第四十二話 決勝戦⑥
戦闘が再開した。
双方のフォーメーションに大きな違いはない。
ヨモツイクサとレビィが前衛を張り、恋華が後衛を務める。
そしてリオンがベン・ニーアの援護を受け、その猛威を振るっている。付喪神の意を受けたダガーの群体がベン・ニーアを襲っているが、牽制以上にはなっていない。
(なンだ、こりゃァ……)
目まぐるしく動く戦場のただなかで台風のごとくヨモツイクサの群れを刈り取るリオンの胸に違和感が湧き上がる。
『雄雄雄怨怨怨怨怨オオオオオォォ……!』
「ウゼェよ」
ヨモツイクサが全周囲から包囲を企むも、手近な個体から斬殺。
「疾ッ!」
「テメェもだ、レビィ!」
眷属の影から現れたレビィを手甲で殴打――するも手応えなく陽炎のように消え失せる。付喪神の操る幻影か。
隙を突くように死角から現れた本物のレビィと刃を交わし、膂力に任せ無理やり弾き飛ばす。が、すぐ立ち直り、二度目のアタックで刃が噛み合う。噛み合えてしまっている。
(紙一枚、攻めきれねェ……どういうことだ!?)
『呪い』型の装備化スキル、《血を以て血を洗う》は通常よりワンランク上の効果を持つ分常時生命力が減少し、不可避の時間制限を負う。最後の切り札を切ったヒデオ達に短期決戦以外の道はない。
故にヒデオ達はかなり前のめりに攻め込んでいる。だが攻めあぐねていた。
(レビィだ。あいつがいなけりゃ……いや)
後少し、もう少しで均衡が崩れるはずが崩れない。
その原因ははっきりしていた。だからこそリオン達困惑していた。ありえないのだ。
レビィが、強い。少し異常なほどに。
不利とは言えリオンと斬り合えている。同じ土俵に上がっている。
だがそんなことはありえない。
リオンが持つ約1600という強大な戦闘力と近接戦闘向きのスキルの数々。対し、レビィは速度と技に特化し、戦闘力は1000に満たない。
スペックは圧倒的にリオンが上。フルシンクロは相殺され、条件は変わらない。600オーバーの基礎戦闘力の差は生半可なスキルで埋められるようなものではない。何よりそれだけ強力なスキルがあるならとっくに使っているはず。
二人のエース対決はいわば超重量のバスタードソードと細身の日本刀の戦い。技で受け流す以前にまともに受けることも出来ないはず。
(ありえないはずの光景がありえている。なんだ、覚えのあるこの感覚は――)
ヒデオは何とも言えない既視感を覚えた。全くの初見にも関わらず、自分はこれに近い光景を見た覚えがある。それもそれなりの回数だ。
これは、そう、カイシュウが自らの半身であるベルセルクの狂気を抑え込み、その力を最大限引き出す時のような――……、
「まさか――」
胸の内でまさかとありえないという否定が木霊する。だが眼の前の光景がその否定をさらに否定する。
堂島守善の冒険者歴は三ヶ月。だが『棺』を使うことで恐らく主観時間はさらにその数倍に達しているはず。怪物的なリンクの才を持つ守善がそれだけの時間をただ修練に費やしたのならあるいは――、
(固有リンク――!?)
(馬鹿な、ありえねぇっ!)
