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第四十話 決勝戦④


「御命、頂戴」


 極寒の殺意をリオンが察知する。その発生源は背後。一度目の奇襲に使われ、警戒がほんの少し薄れた方向からレビィが現れる。

 その手に握られた天秤の処刑刀――アンデッド(デュラハン)殺しの黒刀が鈍い光を放った。


(黒刀。マズイ、(デュラハン)が――!?)


 デュラハンは妖精属性とアンデッド属性を併せ持つ。アンチ・アンデッドの特性を持つ黒刀ならば亡霊の鎧を容易く貫くだろう。


「「――――」」


 自身が死地にあることを理解したリオン/ヒデオの視界から色が消え失せ、物体が動くスピードが鈍化する。極限状況下に置かれたことで引き出された超集中による時間感覚の鋭敏化だった。

 加えて《アイアンクラッド》による各種補正、かつて無いほどに調子がいいフルシンクロの恩恵も相まってレビィの動きが()()()()()()()


((これなら――))


 騎士剣による迎撃は間に合わない。回避は不可能だ。故に――肉を切らせて骨を断つしかないと、瞬時に結論づける。


(腕、を――)

(――差し出した!?)


 守善とレビィが困惑の思念を交わした一瞬後にグチャリ、と肉を裂く生々しい音が響く。心臓に突きこまれる軌道にあった黒刀へリオンは躊躇せず左腕を差し出し、貫かれた。

 そのままの勢いで突き出された刺突が心臓を狙う。が、貫かれた左腕を強引に振り払うことで無理やり軌道を逸された。

 なんというデタラメか。


()った、ぞ……!」


 挙句の果てに黒刀が貫いた筋肉をミシリ、と隆起するほどに力を込め、振り払う勢いで強引に手放させた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()無茶苦茶な奪刀術だ。


「主が主ならカードもカードかっ!?」

「正気を問うなよ、互いにな!」


 まともな脳味噌の持ち主なら思いつきもしないデタラメに守善が悪態をつく。予想だにしない凌ぎ方を見せ付けられ、完全に思考が止まる。

 動揺で目を見開き、動きの留まったレビィをリオンが前蹴りで蹴飛ばして距離を取る。素早く右腕の騎士剣を床に突き刺すと、黒刀を左腕から引き抜いて捨てた。


「リオン、()()!」

「あいよっ!」


 ほぼ同時にヒデオがミドルポーションを遠投。勢いとコントロールが両立したパスを見事にキャッチ。そのまま強引に容器ごと握りつぶし、負傷した左腕に直接ポーションを振りかける。見る間に傷口から血が止まり、肉が盛り上がっていく。全治数ヶ月の重症も治す霊薬がリオンの負傷を即座に癒した。ただし傷ついたデュラハンの鎧だけはそのままだ。


「化け物が!」


 渾身の反撃が強引だが見事に凌がれた。その事実に守善が悪態をつく。

 無理無茶無謀を地で行く勝機と思えない発想力、当意即妙のコンビネーションを即座に実行したフルシンクロの技量、負傷に怯まずフルシンクロを維持し続ける精神力。化け物と罵られるだけのデタラメであり無理無茶無謀だった。


「下がれ、レビィ!」


 少なからずリソースを切った絶好の一撃が見事に()かされた。

 体勢を立て直すためにレビィを下がらせ、代わりに新たに召喚したヨモツイクサをリオンにぶつける。時間稼ぎにはなるはずとの算段をもとに。


「ヒデオ、()()()()

「――承認する。頼む、()()()()()()


 対してヒデオ達は最後の切り札の投入を決めた。

 極めて強力な分代償もまた大きいその切り札はマスターの承認を以て使うと彼らは決めていた。


「はいは~い。リオン、()()()()()()()()()()()()?」

「ハッ! 殺れるもんなら殺ってみろよ、()()()


