第三十八話 決勝戦②
決勝戦の立ち上がりは定石通りの行動から始まった。
即ち、奇襲と防御。
スローイングナイフの投擲と中等攻撃魔法、ライトニングがそれぞれのマスターを狙い、異なる軌道を描いて飛翔する。
瞬く間に迫る攻撃を前にそれぞれのガード役がマスターを背に庇う。そして、
「「シールドバリアッ!」」
鏡合わせのように生み出された2つの半透明の壁がダガーと雷撃を防いだ。
所詮小手調べ。当たり前のように防がれた結果に頓着せず、二人は同時に動き出した。
「レビィ、ヨモツシコメ」
「はい、主」
「は、はぃぃ……」
守善が。
「リオン、ベン・ニーア」
「おう!」
「はぁい」
ヒデオが。
「叩き潰せ/斬り開け」
作戦通りに行くぞとカード達に呼びかける。
「ぃ、行って! みんな!」
「ダガーを複写。供与します」
召喚された十数体のヨモツイクサが次々とコピーされたダガーを見事にキャッチ。古代の戦装束を身に纏う死せる軍勢が現代的なダガーを片手に戦場へと躍り出た。
影写しのダガーは魔道具としては低級だが装備すれば攻撃のステータスが20は上がろうか。勝利を手繰り寄せるための小細工だ。
「わぁ、あんなに一杯……面倒くさそ~」
「後ろ、任せるぞ。泣き虫」
「は~い。お任せあれーっと」
対し、ヒデオ達はまず距離を詰めようとするヨモツイクサへ遠距離攻撃を開始した。
リオンのライトニングがヨモツイクサを纏めて三体ほど串刺しにし、ベン・ニーアのマジックウェブが先頭に立つヨモツイクサを絡め取り、転がした。障害物の存在に全体の足が鈍る。
そこへ更に魔法を連続して投射していく。あっという間に呼び出された十数体のヨモツイクサが半壊。持ち主が消えたダガーが無造作に床に散らばった。
「次だ」
「は、はぃッ!」
鮮やかな蹂躙劇。だが守善に動揺はない。既にヨモツイクサの第二陣が兇猛な勢いで前線へと殺到していた。
ヨモツイクサを一度に十数体召喚する《招来黄泉軍》。ヨモツシコメがDランク最強と呼ばれる由縁だ。
『強い、凄い! みるみるうちに試合会場をヨモツイクサが覆い尽くしていきます! Dランク最強モンスターの称号は伊達じゃなーいッ!?』
『実際強い。使いこなせればな。大概は見かけとそれ以上に強烈な瘴気で拒絶反応が出るんだが……何かの後天スキルかね。ともかく見事にヨモツシコメを使いこなしてやがる』
醜悪な見かけに反する強力な戦力。その強烈なギャップがヨモツシコメの味と言える。
大多数に使いこなせないマイナスポイントは乗り越えれば利点に変わる。どれだけ醜かろうとあの強力さは冒険者にとって魅力的だった。
”強い”ことは誰もが認める価値だ。当初、その醜さを忌避していた観衆かも少しずつポジティブな声援へと変わっていく。
「やるな。頼む、リオン!」
「ヘッ、待ちかねたぜ!」
リオン、参陣。今大会最強の呼び声も高い、ヒデオのエースが大剣を担いで驀進する。
距離を開けての魔法攻撃から一気に最前線へと躍り出た。
「遅ぇッ、欠伸が出るぜ!」
殺到する群れの中に飛び込み、草を刈るように薙ぎ払う。
レアスキル、《魔法剣》。手に持つ大剣にライトニングを纏わせ、切れ味を飛躍的に引き上げた斬撃がヨモツイクサを一刀で斬り伏せた。屈強な肉体を輪切りにされたヨモツイクサが光になって消え失せる。
目を引くのはその手に握られた無骨な騎士剣。分厚く頑丈そうな両刃の剛刀、飾りのないシンプルな柄と鍔。デュラハンの漆黒の鎧とは雰囲気が異なる、どことなく清冽な気配を持つ白銀の刀身だ。
「その剣……まさか魔法具か?」
「偽剣エクスカリバー。偽りでも王者の剣。その頑丈さは折り紙付きだ」
偽剣エクスカリバー。刀剣系魔道具の一種。偽剣と付く通り本来の聖剣エクスカリバーとは別のアイテムである。Aランク相当の真作より二段は格が落ち、装備することで戦闘力が約200程増加する以外はケレン味のない頑丈な騎士剣に過ぎない。
「消し飛べや、有象無象」
刀身に込めたライトニングを振るう斬撃に合わせて爆裂させる。
リオンを中心にした全方位に雷撃が放射状に迸り、包囲しようとしたヨモツイクサを一瞬で撃滅した。
その手に握られた騎士剣の輝きに一片の曇りもなく、《魔法剣》の負荷をものともしていない。
「鬼に金棒……いや、ゴリラに棍棒か?」
これまでのリオンは《魔法剣》を多用しすぎれば得物の大剣の方がついていけないという弱点があった。その弱点を偽剣エクスカリバーによって埋めてきたのだ。