テレパスを通じて驚愕を共有するヒデオ主従。常識的に考えてありえない。だがそうとでも考えなければ説明がつかないことが目の前で起こっていた。
固有リンク。
それは冒険者としての一つの極致。プロ冒険者ですら習得者が少ない特異なリンクだ。
自分の属性を極限まで突き詰めた先にある固有のリンク。曰く、自らに適合するカードにその冒険者固有の特殊効果を乗せるリンクだという。
(今にもゲロを吐きそうだ……。『棺』でハヤテ達と数はこなしたが、いきなりの実戦投入はやはりキツイな)
頭痛と吐き気を堪え、特異なリンクを維持する守善。
決して都合のいい偶然ではない。『棺』の中でコツコツと積み上げた努力、なによりもカード……特に新参の恋華達と結んだ絆が結びついた成果だ。
先程の一幕で守善の内面にも変化が起こっていた。古参のレビィやハヤテ、B.Bだけではない。恋華や付喪神にも自身の命運を預けられる信頼を寄せ、真実己の一部と認めるに至った。
その認識の昇華が堂島守善だけの”力”を目覚めさせた。
固有リンク、リミットオーバー”ワンアクション”
それはシンクロ率99%を超えないまま限界を超える堂島守善のユニークリンク。
通常、カードの戦闘力の半分はマスターを守るバリアに費やされる。
故に引き出せるカードの戦闘力は最大で通常時の約二倍が限界。シンクロリンクはあくまでカード本来の戦闘力を取り戻す技術に過ぎないからだ。
だがこの固有リンクはその常識を覆し、限界を超えて戦闘力を引き出す。
守善の適合カード、その中でも守善自身が己の一部と認めたカード達はバリアに取られている余剰戦闘力を全体で共有し、自在に引き出せるのだ。
(こいつらは俺の一部。その認識が一瞬でも切れれば破綻するリンクか……。綱渡りだな)
カードは守善の一部であり、つまり守善とカードは等しいという認識がこの固有の前提。
守善=レビィであり、付喪神や恋華もまた=で結ばれる。つまり守善=レビィ=付喪神=恋華となり、その余剰戦闘力を全体で共有することで理論上、その全てをただ一体に集約できる。そして守善は固有リンクの恩恵を能う限りをレビィに向けていた。
さて、ここまで長々と語ったがここからは細かい数値は投げ捨て、ただ事実を告げよう。
いまのレビィは超抜戦力とも互角に渡り合える怪物だ。
とはいえそう上手い話ばかりでもないのだが。
現状では限界を超えて上乗せできる戦闘力にも限度がありかつ一動作が限界だ。戦闘力・継続時間のどちらもそれ以上を望んでも守善とカードの双方に莫大な負担がかかる。
いまのレビィの奮闘は固有リンクの使いどころを見極めることでギリギリ互角を保っているに過ぎない。
「いけ……そこだ」
「ああ、惜しいッ!」
だが少しずつ、少しずつ会場に再び熱が籠もる。あとは消化試合という空気が綺麗に拭い去られ、歓声のボルテージが上がっていく。
「レビィちゃん頑張れー! 恋華ちゃんも頑張れー!」
「美少女になったら手のひら大回転とか草生える。まあ俺も手首にドリル仕込んでるんですけどネ!」
「可愛ければなんでもいいんだよ!」
「可愛さなら俺っ娘リオンちゃんが最強だろ。俺はあっちを応援するぞ!」
気がつけば戦況は互角に近くなっていく。傾きかけた天秤を力ずくでひっくり返した。
その実感と会場を覆い尽くす歓声に背中を押され、守善は会心の笑みが浮かびそうになるのを堪える。油断すればまた一瞬でひっくり返されるだろうという確信があった。
なによりも、
(……互角じゃダメだ。あともう一手が要るんだ! ここまで来て――)
互角に持ち込み、それでもまだもう一手が足りない。
『呪い型』の装備化スキルは継続時間が短いが、慣れないユニークリンクはさらに負担が大きい。脳味噌が焼ききれそうな頭痛から考えて、明らかに守善側が先に力尽きる。
茹だる頭をなんとか回すが、逆転の秘策をそう都合よく思いつくはずもない。だから逆転の一手を提示するのは守善ではなかった。
(旦那様、私に策があります)
(――却下だ)
恋華の献策。
それを検討することすらなく退ける。テレパスを通じてなんとなくその概要を悟っていたが故に。
当然だ。
よりによって”家族”を捨て石にする作戦を堂島守善が採るはずがない。
(旦那様……)
(嫌だ)
困ったような、愛おしげな恋華の視線に駄々をこねるように首を横に振った。
――もうこれ以上”家族”を眼の前で失うのは嫌なのだ。
幼少期に刻み込まれたトラウマが守善にあくまで拒絶を選ばせた。
(嗚呼……)
そこに籠められた思いを知って、恋華はつい万感を籠めた声が漏れてしまった。
(私の旦那様、どうかお聞きください)
その頑なな拒絶、主を悩ませる苦悩に恋華は不謹慎と知りつつ嬉しく思ってしまったのだ。その苦悩の深さはそれだけ守善が恋華に抱く思いを示していたから。
(失うのではなく捧げるのです。私の意志で、私自身を、あなたに)
だからこそ主の思いに甘え、その苦悩に付け込む訳にはいかない。
互いの夢のためにその身と力を尽くし合う。
守善と恋華が交わした最初の約束はそういうモノなのだから。
(これは旦那様の……ひいては私達のため――ご決断を)
(……恋華)
恋華にそうと突きつけられれば、守善が否と言う訳にはいかない。
あの約束は守善と恋華、二人のモノだから。
(――俺のために死ね)
(はい♪)
守善の重苦しい命を恋華は蕩けるように甘い声で受け入れた。
そして決断は即座に行動へと移る。
(なんだ、あっちのリズムが変わった――?)