 あなたが死んだら寝酒が不味いし、と戯言を零すベン・ニーアにリオンが鼻で笑って挑発する。互いが互いを認めあう不敵な笑いを一つ、零れた。


「私の愛は呪い。私の愛は祝い。さあ、血塗られた運命を纏いなさい」


 バンシーの上位種族、ベン・ニーアがその固有スキル《血を以て血を洗う》を発動し、リオンの総身から不吉な赤黒いオーラが溢れ出る。醸し出す雰囲気に危険な気配が混じり、その重圧(プレッシャー)が爆発的に上昇していく。

 デュラハンの装備化と偽剣エクスカリバーの底上げで既に戦闘力1000近いリオン。ここへさらにベン・ニーア自身の戦闘力に等しい約600の戦闘力が追加で上乗せされた。

 合計戦闘力は1500オーバー。Bランク中堅クラスのMAX戦闘力に等しい。付喪神を装備したレビィですら戦闘力はCランク最上位の950。

 比較すれば文字通り、(ランク)が違う。


「ま、さか――」

『これは、一体!? 志貴選手のホムンクルスが異様な雰囲気を纏っています!?』

『ベン・ニーアの装備化スキル《血を以て血を洗う》。それも激レアな『呪い型』――分かりやすく言えば、今のホムンクルスなら俺のベルセルクとも正面から殴り合える。時間制限付きだがな』

『Bランクのベルセルクとッ!? それマジなのカイシュウさん!?』


 ベン・ニーアとは『洗う女』を意味し、バンシーと同じ『不吉の先触れ』だ。彼女が洗う血塗れた装束の持ち主は遠からず死に至る運命にあるが、命は死の間際にこそ最も輝く。

 故にベン・ニーアは恐ろしく稀少(レア)な『呪い型』の装備化スキルを持つ。

 その特性はハイリスク・ハイリターン。常時装備化対象の生命力と魔力が失われ、さらに使用中回復魔法を受け付けず、また戦闘終了まで解除できないという三重苦。

 だからこそそのリターンは凶悪無比。ベン・ニーア自身の戦闘力を全て加算し、装備化スキル以外の先天スキル一つと、すべての後天スキルを共有。さらにデュラハンのような『憑依型』と異なり、ベン・ニーアと装備化対象は別行動が可能だ。


「消えろ、有象無象――ライトニング」


 詠唱完了。無造作に構えたリオンの右手から紫電の閃光が迸り、迫り来るヨモツイクサの群れを一息に飲み込み、あっさりと消滅させた。《魔法剣》や各種バフを用いない、素の砲撃で。


「化け物が!」


 純粋なスペック差で十数体いたDランク眷属が一瞬で消し飛ばされた。ヨモツイクサが壁にすらならない。

 さっきと同じ言葉をまた別の意味を込めて吐き捨てた。


(レビィで抑え――無理だ、スペックが足りない……受け損なえば一太刀でグチャグチャだ)


 例えるなら薄くよく切れる日本刀と超重量のバスタードソードをぶつけ合うようなものだ。切れ味で勝ろうが圧倒的な質量で押し潰される。そして担い手のヒデオの腕は名手と言っていい腕前。

 状況は限りなく詰みに近い。ここから勝ち目を見出すにはリオンという超抜級戦力に対抗できる戦力が必要だ。


(勝ち目……、勝ち目は……………………)


 無い、と。

 頭の中で可能性を総ざらいして結論を弾き出しかけ、咄嗟に否定する。


(ダメ、……か。いや、まだ――まだ、()()が……)