口さがない者は偽物、パチモノと罵る偽剣エクスカリバーだが、純粋な刀剣としての評価はむしろ高い。頑丈、頑強、質実剛健なる騎士の剣だ。
「誰がゴリラだテメー。脳天叩き割るぞ」
「ゴリラじゃなきゃ石器時代の蛮族だろうが。文明的なうちのレビィを見習え野蛮人め」
「おう、”それ”だよ」
チャキ、と大剣を構えて真っ直ぐにレビィへと突きつける。
獅子の心を秘めた瞳は爛々と戦意に燃えていた。
「生憎とこのままキレの悪い小便みてーな攻勢にダラダラ付き合うつもりはねーぜ? 出てこいよ、レビィ――決着、つけようぜ」
同じホムンクルス、そしてエース。意識せざるを得ないものがあるのか、リオンは燃えるように笑っていた。牙を剥く肉食獣のような笑みだった。
「……主」
「ご指名だ。やれるな?」
対するはレビィ。静かに放射された殺気が会場の空気を冷え込ませる。リオンとは対照的。氷でできた懐剣のような研ぎ澄まされた殺意だ。
「はい、主の指示ならば」
「なら――殺せ、レビィ」
「御意のままに」
冷厳なる殺害宣言とともにレビィが動く。
投擲八閃。
片手に四つ、両手で八つ。指の間に挟んだダガーを強烈な勢いで投擲。どれ一つとっても同じ軌道を描くことなくリオンを切り刻まんと空を翔ける。巧妙に操作された、対処に二手三手が必要とされる軌道だ。
「チッ、しゃらくせぇっ!」
大剣を二度振るって四つのダガーを叩き落とし、残る四つはデュラハンの鎧で弾き返す。全身甲冑の強み、圧倒的な防御力だ。
それでも多少なりとも衝撃は突き抜けている。鎧を纏っていようと石を投げられれば痛い。それと同じだ。
「腕を上げたな、レビィ。あの穴蔵に潜った時とは別人だぜ」
「それはリオン、あなたも」
言い合う間も互いに振るう斬撃が交差する。
リオンの大剣とレビィのダガーの刃が噛み合うも均衡は一瞬。すぐに華奢なレビィが弾き飛ばされる。戦闘力は同程度でも力比べなら膂力と防御にステータスを多く割り振ったリオンの方が有利なのだ。
(膂力と頑丈さにプラス、ホムンクルスのテクにスピード。速さだけはレビィが勝ってるが、総合戦力ならあっちが上だな。今大会最強エースってのは伊達じゃない)
加えて戦闘技術と反射速度も高い水準で装備している。
ダガーを叩き落とす一瞬に距離を詰め、己の首筋を狙った真正面からの不意打ちに、リオンは見事に対応してみせた。
「が、こっちはレビィだけじゃないぞ?」
そこにヨモツイクサの第三陣が乱入する。リオンをレビィで抑え込みながらも一対一は避け、有利な乱戦に持ち込む狙いだ。
「ウゼェ! 今更有象無象の出番はねーよ! お前も手を貸せ、泣き虫!」
「泣き虫じゃないです~! ちょっとたまに割と情緒がぐちゃぐちゃになっちゃうだけです~!?」
撃ち、絡め、斬り裂き、殴り倒す。
賑々しくも華やかにヨモツイクサを魔法と剣技で殲滅していく二体の女の子モンスター。もちろん守善も黙って見過ごすつもりはない。
「ヨモツシコメ」
「ぁい……ブーストアップ:アタックパワー」
「援護、感謝します」
レビィの肉体に一時的だがリオンにも負けない膂力が宿る。
中等補助魔法、ブーストアップ。攻撃力、防御力、敏捷等各種ステータスを一つ選んで強化できる補助魔法だ。
牙吟、と二人のエースが再び刀身をぶつけ合い、鍔迫り合う。刃と刃が絡み合い、ギチギチと唸り声のような戦声を吟じた。
「いい力入ってんじゃねぇか! やっぱ殺し合いはこうじゃねえとなぁ!」
真正面からの力比べというシチュエーションが好みなのか、黄金のざんばら髪を獅子のたてがみのように振り乱し、リオンは獰猛に笑った。
「お、おぉぉ、オオオォォラァァッ!!」
メキリ、とその肉体にさらなる力が宿り、拮抗したはずの力比べでレビィを弾き飛ばす。軽功卓越、軽業師の如き身軽さで体勢を立て直すレビィ。
「なるほど、単純に強い」
華奢で非力なホムンクルスとは思えない力技。真っ直ぐに長所を伸ばしたレビィと真逆、短所を鍛錬で叩き潰した挙げ句に長所も生かした育成が多少の無茶を押し通す。
加えてフルシンクロを得意とするヒデオは単体シンクロ率99%を長時間安定して継続できるタフネスの持ち主。リオンとの相性は抜群でほぼ一試合フルタイムでフルシンクロを使い続けた実績すらある。
(とはいえ……ヒデオ、分かってんな?)
