第四十四話 それぞれのその後②
同じ頃、ヒデオもまたダンジョン攻略に挑んでいた。
安全地帯での休憩中、ヒデオは静かに瞑想を繰り返し、自分を見つめ直していた。
守善との決勝戦は思い出すだけで血が熱くなるような戦いだった。
全力を出し尽くした結果だ。悔いはない、と言いたいところだが、
「……やはり、悔しいな。負けるのは」
ヒデオの胸の内にフツフツと湧き上がるものがある。ついつい時間が空けばあの一戦のことを考えてしまうほどに。これほどまでにこだわる相手はリオン達ファミリー以来かもしれない。
「今更かよ。こっちはとっくに熱くなってんだ。それ以上腑抜けた顔晒してたら一発気合入れてやったところだぜ」
呆れたように笑い、拳を握るリオンに苦笑を返す。
「勘弁してくれ。俺はお前達モンスターほど頑丈じゃないんだ」
「ジョーダンだよ。それに、収穫が全くないわけでもないしな。次は勝つ、だろ?」
「まあな。これが何を意味するのか今はまだ分からないが……前進したのは確かなはずだ」
そう言ってリオンのカードを見れば、後天技能の欄に詳細不明な未知のスキルが載っていた。
【後天技能】
・零落せし存在→忘却せし存在(CHANGE!):詳細不明。戦闘力マイナス100が解除。
これまで解除不能とされてきた特Aランクのマイナススキル《零落せし存在》。その解除の手がかりを掴めただけでも大きな前進と言える。
「リオンは何か思い当たることはあるか?」
「ショージキ、さっぱりだな。強いて言うならレビィと斬り合った時、自分でも訳が分からないくらい頭に血が昇りかけた。自分で自分が分からなくなるっつーのか? そんな感じ」
「なるほど……忘却せし存在。忘却、か」
その字義通りのスキルだというのならリオンは、そしてレビィは何を忘れているのか。
「分からんな。また守善やレビィとも話してみるか」
「あっちも同じことが起こってたんだっけか。となれば後は先に謎を解いたほうが一歩有利になるかもな」
大会の後、互いに驚きを共有しながら起こった変化を話し合った一幕を思い出す。
現段階で確認できる限りでは《忘却せし存在》はプラスマイナスゼロの表記のみのスキルだ。だからこそさらに先があるはず、と二人の意見は一致した。
「その前に少しばかり部にも貢献しておかなければな。部の連覇を止めてしまったのは俺の力不足だ」
「外野のヤジなんざ気にするなよ。ガチでやってガチで負けた。それで終わりだ。ゴチャゴチャ言うやつは三ツ星になって大体黙っただろ」
「貸し借りの問題だ。部から潤沢なバックアップを受けていたのは事実だしな」
大会の敗北でヒデオの部内ヒエラルキーは下がった。その一因には部から潤沢な援助を受けた上で敗北したことがある。
デュラハンとベン・ニーア。傷モノとはいえCランク二枚を美品一枚分の金額で購入できたのは部からのバックアップという面があった。偽剣エクスカリバーのレンタルもそうだ。
普通なら負けるはずがない。ただ相手は普通ではなかった。それだけのことだが、責任を追求しやすい立ち位置にいるのも確かだ。
ヒエラルキーが下がる程度で済んでいるのはカイシュウの取りなしと大会の反響故にだろう。
「一から出直しだな。さしあたり休みの間にDランクを十は踏破するか」
「オイオイ、シケた顔してた割にやる気満々じゃねえかヒデオ!?」
何でもない風に無茶を言う主へ向けて笑うリオンにヒデオがまあなと返す。
万全を期した一戦で言い訳の余地もなく負けた。不思議と悪い気はしなかった。だが悔しさと意地が胸の内で燃えていた。
「そろそろ休憩も終わりだ。次のフロアへ行こう」
「あいよ。おーい、お前ら! 休憩は終わりだ。下へ向かうぞ!」
音頭を取ってパーティーをまとめるエースの背中を見ながらひとりごちる。
「さて、あいつは俺の忠告を聞いてくれたかな?」
そしてひねくれたところのある友人へ気がかりを一つ、向ける。しかしすぐに忘れた。
ソロ、初挑戦のDランク迷宮。自分の実力を高める絶好の場所であり、余所事を考えている余裕はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「SNS、ねぇ」
胡散臭そうに手元のスマホに目を落とす守善。これをバズった、と言っていいものか。
大会後、千鶴と響の勧めで『Twitter』のアカウントを開設したところ、報道部の記事内で取り上げられ、フォロワー数があっという間に万を超えていた。
「他人の呟きを覗いて何が楽しいかよく分からんな」
どう活用したものか、としばらくは頭を悩ませたものだが、結局は冒険者業の備忘録代わりに使うことにした。情報漏洩に備えて具体的な活動記録は残さず、半ば自分用のメモ代わりだが。当たり前だがフォロワーには不評だ。
「そりゃマスターが愚民をいいように弄ぶ快感を知らないからですよ。いいね! の嵐……、万バズ……! 自己承認欲求が満たされてンホオオォッ、気ん持ちEィ~! ってなっちゃいます」
「お前また炎上するぞ」
とはいえ最近はハヤテに半ばアカウントを乗っ取られていた。SNSの強すぎる光に焼かれ、恍惚とした顔で身体をくねらせている。
暇な時間にスマホを弄っては攻略動画やカード達の写真をアップしたり、皮肉やユーモアが効いた小咄を一席ぶったり。舌鋒鋭いコメントや意外と達者な撮影技術もあって呟けば大抵三桁から四桁のいいね! がつく。どうやらハヤテにはエンターテイナーの素質があったらしい。