 諦めかけた。それでも諦めきれず、ありもしない()()を探そうとして、


「そろそろ終わりか?」

「ああ、あの堂島とかいうのも頑張ったけど今年の優勝はあいつで決まりだな」


 ()()()、とその耳に入り込んでいく言葉がある。


「なんだよ、あの化け物。そこまでやるかって感じ」

「Bランククラスのモンスターとかモンコロでもそう見ないぞ」

「戦力差が完全にイジメな件。流石にドン引きだわ」

「前からあいつのこと気に食わなかったからむしろいい気味」


 会場の歓声は九割以上がヒデオのものだった。ベビーフェイスとヒールの対比では無理もない。

 そこに加えてヒデオを応援するのではなく声高に守善を攻撃する声があった。かしましく、耳障りなコメントを皮切りに自身に向けられた悪意に塗れた言葉が豪雨のように守善へ叩きつけられる。

 全てが全て()()ではない。だが守善の弱りかけた心にはそんな悪意に満ちた言葉ばかりが耳に届いた。


「ダセェ……」

「結果が全て。世の中キビシーからな」

「あれだけ大口叩いて負けとか自殺ものだろ」

「俺なら恥ずかしくて二度と大学に顔出せねえよ」

「無様過ぎて超ウケる」

「ザマァってかメシウマな気分。こりゃ一生ネタに出来るな」


 元より新入生が絶望した顔が好みという層が一定数いる大会である。どれだけの名試合だろうが無神経で悪意的な外野が茶化し、野次を飛ばすのは防げない。一つ一つの声は小さくても集まればひと一人を押し潰すのに十分な悪意となる。


(なにを、気を取られて……こんな雑音、無視すれば)


 人は人、我は我。勝つも負けるも自分の責任であり、そこに他者が入り込む余地はない。故にと愚考し、周囲からの評価に無頓着、いや無神経ですらあった守善(愚者)

 平時は雑音と切って捨てた悪罵が、奇しくも千鶴が予言した通り最悪なタイミングでその愚かさに牙を剥いた。


(勝てない、のか)


 思考がネガティブな方向に傾く。

 事実として勝ち目が見当たらない。可能性の欠片すら思いつかない。悪意が弱った心に染み込んでいく。


(俺じゃ、ヒデオに勝てないのか)


 薄々と分かっていたことがある。

 ヒデオは”強い”。単純な腕っぷしではなくその心根こそが強い。


(俺と奴は、”違う”……から)


 そうと思ってしまった守善の脳裏にヒデオと交わした最後の会話が過ぎった。




 ◇◆◇◆◇◆◇





 そ準決勝直前、廊下でバッタリと出くわしたヒデオは守善の過去を立ち聞きしてしまったたことを告白。その負債を払うように自らの過去を語り始めた。


「俺もガキの頃、家族を()()亡くした。第二次アンゴルモアだ」


 第二次アンゴルモア。薄暗い廊下にふさわしくない物騒な単語だ。

 全世界同時多発的に発生したモンスター氾濫(フラッド)。日本では自衛隊が高ランク迷宮からモンスターを食い止める内に収束し、被害は比較的小さく済んだという。

 だがあくまで比較的だ。被害者の絶対数は当然膨大であり、ヒデオの両親と妹もその中に含まれていた。


「だから俺は少しだけお前の気持ちが分かると思う。……止まれんよな。何に代えても」

「……ああ」


 守善もまた妹、藍以外の家族を亡くした。彼らが言う”家族”は余人には計り知れない程に重い。


「家族を亡くした。だが新しい家族を得た。俺は二度と同じ轍を踏むつもりはない」


 懐からリオン達のカードを取り出す。彼らに向ける眼差しはなんと優しいことか。

 だが彼らは同時に心無い人間(マスター)の被害者でもあった。


「俺は政治家になる。アンゴルモアを止め、モンスター虐待問題を解決できる政治家だ」

「政治家? 本気か?」


 全く予想だにしていなかった決意宣言に素直に驚く。だがヒデオはむしろ穏やかな声で肯定した。


「もちろん。元プロ冒険者の政治家志望。修羅場を潜り抜けたタフな男。冒険者全盛のご時世だ。国政に携わる政治家には一人くらいはそんな変わり種がいてもいいとは思わないか?」