(リオン、警戒しろ)
(ああ、クサすぎる。こりゃ罠だ、賭けてもいい)
会場でその異変に真っ先に気付いたのはやはり直接刃を交わすリオンだった。些細な違和感。レビィが退き、その穴を埋めるようにヨモツイクサがより捨て身となった。
『おっと、これは……破れかぶれの特攻でしょうか!? ヨモツシコメが突然前に出て来ました!』
その違和感が形になる前にさらなる異常が目の前に現れる。
恋華が守善のガードを離れ、前線のリオンへ向けて真っ直ぐに特攻したのだ。誰が見ても無謀な突撃に会場を悲鳴が覆う。
(破れかぶれ? ありえねぇ。囮か? やけにキナ臭ぇ――だがチャンス!)
真っ先に潰すべき後衛の恋華が前に出た。排除の好機だ。
罠があるならまとめて斬り破る。そのつもりで受けて立つ。もちろんレビィへの警戒は怠らない。
「殺ァッ!」
「遅ェ、ヌルい、欠伸が出る」
間合いに入るや執念を籠めて放たれた鬼女の鉤爪はこともなげに躱され、リオンがあっさりと返しの刃を合わせる。
肩口から斬り込んだ騎士剣は恋華の心臓を断ち切り、止まった。ゾブリ、と肉を断つ生々しい音が会場に響く。
(これでコイツは役立たず。さぁ、どこから来る……?)
ほぼ戦闘能力を喪失した恋華から意識を外し、続く二の矢を警戒するリオン。
その警戒を裏付けるように大量のダガー分体が豪雨のごとく降り注ぎ、その合間を縫ってレビィがアタックを仕掛ける。
「どうした、一枚囮に使ってこの程度か!?」
だが油断を削ぎ落としたリオンにはいかにもヌルい攻勢だ。
降り注ぐダガーの群れを予め準備していたフレイムバスターで撃墜。そして迫るレビィを迎撃するため恋華の胸部から騎士剣を引き抜こうとし――、
「嗚呼……妬ましい」
怨、と空間を塗りつぶすかのような悍ましいまでの執念に妨げられる。心の臓を貫かれた恋華が騎士剣を渾身の力で抱え込み、離さない。
「ゾンビかテメェは!? そういや不死者だったな!」
ヨモツシコメは心臓と頭を潰されない限りロストしない不死スキルの持ち主だ。とはいえ限度はある。心臓を潰された状態でまともに戦闘を続行できるほどデタラメなタフさではない。
半ば死の淵を渡りながら振り絞った最後の力の出どころは《命短し恋せよ乙女》が内包する《悋気嫉妬は女の常》。
嫉妬を恋慕の炎で燃やし、向上心へ変えるスキルであり、嫉妬するほどにステータスが上昇する。リオン、そしてレビィに向けられた醜い嫉み妬みが鬼女に最後の力を与えた。
「足掻くな、死に損ない!」
「ふ、ふふ……。足掻きますとも。旦那様のため、ですもの……」
「チッ、腹立つくらいにイイ女だよ、お前」
己の嫉妬さえ力に変えてただ主へと尽くす恋華は、リオンをして見惚れるほどに美しい。
「だが譲らねぇ、勝つのは俺達だ!」
だからこそ心底からの敬意を以て全力で恋華を排除する。
――――斬!
