第四十三話 それぞれのその後①
『第X回学内冒険者新人王戦、優勝者:堂島 守善。
冒険者部擁する優勝候補筆頭の志貴 英雄選手との凄まじいバトルは”美しすぎる”ヨモツシコメがロストするほどの激戦となった。
※”美しすぎる”ヨモツシコメについては別記事(https://houdoubu/1111)を参照。
互いが互いの急所を抉り合い、勝負の天秤が何度も引っくり返る一瞬たりとも目が離せないぶつかり合い――大会史上一、二を争う名試合であると某冒険者部部員は熱く語った。
その真偽はいずれにせよ大会史上初の冒険者部外の優勝者の称号とともに、本大会にまた新たな歴史が刻まれた。
大会後、報道部が独自調査したアンケートでは高校生を中心にした若年層に大きな反響が広がっているようだ。本大学の来年度志望者数は歴代最多数と言われた今年度をさらに上回りそうな見込みである。
さらに多数の冒険者の原石が集まると予想される来年度の大会が今から期待される。
堂島選手に今後の活動を問いかけると、所属する冒険者チーム『フロントライン』とともに在学中に四ツ星冒険者(プロ資格)への昇格の意欲を示した。
※報道部独占、堂島選手の直撃インタビューは別記事(https://houdoubu/2222)を参照。
※同大会第三位『フロントライン』所属の芹華・ウェストウッド選手については別記事(https://houdoubu/3333)を参照。
大会における活躍を見れば在学中のプロ昇格は十分に期待ができるだろう。
これからも堂島 守善の動向から目が離せない――――』
調子良くキーを打ち込んでいた両手を止め、一段落がついたと息を吐く。
「と、見出しのアオリ記事はこんなところかニャー」
ニヤニヤと笑みを隠しきれないのは砂原千鶴。
恐らくはこの大会で守善を除いて最も有形無形の利益を得ただろう一人だ。
「お、また追加の記事ッスか。はらッチ先輩は相変わらず堂島推しですねー」
ヌフフと怪しげな笑みを零す千鶴へ声をかけたのは報道部の後輩である。
「そりゃ今が旬のオイシイ相手だしね。私が書いた直撃インタビューを見てよ、視聴数がエグいくらいの上がりっぷり。いやー、SNSでバズるように仕向けた甲斐があったってなもんですよ」
現代は誰もが手軽に情報を発信できる市民記者の時代だ。高度情報化社会にいちはやく適応した千鶴はSNSを始めとした情報ツールを遺憾なく活用し、守善を取り上げた記事の注目を集めた。
尤もさして苦労はなかったが。インパクトのある動画は十分すぎるほどに撮れていたのだからそれを上手く切り貼りして記事を編集し、ツテを使ってバズりやすい導線に繋げただけだ。
千鶴が作り上げた動画記事は瞬く間にリツイートが爆発し、冒険者界隈のみならず一般人にまで多大なインパクトを与えていた。
「学外の結構デカい出版社からも取材オファーがあったらしいですけど、結局インタビュー取れたの先輩だけッスからね。大会前に堂島とトラブったって聞きましたけどどんな手品を使ったんです?」
「そりゃあキミ、記者としての地道な努力の賜物サ!」
「…………ッスか」
千鶴が太陽のように輝く笑みで綺麗事を吐くと後輩は露骨に胡散臭ぇ……という顔をした。
「ニャハハ、捨て値で勝った馬券が思わぬ万馬券に化けたみたいなもんだけどネ。しばらくは堂島君の追っかけでもやるかなー」
「あの鉄面皮見てそれ言えるあたり流石先輩ッスねー。ダンジョンで命張ってる冒険者だけあって俺は正直おっかないッス。こう、気が付いたら喉首掴まれて壁に押し付けられてそうっていうか」
「なーに、案外可愛げがあるよ、彼。大会で一皮剥けたっていうか当たりが柔らかくなったていうか。彼基準で好意的な相手限定だけど」
「想像できねー」
ちなみに非好意的な相手にはあいも変わらず毒舌・鉄面皮・実力行使の三段コンボを容赦なく仕掛けている。
「そういえば堂島にモンコロからのオファーがかかったって噂マジですか?」