 もちろん下積みは相当長くかかるだろうがな、と苦笑するヒデオ。


「お前にも協力してほしいと思ってる。もちろんこの大会とは別に。手が空いた時にでも、な?」

冒険者(オレ)を第一に優遇する政策を掲げろ。それが条件だ。決勝は別だがな」

「ああ。むしろ望むところだ」


 守善は藍の治療のため、ヒデオは新たな家族のため。

 協力を約しつつも、彼らはそれぞれの理由でこの大会で勝たなければならない。そこに余分な事情(モノ)を差し挟むのは彼らが望むところではない。


「話が出来て良かった。決勝戦のリングで待っていろ。俺もすぐにそこへ行く」


 そう言って背を向けるヒデオ。去っていくその背中を見ながら、思う。


(俺はアイツに……勝てるのか?)


 堂島守善は家族を喪った日を思い出す。

 ギリギリだった。

 妹が、藍が残っていたからギリギリで”兄”でいられた。全てを失い、空っぽにならずに済んだ。目的にしがみつく気力が得られた。

 だがヒデオは違う。

 一度は本当のドン底にまで落ちた。家族の全てを喪った。空っぽの自分に新たな夢を詰め込んでその上でここまで這い上がってきた。その悲しいまでの強さを守善は痛いほどに理解できる。


(アイツは絶対に諦めない。比喩抜きに、絶対。俺とは、違う)


 避けられない敗北を前に折れかけた今だからこそそれが分かる。

 結局のところ堂島守善はリンクの資質を除けば強気と虚勢で自身を鎧っているだけの凡人だ。自分と誰かを見比べて劣等感を抱く凡夫。

 心がくじけ、諦めそうになり、俯いた時。己を奮い立たせて立ち上がる者を勇者と呼ぶのなら――堂島守善はどこまで行っても凡人だ。


【種族】ベン・ニーア

【戦闘力】600(190UP!)

【先天技能】

 ・禍を転じて福と為す:自身や主から不運を逸し、敵対者に押し付ける。敵の災いは時として己の幸運となる。状態異常付与にプラス補正。

 ・血を以て血を洗う:ベン・ニーアが洗う血塗れた死に装束の持ち主は遠からず死に至る運命にあるが、命は死の間際にこそ最も輝く。高等クラスの装備化スキル。他のカード、あるいはマスターを呪詛することで、自身の戦闘力を加算させることができ、また自身の持つ装備化スキル以外の先天スキル一つと、すべての後天スキルを共有する。このカードは装備化対象とは別行動が可能。強力な効果の代償に常時「装備化対象の」生命力と魔力が失われていく。このスキルを使用中回復魔法を受け付けず、また戦闘終了まで解除できない(カードに戻した場合強制的に解除されるが、暫くの間再召喚できない)。

 ・中等状態異常魔法

 ・中等攻撃魔法


【後天技能】

 ・泣き虫:気が弱く、涙もろい。状態異常付与にややプラス補正。

 ・酒乱(泣き上戸):異常に酒を欲しがるが、いざ飲めばひたすら泣き続ける。ステータスが半減し、実質的に戦闘ができなくなる。稀に反動からか異常に攻撃的になり、ステータスが極めて大きく上昇する。

  →:御神酒上がらぬ神はなし(CHANGE!):霊酒系アイテムを飲むことでステータスが大きく上昇する反面、酔いが醒めるとステータスが低下する。酒を飲みすぎず、飲んでも我を忘れなくなる。

 ・中等補助魔法

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[良い点] こいつはごっつい状況だぜ [気になる点] そりゃ……『常に張り詰めた弓』し続けていれば何時かはバキリと折れちまうわな [一言] 守善を理不尽(?)に侮辱した皆様……一年ちょい後の地獄でせい…
[一言] 次の展開予想 守善が自分の寿命10年削ってカードのステを爆発的に上げるユニークリンクに目覚める・・ (さすがにハードルあげすぎか?)
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