なけなしの魔力を振り絞って詠唱を紡いだライトニングを宿した《魔法剣》はその切れ味でもって恋華を両断した。
『/』の軌道で肩口から身体を二つに分かたれた恋華が地に伏せる。ロスト寸前、最後の最後、末期の力を振り絞って顔を上げてレビィに視線を送る。
「レビィ様――旦那様に、勝利を」
何故己はエースの役目に立てないのか。
狂わんばかりの嫉妬を覚え、それでも守善のためにその身を捧げた恋華は静かにロストする。パキン、と薄ら寒くなるほどに甲高い音が守善の懐で鳴った。
「いい加減を決着着けようぜ、レビィ!」
「――――ッ……」
そして最後の勝負が幕を開く。
最早互いに猶予は殆ど残っていない。決着は数合で決まるだろう。
そしてリオンは真正面からの力比べで誰にも負けるつもりはない。迫るレビィへ向けて迷いなく踏み込み、迎撃の刃を振るう!
((――――獲った!))
そう確信するリオンとヒデオ。
強敵/親友との決戦、最後の力を振り絞った決着の時。極上のシチュエーションが引き出した心技体の揃った一刀がリオンの手に宿る。
間合いは互いに一刀一足。相対速度から回避は困難。たとえ防ごうと付喪神が宿るダガーごと脳天から断ち切って見せる。
その確信を以て振り下ろされる最高の一振りを前にしたレビィは、
「――ぁ」
ただ一歩、激烈な勢いで踏み込んだ。
その勢いに速すぎる、とリオンの目が驚愕で見開く。
恋華の置き土産、《身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ》。恋華のロストを条件にした強力なバフがリオンの目測を狂わせた。
「嗚呼あああぁああぁぁああああぁぁあぁッ――――!!」
喉も枯れよとレビィが叫ぶ。
あまりにらしからぬその姿、あまりにらしからぬその激情。尋常ならざる思いを籠めたダガーの刺突がリオンの胸元へ吸い込まれていき――、
爆裂。
紫電の輝きがレビィの視界を眩ませ、爆裂の衝撃が両者を無理やり引き剥がした。
なんという底力か。
リオンは自傷覚悟で騎士剣に宿ったライトニングを爆裂させ、無理やり互いに距離を取ったのだ。
凄まじいまでの粘り。試合会場に守善とヒデオ、二人の執念が鬩ぎ合う。
(――何故)
そして絶好機を逃したレビィは衝撃にゴロゴロと転がりながら一人自問する。
紫電に巻き付かれ、痛々しく焼け爛れた己の痩身すら無視して。
(何故、こんなにも、私は弱い――?)
かつてなくゆっくりと動く視界を捉えながら、レビィはボンヤリと考える。
Let it be。あるがままに。縮めてレビィ。
それでいい、と主は言った。
そうあれかし、と己は受け入れた。
(私は……主に甘えていた)
恋華の射殺すような視線でそれを思い知らされた。
レビィはエースだ。守善の懐刀でありファミリーの代表なのだ。誰よりも力を尽くし、戦果を挙げねばならない立場にいる。
だがそもそもの話をしよう。
(エースは私でなくてもいい――)
レビィが守善のエースを務めているのはただ最古参の一枚であり、比較的スペックが高いCランクであるからに過ぎない。少なくともレビィはそう考えた。
裏を返せばハヤテやB.B、あるいは恋華がCランクにランクアップすればそれでレビィはお役御免となる。
ホムンクルス、レビィはCランク最弱だ。エースとして据えるにはいかにも頼りない。デュラハンの鎧を纏い、攻防両面で安定した戦闘力を誇るリオンとは違うのだ。
自身は仲間たちがランクアップするまでのつなぎに過ぎない。
それでもいいと、レビィは思っていた。エースでなくても役目はある。主の役に立てるならば、と。
(――そんなはずがない)
だがもうダメだ。絶対にダメだ。少なくとも自分からは譲ってはいけない。エースであり続けるために全力を尽くさねばならない!
(だって、”託された”。みんなから、あの人から)
覚えている。いや、忘れられない。恋華の呪詛すら籠めた視線を。
きっと恋華は守善の”特別”になりたかったはずだ。レビィを焦がれるほどに羨んでいたはずだ。だけど恋華はその全てを押し殺してただ守善のために全てを捧げた。
レビィはその献身に応えねばならない。エースとして彼女に誇れる己であらねばならない。
(私は、強くなりたい。だから)
それがいまのレビィのLet it be。レビィが初めて抱いたレビィ自身の願いだ。
(いま、強く、ならなくちゃ――!!)