(無論。腕力勝負で勝った程度で大人しくなるような奴らじゃあるまい)
(だけじゃねぇ。眷属どもがウゼェ。今は余力があっからいいけどよ、このままじゃ埒が開かねぇぞ?)
前衛、後衛。双方比較して極端に大きな差はない。諸々勘案して形勢は若干ヒデオ有利だが一息に押し込めるほどではない。勝敗の天秤はまだどちらにも振れていない。
だが無限召喚されるヨモツイクサの存在が後々になるほど響いてくるはずだ。今は殲滅速度が勝っているが、余力が切れる後半になるほど苦しくなる。
「ならば埒を開けに行くとするか」
「そう来なくちゃなッ! やるぞ、ヒデオ!」
ダラダラと削りあいをしても不利になるのはヒデオの側。彼らはそうと悟って早々に短期決戦を選択した。
バチバチと魔力がリオンの総身から迸る。ただならぬ圧力に守善も自然と気を引き締め、会場の観衆が息を呑む。
(”アレ”は使うか?)
(いや、あちらも手札を隠しているはず。今はまだ切り札の切り時じゃない)
(りょーかい! ンじゃ程々の力加減で――ブッ殺す!!)
確認を一つ終えるとリオンから迸る魔力がどんどんと濃密になっていく。大技を放つ前兆だ。
魔剣・雷鳴散華。
周囲からのバフはないがデュラハンによる戦闘力底上げ分も差し引きしてやや抑えめというところか。かつて巨大なレギオンを半滅させた大火力の魔剣を――、
「だぁらっしゃああああっ!!」
前線に飛び込んで無茶苦茶に振り回す!
大電力の雷電をチャージした騎士剣は派手に紫電を放ち、触れれば雷電が肉を焼き、刃は命を容易く刈り取る。当たるを幸いとばかりに振り回される死神の鎌がヨモツイクサの群れを薙ぎ払っていく。
押し込んで、押し込んで、押し込んで。
斬り伏せたヨモツイクサの数が二十を超えた頃に、騎士剣に大魔法を留める限界が来た。迸る紫電の密度は明らかに増し、今にも手綱を失って暴走を始めそうだ。
残る眷属の数は十残るかと言ったところ。
「レビィは隠れたか。逃げ足の速い奴」
仕方ない、と両の足で床を踏みしめて大火力砲撃を撃ち放つ体勢を整える。
レビィと斬り合いながら雷電を爆裂させられれば最善だった。だが眷属の影から牽制のダガーを放つばかりで物騒な凶器を振り回すリオンには近づきすらしなかった。異様に用心深い。
(速くて鋭い。だってのに恐ろしく影が薄い。油断すれば喉を掻っ切られるのはこっちだ。ヨモツシコメとのシナジーがエグすぎてヤベーな)
今もヨモツイクサの群れに隠れ、その姿は見えない。だが凶猛な戦人の殺気に氷でできた懐剣のように透明な殺意が紛れ込んでいる。リオンですら油断すれば喉頸を掻き切られかねない。
「ならマスターごと消し飛びやがれ――ッ!!」
リオン、ヨモツイクサ(引いてはレビィも)、そして守善とヨモツシコメが一直線に並んだ。纏めて大火力砲撃で始末する好機!
バチバチと迸る雷電は勢いを増し、今にも器である騎士剣から溢れ出そうだ。その手綱を一度強力に引き絞って収束――その一瞬後に制御を手放し、今度は怒涛の勢いで雷電を撃ち放った。
轟雷が大気を震わせ、のたうち回る紫電の大蛇がいま牙を剥く。