「マジらしいよ。オファーの内容が超ウケるけど」
「ウケる?」
情報流出は部内までね、と釘を刺しつつ答える千鶴。
「出場枠が『キャットファイト』なんだって。恋華ちゃん人気を当て込んだみたいだけどさぁ、ねぇ?」
恋華は世に珍しき”美しすぎる”ヨモツシコメとして冒険者分野を扱う有名な出版社にも取り上げられ、急速に人気、知名度を上げていた、が。
千鶴は分かるだろう、とばかりに問いかけ、後輩も度し難いと頷いた。
「……どう考えても惨劇の予感しかしねー。女の子モンスターの血の雨が降ってお茶の間が凍りつくのが今から見えるッス」
「選出ミスにも程があるよねー。『デスマッチ』とかガチバトル向きだよ、堂島君は」
「ってもロストのリスクが高くなると一介の学生には荷が重いッスからねー。モンコロ側から見たらロストのリスクが低い『キャットファイト』が妥協点なのかも」
と、暫くの間二人はグダグタと世間話を続けていたが、
「あ、電話だ。ゴメン、ちょっと出るね」
「はいはーい、それじゃ」
千鶴の情報端末にかかってきた架電で途切れる。千鶴はポケットから取り出した情報端末に表示された名前を確認し、通話に出た。
「やっほ、兎夜音ちゃん。情報提供ありがとね。お陰様で色々と稼がせてもらったよ――へえ、君も彼に興味持ったんだ。ねえねえ、それってやっぱり私が書いた記事のお陰? ねえねえ、どうなの?」
うるさい黙れ、と通話口の主に怒鳴られるまで千鶴はウザ絡みしていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……固有リンクに、死神ホムンクルス。他のメンバーも化け物ばかり。クソ、間を詰めるつもりがもっと突き放された」
手元の情報端末で報道部が取り上げた動画記事をチェックしながら独りごちる無名の冒険者部部員が一人。愚痴っぽい口調に蛇のような執念が宿っている。言わずとしれた籠付善男だ。
「だガ、諦めルつもりはないのだロ?」
「当たり前のことを言うなよ。馬鹿に見えるぞ」
「…………」
からかうように問いかければ素で神経を逆撫でる発言が返ってきたクーシーは閉口した。
ロクデナシであっても悪党ではないのだが、なんというかこういうマスターなのだった。
「あいつだって人間だ。付け入る隙は必ずある」
「人の弱みヲ探す前にまず自分ノ腕を上げロ、未熟者」
「うるさいぞ! 人には向き不向きってものがあるんだよ!?」
相棒と喧々諤々やりあう籠付。迷宮の安全地帯での掛け合いはしばらく続いた。
「そういやカイシュウ先輩は他県のダンジョンに潜るんだっけ? わざわざ遠出までしてなんのつもりなんだか」
少しだけ余所事へ思考を移し、すぐに本題……迷宮探索に戻る。三ツ星を、より高みを目指して籠付は”冒険”に挑み続ける。
◇◆◇◆◇◆◇
「準備はいいか? 白峰」
「ああ。行こうか、カイシュウ」
某県、Cランクダンジョン入り口。
人目につかぬように現地合流した響とカイシュウは最終確認を終え、新たな”冒険”に挑もうとしていた。
「カイシュウが実技試験を受かっていてくれて助かったよ。流石は冒険部筆頭」
「そっちも大したもんだ。確か学科試験合格者の平均学習時間が500時間だろ。俺はそっちの詰め込みはまだまだだからな」
響がプロ冒険者資格の学科試験を、カイシュウが実技試験をそれぞれ合格している。二人がチームを組むことで一時的にCランク迷宮に挑むことも可能となった。
「さて、二人合わせればプロ一人分以上の勘定だ。比較的低難度のCランク迷宮を選んだ以上、確実に攻略するつもりで行こう」
と、勇ましいことを言いながら響の目にはむしろ冷静さがあった。
響の脳内と情報端末には過剰と言えるほどに攻略情報が詰め込まれ、背中のバックパックとカードホルダーには想定される状況に備えた装備が山と詰め込まれている。響の気合の現れだ。
「少し、意外だな。お前はもう少し慎重に動くと思ってたが」