思えばこの決勝戦でレビィはどれほど貢献できただろう。
守善のユニークリンク、恋華の献身、付喪神の装備化スキルと当意即妙の援護。彼らに比べて自分はどれほどのことが成せたというのか。
その自覚から来る激情が積み重ねた経験や殺意と結びつき、レビィの中で先天スキルでも後天スキルでもない、第三のスキルが目覚めた――その名は《断末魔》。純粋なまでに研ぎ澄まされた殺意の結晶。
(なんだ――なにか――ヤベェ――これは、”死”――?!)
距離を取って相対するリオンの背筋に氷柱を叩き込まれたような悪寒が走る。”死”――原始的な恐怖を直接刺激する悍ましいまでの殺意を敏感に感じ取っていた。
(視える、リオンの”死”が――)
《断末魔》。末魔を断つ、即ち”死”。その本質は穿てば必ず死に至る絶対急所を見切る魔眼の発現である。
よく切れるが脆い。そう揶揄された非力な刃は最早いない。ここにあるのは敵の命脈を一息に断つ絶死絶殺の魔剣。マスターのユニークリンクをトリガーとした、いまはまだ不安定なレビィだけのスキルだ。
「――”死ね”」
「ッ、テメェが死、ねや――?!」
瞬間、レビィが踊るように跳躍した。
リオンも迎え撃つために一歩を踏み込もうとし――ガクンと力が抜け、体勢が崩れた。恐怖をトリガーに積み重なった疲労がその動きを縛ったのだ。
そしてこのランクの戦闘において一手のミスが致命傷となる。
(避ける――防ぐ――無理――死んだ――)
かつてなくリアルに迫る死の恐怖。せめて最後まで抗うと決めたリオンは顔が引き攣るのを堪えてレビィを睨みつけ、
「スマンな、リオン」
リオンを庇うように立ちふさがったヒデオの背中を見ていた。
「どうやら俺はもう一度”家族”を失うことに耐えられんらしい」
「ヒデオォッ!?」
ヒデオは強かった。強かったからこそ”家族”を切り捨てられなかった。
”死”の凶刃がヒデオへと迫る。その現実を拒むようにリオンは悲痛な声を上げるが、レビィは容赦なくダガーを振るい――パキン、とガラスが割れるように甲高い音が響いた。
魔道具の障壁がダガーの一撃を防ぎ、割れ砕けた音だ。
「ヒデ、オ……?」
安堵のあまり虚脱し、膝をついたリオンが呆然と呟きを漏らす。
ヒデオは一瞬だけ目を伏せ、無事な己とリオンを見ると晴れやかに笑った。
「参った! 俺の負けだ!」
会場全体に響き渡る堂々とした敗北宣言だった。
そして一拍間が空き、
『……け、決ッ着ゥッ!! 目まぐるしい攻防の果てに勝利を掴んだのは堂島選手! この数分間に果たしてどれだけのドラマが詰め込まれていたのか!? 優勝候補筆頭の志貴選手を退け、いま勝利の栄光を掴み取りました!』
千鶴の優勝宣言と、地鳴りのようなエールが会場に轟いた。
互いの死力を振り絞った名勝負に余計な嘴を差し挟むような者は最早誰もおらず……。世間に疎まれていた守銭奴が世間から受け入れられた瞬間だった。
「クソが、驚かせやがって……!」
眦に涙を滲ませ、憎まれ口を叩くリオンにレビィが近づく。
「私の”これ”が殺せるのは一度に一つ。あの時視ていたのはあなたの”死”。マスター・ヒデオがあなたを庇わなければ確実に殺していました」
「チッッッ!!! 俺を殺せなくて残念だったってか?」
「いえ、私は殺したいだけで死んで欲しいわけではありませんでした。正直に言えば少し安心しています」
盛大に舌打ちしつつ噛みつくリオンに穏やかに返すレビィ。ややサイコパスが入った台詞にリオンは顔を引き攣らせる。
だがため息を一つ吐くと差し出されたレビィの手をしっかりと掴み、立ち上がった。
「認めてやらぁ、お前らの勝ちだ――首洗って待ってろ」
「次も、負けません。あなたには、特に」
睨み合う二人。だがやがてリオンは勝者を称えるように握ったレビィの手を高く掲げた。
この試合で最も激しく火花を散らした二人のエースのやり取りに観衆からの歓声が一層大きくなる。
勝者も敗者も関係なく称える歓声を惜しみなく上げ、会場の熱気は最高潮に達した。
第X回学内冒険者新人王戦、優勝者――堂島守善。
【Tips】ユニークリンク
