけ、迷宮に縛り付ける呪いのカードとも言えた。
尤もハヤテに引け目はない。なら自分”達”でそれ以上に幸せにすればいい、とポジティブに考えていた。
「だからって空気が悪いとあの人に無駄な心配をかけさせそうですし。大事なのはあの人に地上よりも迷宮の方が居心地が良いと思わせることだと思うんですよね」
つまり、と続ける。
「妹さんの”次”を目指して一緒に頑張りません? 多分二番目以降の席は結構多めだと私は睨んでるんですよねー」
共闘要請だった。
「その、ハヤテ様は順番にこだわらないと?」
意外だった。
恋華が見るところ、守善と心理的に一番近いのはハヤテだ。道具としての信頼なら恐らくはレビィがトップで、エースとしてある種の”特別”ではあるが、そこに男と女の色ごとめいた気配はない。
「んー、まあ強いて言うなら”最初”は私がいいですね。早いってのはいいことです」
「……はぁ」
独特の恋愛観の持ち主であるハヤテはそうのたまった。この言い草には恋華も戸惑うしかない。
「では、合意と見ても?」
「……正直、とても複雑ですが。それもファミリーのハヤテ様達なら、まあ」
「芹華さんあたりに掻っ攫われるのも業腹ですしね」
さりげなく達を付けるあたり恋華はいい子であった。
「それじゃ」
「はい」
そういうことになった。
おまけ それぞれの恋愛観
堂島守善
実は一番まとも。一夫一妻が当然と思っているし、ハーレム願望や特殊性壁の類は持ってない。
現時点では妹を助けるために恋愛にかまけている暇はないと考え、意識的に距離を置いている。
ハヤテを少し意識していたが、恋華という爆弾が投下され少し混乱中。
子どもはいてもいなくても良いと思っているが、いざできたら嫁ともども内心に出さずに溺愛するタイプ。
ハヤテ
地味に恋愛観がガバガバな頭ゆるふわ系女天狗。ある意味鳥らしいと言えるのかも。
迷宮の外に出ていけない現状、人間の女を仮想敵と捉え、横から掻っ攫われることを非常に警戒している。
そのためなら躊躇なく恋敵の恋華とも同盟を組む。というよりも一夫一妻制にこだわりがない。一番最初に結ばれたいと思ってはいるが、それも強いて言うならなんとなく。速さにこだわるが故である。
子どもは何人いてもいいと思っている。気持ちと体のつながりの結果増えるもので、数にこだわりはない。
恋華
愛が重く嫉妬深い鬼女だが根は献身的でとても良い子。彼女と誠実に向き合う限りよほどのことがなければ見限られたり暴走することはない。
嫉妬深くとも自分を抑える理性の持ち主。
意外と恋愛観は幼い。今は旦那様とデート(お話したりご馳走したり)するのが一番楽しい時期。
独占欲は強いがハヤテとの同盟は許容範囲内。数が増えてもしっかり自分の方を向いてくれるならまあ、と妥協できるタイプ。
子どもは幾らでも欲しいがそういうのはまだ早いと思っている。
レビィ
そういうのが分かるほど情緒が育っていない。
女である前に道具としての自分がアイデンティティに食い込んでいるせいもあったり。
ただし守善の特別であることに誇りを持ち、強い執着を見せている。
将来的にそういう方向へ進むとしても、エースであり続けるために子どもをもうけることはない。
B.B
頭の中にはバットとボールとグローブが詰まっている。
狛丸
ごくごく普通の恋愛観。実は一番守善と話が合う。
イチャイチャできる嫁さんがいれば最高だなと思っているが期待はしてない。
気の合うメンツで冒険に挑む現状を気に入っており、特段の不満はない。
虎丸
あんまり興味がない。兄者の背中を刺すのが彼のライフワーク。
なお現状だとありえない話だが甥っ子ができれば両親よりも溺愛するタイプ。
付喪神
The・無機物。
芹華・ウェストウッド
恋愛観はまともだがやや性癖が特殊。
強い男が好きだが、強い男が弱さを曝け出す瞬間はもっと好き。ガブリと首筋に噛み付きたくなるというワイルドな嗜好を持つ。決勝での弱りきった守善にはかなりキュンと来たらしい。
恋愛初心者。普段は慎重だが、機を見極めて勝負に出るタイプ。今は色々戸惑ったり機を伺ったりしている。
志貴英雄
まともに見せかけて一番恋愛観がガバガバな人。実は凡人よりよほど頭がおかしいが、英雄とは本来そんなものかもしれない。
女運が良く、顔と人柄もいいのでそこらじゅうで無自覚に女を(たまに男も)引っ掛けている。
本人の中で不動の一位はリオンだが、そのリオンが「まあいんじゃね? 俺一人じゃ収まんねえし」とガバガバ気味のため、告白されれば大抵それを受け入れている。その後一悶着が起こって行き着くところにまで行くのがワンセット。甲斐性はあるため意外とそのまま繋がることが多い。
子ども(というより家族)は多ければ多いと心底から思っているあたり、第二次アンゴルモアで刻まれたトラウマは深い。
響
実は作中で最も恋愛クソザコ疑惑がある。処女。
カイシュウ
恋愛観は割と普通だがカード、人間問わず意外とモテるのでやや苦手としている。
カード相手に大恋愛を結んだが、一度拗れに拗れたことがある。その後も焼け木杭に火が付いたり消えたりを繰り返しているのだが、他の複数のカードからも狙われていたりする。彼と彼を取り巻くカード達の関係性はかなり複雑。
それでもダンジョン攻略には影響を見せないあたりなんだかんだマスターとしては一流。
最近はちょっと惚れた腫れたには辟易気味。冒険者としての本道を歩みたいと半分現実逃避しているが、迷宮攻略=複雑な人間関係に放り込まれることなので、色々と気苦労が絶えない。
注:子どもについてはもしもの話です。
あとがき
とりあえずこれにて今回の更新は本当に終わりです。
いつも拙作を楽しんで頂きありがとうございます。
最後に↓↓↓のポイント☆☆☆☆☆で評価、ください!
何度でも言いますが、作者は読者からの反応が更新意欲に直結する=反応がなければ割とアッサリ筆が折れる儚い生物なのです……。