「大会を見て、思った以上に距離を詰められているのが分かったからね。先輩の立場に甘えてふんぞり返っていると下剋上に挑んできそうな後輩もいるから楽はできないのさ」
確かに、と響の言い草に苦笑するカイシュウ。
「君こそわざわざ時間を割いて攻略に付き合ってくれるとは思わなかったよ。どういう風の吹き回しだい?」
「部で攻略しているとどうしても安全第一が過ぎてな。たまに修羅場を潜ってないと腕が鈍る。それに――」
「それに?」
「あんな熱いバトルを見てりゃアテられるさ。この熱が残ってる内にキツめのトレーニングをしておきたくてな」
「なるほど。後輩にアテられたのはお互い様か」
そういえば、とカイシュウがここで話題を変えた。決勝戦の二人以外にも気になる後輩はいるのだ。
「後輩と言えば、ウェストウッド”も”三ツ星に上がったらしいな。あいつは今はどうしてるんだ?」
「ああ、芹華なら――」
◇◆◇◆◇◆◇
「――わざわざソロでDランク迷宮の攻略に勤しむとは。芹華、大会も終わったことですしあの殿方を誘ってもよかったのではありませんか?」
「ブラッド、眼の前のダンジョンに集中なさい。油断大敵と言うでしょう?」
「いまは安全地帯ですが? これは油断ではなく適度にリラックスするために必要なコミュニケーションと言えるでしょう」
大会後、あっという間に三ツ星へと昇格した芹華はブラッドの言葉通りDランク迷宮をソロで攻略していた。ちなみに守善、ヒデオも同様に三ツ星へ昇格している。あっさりとしたものだった、とは彼ら三人に共通する感想である。
「それで、何故わざわざ単独で攻略を?」
「……準決勝では一切容赦もしませんでしたし、その結果B.Bさんをロストさせましたし。顔を合わせ辛いといいますか」
「あのバーサーカーならばDランク分の大会賞品で無事蘇生していたではありませんか。本人も気にしているようには見えませんでしたし」
「それは、その……」
「ふう」
言い淀む芹華にブラッドが物憂げにため息をつく。
「これは助言ですが、恋愛は真っ直ぐ行って食らいついたもの勝ちですよ。そう、私のように!」
「ボッ?」
訂正。一秒後にはドヤ顔で上から目線のアドバイスを垂れ流していた。
ドイツ産ネイティブカードのコボルト『ボッくん』をぬいぐるみのように抱きかかえながら。身長一メートルと少し、フサフサの毛皮と愛くるしいドッグフェイスがチャームポイントだ。
なおこの件で彼の口から『ボッ』以外のコメントが発せられたことはない。
「お黙りなさい! そもそもあなたとボッくんとのお付き合いを認めた覚えはありません! パーティー内恋愛などトラブルの元ですわよ!」
「そーだそーだ、芹華さんには恋愛とかまだ早いと桜狐さんは思いまーす!」
「あなたもお黙りなさい、桜狐さん!」
ピシャリと叱りつけた芹華の背中が桜狐に刺され、怒髪天を衝く。
絶賛旦那様募集中の自称良妻狐、桜狐。だが同時に面倒見の良さからたまにアホの子の気がある芹華を放っておけないオカン狐でもあった。
「やだやだや~だ~! まだお嫁に出したくない〜! もーちょっと手元においてからかう……もとい、可愛がるんだい! だからお嫁に行っちゃやだ~!」
「桜狐さん、そこに正座なさい。前々から思っていたのですがそろそろ私の扱いについて膝を突き合わせてお話する必要がありそうです」
姦しいカード達に囲まれ、賑やかに力強く、そして迷いなく芹華・ウェストウッドはダンジョンへ向き合っていた。
「まったく……」
と、ため息をつきながらも芹華自身悪い気はしていない。むしろ大会前よりも明るく伸びやかに冒険者に打ち込めていた。
そのキッカケを作ってくれた二人のライバルに思いを馳せる。
「あの二人はいま、どうしているのかしら? まあ、どうせダンジョンに挑んでいるに決まっているでしょうけど!」
ライバルだからこそ分かる感覚だ。そして芹華の感覚は正しかった。