リンクを突き詰めていった先にある冒険者固有のリンク。冒険者におけるリンクの最終到達地点とも。
原作の『師匠』こと神無月翼曰く、『冒険者自身がスキルに目覚めるリンク』。自身の適合カードに冒険者固有の特殊効果を乗せるリンクとも言える。
例として原作より『自分の属性のカードの育成効率が飛躍的に上昇する』、『自分の属性のカードなら何枚でもフルシンクロできるようになる』、『自分の属性カード間で、スキルを一つカード全体が共有できるようになる』などなど。
ちなみにカイシュウの固有リンクはベルセルクに通常よりはるかに深く同調し、《狂気を纏う者》のメリットを伸ばし、デメリットを抑え込むもの。固有リンクを使用中ベルセルクは理性を失わず、加えて効果時間も大ダメージを食らわない限り大幅に延長される。また、固有リンクによる負担も比較的軽い。
つまり大ダメージを食らわない限り『MAX戦闘力1800かつステータス三倍、さらにフルシンクロで戦闘力二倍。『不滅』効果により生命力以上の攻撃を食らってもロストしない』の怪物をほぼノーリスクで運用できる。
一対一ならプロ冒険者すら抑えてカイシュウが冒険者部最強と呼ばれる由縁である。
なお作中における『短時間ならリオンがベルセルクと互角に渡り合える』とのコメントはシンクロ技術を抜きにした一般人向けの説明であることに注意。
デメリットは特にカードとの相性に左右される固有のため、『ベルセルク』なら何でもいい訳では無い。現在の手持ちベルセルクが現状確認できる世界で唯一の適合カードであり、名付けのために一刻も早い買い取りを希望している。
守善のユニークリンクの根源は『家族と力を合わせた逆転の一撃』であり、カイシュウのそれは『狂気に翻弄される自らの半身の力を最大限引き出す』こと。使い手の心象風景が色濃く投影されたリンクであり、類似するリンクはあっても厳密に全く同じリンクは存在しない。
※原作を読んだ作者の要約です。詳細は原作を参照してください。
※固有リンクに関わる戦闘力の数値について。
細かく詰めていくと非常にややこしく説明が難しいため作中ではふわっと説明しております。
参考としてレビィに全ての余剰戦闘力を振り分けた理想値を記載。
通常時:500×2(レビィ・フルシンクロ分)+450(付喪神装備化スキル分)=1450
固有使用時:500×2(レビィ・フルシンクロ分)+450(付喪神装備化スキル分)+900(付喪神余剰戦闘力)+380(恋華余剰戦闘力)=2730
参考:500×2(リオン・フルシンクロ分)+230(デュラハン装備化スキル分)+600(ベン・ニーア装備化分)+200(偽剣エクスカリバー分)=2030
注1:上記基礎戦闘力を元にスキルを使用するため向き不向きがあります。特に正面からの近接戦闘分野においてリオンとレビィの間には見かけの数値以上の格差があります。
注2:上記理想値を実行した場合レビィの許容限界を超え、ロストします。
初期デク君がOFAに耐えきれず内側からパーンとなるイメージ。ランクアップすると限界値が上がります。
【Tips】ユニークスキル
先天スキルでも後天スキルでもない第三のスキル。原作でも明かされている情報が少ない、謎に満ちたスキル。
恐らくは字義通り、各モンスターの資質や経験が結実した結果そのモンスター”だけ”が獲得することになった固有スキル。ユニークリンクと同様にそのモンスターの特徴を色濃く反映したスキルになると予想される。
原作においてはイライザの敵味方いずれかの汎用スキルを一つコピーする《マイ・フェア・レディ》が既出。
本作ではレビィの《断末魔》が該当する。
《断末魔》発動時に見通した末魔と呼ばれる絶対急所を断つことで防御や生命力、スキルに関係なく相手を即死させる、文字通りの意味で必殺技。主の障害を排除すべくレビィが研ぎ上げた殺意の結晶。
ただし守善のユニークリンクをトリガーとする、末魔を見通す精度が不安定、見出した末魔を寸分違わず断つ必要があるなど成立難易度は極めて高い。
※原作を読んだ作者の要約です。詳細は原作を参照してください。