なお一番多い呟きは守善への愚痴時々惚気だが大体の場合守善に見つかって削除されている。
「フッ、幾たび燃えようと私は復活するのです。そう、不死鳥のように!」
「そのまま燃え尽きて二度と起き上がってくるな。人のアカウントを何度も燃やしやがって」
「燃えようが地雷踏もうが愚民どもの需要を握っている限り完全にそっぽを向かれることはないのでモーマンタイです。そう、恋華さんやホムちゃんと私のウデがある限りね!」
渾身のドヤ顔であった。
ちなみに仲間内の一番人気が恋華だ。戦闘中の凛々しい姿を激写したスナップショットをアップすれば大抵バズる。純粋にビジュアルに優れるレビィの人気も恋華に次ぎ高かった。意外なところではB.Bがリアルプニキとしてやきう界隈で話題になっていたりした。
「狛虎さん達も黙っていれば見映えはいいですし。いやー、いい素材ばっかりで腕が鳴りますね」
「女勢最不人気天狗が何か言っているぞ、弟者。あと俺と弟者をコマトラでまとめるな」
「そうだな、兄者。画像アップの度にドヤ顔晒して草生やされている天狗が何か言ってるな」
ハヤテも元はいいのだが大体自撮りでドヤ顔を写すため、アップのたびにフォロワーから弄られていた。ある意味愛されているとも言う。
「フォロワーにチヤホヤされてドヤ顔さらしてた俗物神獣がなんか吼えてますねぇ? そんなこと言ってるとお二人だけハブにしちゃいますよ? マスターのアカウントは私が握っているという事実をお忘れです?」
「そんな事実はない」
好き勝手なことばかり言うハヤテに守善がツッコミを入れるが誰も聞いていなかった。
「こ、こいつ……! 最悪だぞ弟者!」
「貴様に人の心はないのか!? 最近の兄者は自分のアップ画像に付いているいいね! を見るのが生き甲斐なんだぞ!」
「弟者、お前……!」
こっちはこっちでいつものように虎丸が兄貴分の背中を刺していた。
(そろそろこいつらにスマホ禁止令を出すべきか)
情報化社会の毒が全身に回っているカード達へ守善は一人検討していた。
そんなことを考える間にも手元のスマホを適当にイジる。
ハヤテではなく守善が呟く無味乾燥な文字の羅列。そこに反応する者も多少はおり、マナーを守って一線を超えない限り守善は短くそっけないが欠かさず返信していた。その甲斐あってかハヤテ達ではなく、守善個人へのフォロワーも少しずつだが増えつつある。
「フフフ、マスターも着々とSNSの沼にハマり始めているようですね。ようこそ、こちらの世界へ……!」
「先輩たちから将来金策の種になると聞いてなければ今すぐにでも止めてるところだ。あるいはフォロワーどもが離れるとかな」
「私がいる限りそれは叶わぬ夢ですね」
「いままさに悪夢を見ている気分なんだが?」
かつて周囲や世間を自身に関わらぬ有象無象、雑音と断じていた守善。だがヒデオ達の交友や大会で得た経験を経て少しずつそうしたモノにも目を向け始めていた。
大学でも本格的に顔が売れ、好意的な声をかけられることもある。顔と性格がいいヒデオや芹華の方が圧倒的にその頻度は多かったが。
「ま、そこは避けられないトレードオフという奴ですね。大会優勝で名前が売れて賞品もゲット! 総合的には黒字でしょう?」
「まあ、な」
「そういえばその賞品のCランクさんは――」
「Cランク、ブラックマリア。マイナススキルなし。美品。売れば7000万は堅い」
「ありゃ、売っちゃうんです? てっきりこのまま使うものとばかり……」
「俺も最初はそのつもりだったが、ヒデオがな」
「ヒデオさんが?」
守善が手に持って眺めるカード、ブラックマリア。キリスト教以前の地母神の隠喩との説もある黒の聖母像をモデルとした女の子モンスターだ。
身に纏うのは喪服にも見える黒の修道衣。その顔の大半はヴェールで覆い隠され、意味深な笑みを浮かべた口元だけが覗いている。
能力は回復魔法を主体にした後衛型。守善率いるパーティーに欠けていた要素を埋める諸手を挙げて歓迎すべき戦力だったが、
(クサすぎる。ヒデオの忠告通り、こいつはさっさと手放すべきかな)
詳細は言えないが早めに手放せとの情報提供にその意志をなくしていた。
冒険者部から例年大会賞品として提供されるCランクは大抵が傷モノや不人気カードであるらしい(それでもCランクなので価値は高い)。
それが傷ナシの美品。それも女の子カード。ヒデオの忠告もあってなにか裏があるとしか思えない。
(……妙なカードだ。いやに目が惹かれて気味が悪い)
守善の感覚もその判断を肯定していた。
ブラックマリアにはいつまでもそのカードを見ていたくなる、召喚してヴェールで隠された顔を暴いてみたくなる。そんな妖しい引力のようなものがあった。
(まあ、いい。すぐ手放せばそこで終わりだ)
君子危うきに近寄らず。怪しげな不発弾とはさっさと縁を切るに限る。7000万あれば響に借金を返して新たなCランクカードの購入も叶うはずだ。
このダンジョンを攻略したらそうしよう、と守善は決めた。
――――それではつまらぬな。
ふと、風のささやきが守善の耳を撫でた気がしたが、ここは迷宮の閉鎖空間。気のせいだろうとすぐに忘れた。
いずれにせよこれは堂島守善が歩む長い道のりで起きた一幕に過ぎない。その願いを叶えるため、成り上がるための力を求め、守善の”冒険”はまだ続いていく。