第三十七話 決勝戦①
学内冒険者新人王戦、二日目。
準決勝第一試合、第二試合及び三位決定戦が終了した。
三位は芹華・ウェストウッド。冒険者部部員を順当に下し、ライバルたちとともに表彰台の上に立つ権利を奪った。
後は、
『これより学内冒険者新人王戦、決勝戦を開始します!』
最後の戦いを残すのみ。
『まず登場したのは堂島守善選手! そのキャリアは僅か三ヶ月、しかしその実力を私達に存分に見せつけてくれました! ここまで温存していたCランクカード二枚を手札に加え、ベストメンバーで挑みます! 冒険者部の牙城を打ち崩すことはできるのか!?』
歓声が鳴り響く。
決して狭くない会場は数多の観客で満席に近く、そのボルテージは刻一刻と高まっている。
三位決定戦の熱が残っているのだ。負傷したレブレの代わりにブラッドをメインに据えた速攻戦。短くも息も詰まるような攻防の末、芹華が勝利をもぎ取った。
三位決定戦でこれなら決勝戦はどれほどのものか。観客は激闘への期待、そして初となる冒険者部外の優勝者が誕生するのでは、とざわめいていた。
『対するは志貴英雄選手! 冒険者部期待のホープにして優勝候補筆頭! エースのホムンクルスとその鎧であるデュラハンは今大会最強の呼び声も高い強豪モンスターです! さらにここまで温存した隠し玉も登場! 決勝でも遺憾なくその実力を発揮するのか!?』
決勝戦にふさわしい煽り文句に観衆の期待感も否応なく高まっていく。
『それでは両者、召喚してください!』
守善が召喚するはエースのレビィ、その手に持つダガーに密かに宿る付喪神、そして後衛のヨモツシコメ。
レビィはダガー、夜魔の外套、アンデッド殺しの処刑刀で武装している。一度の起用で魔道具の使用回数を三つも食い潰すコストの重さがレビィを決勝戦まで温存した理由の一つだ。
『なんたる偶然! 堂島選手が召喚したのも志貴選手と同じホムンクルス! 奇しくも決勝は同種族対決となりました! さらに後衛にDランク最強とも噂されるヨモツシコメを迎え、万全の体勢で望みます! しかし三体目の姿が見当たりませんが……』
『何かのスキルで隠れてるのかもな。まあ、試合が進めば分かるだろ』
(付喪神は知っているだろうに、わざとらしいと思うのは選手本人だからかね)
実情を知る者として思わず苦笑する。事前申告しているのだから付喪神の起用は運営側の二人なら知っているだろうからあえての言動だろう。その情報がヒデオの側に流出していないかは少しだけ気になるが……問題はない。
ヒデオはそういう裏工作を嫌っていたし、守善としても結局はどちらでもいい。知られているつもりで戦うだけだ。
『そして志貴選手は当然のようにエースのホムンクルスとデュラハンを召喚! 勇壮な騎士甲冑が麗しい! 会場の女性陣に大人気です! さらに召喚したのはここまで温存していたCランクカード、ベン・ニーアです! Cランクが三枚揃い踏み! モンコロでも早々見ない強力な布陣だぁーッ!?』
(ベン・ニーア……知らんな。バンシーに似てるが、状態異常付与スキル持ちか? 何故決勝で使う?)
酷くダウナーな雰囲気の、ヒラヒラした緑の服に長い黒髪を振り乱した女の子モンスターだ。もしかするとゴーストをランクアップさせたのか。
ベン・ニーア。モンスターにも詳しい守善も聞き覚えがない。かなりレアかマイナーなモンスターだろうが、何故決勝で起用したのかは気になるところだ。
(ヨモツシコメのイミュニティがあれば大概の状態異常は弾ける。よほど強力なスキル持ち? それにBランクモンスターは俺の勘違い? いや、考えても仕方ない)
思考を回し、すぐに中断する。いま考えても答えは出ない。
気を取り直して試合前の舌戦がてら口を開いた。
「随分と羽振りがいいな、ヒデオ。Cランク二枚はどこから手に入れた?」
と、皮肉げに問いかける。
ヒデオの新たなカード、デュラハンとベン・ニーア。どちらもそう安くはあるまい。
「蓄えはあったからな。とはいえそれでも美品のCランク一枚が精々だったが」
「つまり、そいつらは」
「ああ、察しているかは知らんが傷モノだ。『臆病』なデュラハンに『泣き上戸』のベン・ニーア。中々手がかかったが……」
《臆病》。戦闘を極めて忌避し、戦闘時にステータスが実質半減するマイナススキルの代表格。
そして《酒乱(泣き上戸)》。異常に酒を欲しがるがいざ飲めばひたすら泣き続け、挙句の果てにステータスが半減するマイナススキルだ。なおたまに爆発して一時的にステータスが倍増するが、扱いの難しさから利点とは言い難い。
どちらもカードの資産価値に大きな傷が付く。お値段半額にしてもお得とは言えるか微妙なレベルで厄介なスキルだった。
「どうにか戦える程度には仕上がった。急ごしらえなのは否めんがな」
それらマイナススキルをこの短期間でどうにかしてみせたと豪語するヒデオに玄人、特に冒険者の観客から驚きの声が上がる。マイナススキルの解除はスキル取得と同様簡単ではないのだ。
だが守善は疑わなかった。ヒデオは嘘を言う輩ではないし、詳細はさておき《心神喪失》すら解除してみせたというならマイナススキルの解除に一家言あってもおかしくない。
「ヒ、ヒデオさん。あの怖そうな人と戦うの?」
「ああ。頼りにしているぞ」
「……やだぁ。なんで私がこんなキラキラした場所で立ってるのかも全然分かんないのにぃ……」
ダウナーな雰囲気のベン・ニーアが全力で後ろ向きな発言をしながら涙目でプルプルと震えている。アルコールが切れて離脱症状が出ているアルコール依存症患者のような雰囲気だった。
「そう言うな。ほら、お供え物だ」
と、ヒデオが懐から取り出したのは小さな陶器の壺。真っ白で滑らかな質感の陶器に蓋が被せられ、赤い紐で固く封じられている。
「――お酒っっっ!!」
それに文字通り飛びついたのがベン・ニーア。
ヒデオの手から素早く壺を掻っ攫い、封を解く。小さな壺から馥郁たる香りが溢れ出し、距離があるはずの守善にも届いた。ただの酒ではない。魔道具だ。
魔道具、御神酒。神に捧げる神饌であり、神・妖怪系カードは飲めばステータスが上昇する。また種族によっては投げつけることで破魔の効力を発揮するありがたいアイテムだ。
なおベン・ニーアは妖精系カードのためどちらの効果も適用範囲外である。
「美味し~! 私、お酒だぁ~いすきっ! あ、マスターもどーぞ一献。美味しいよ?」
満面の笑顔でホウと美味しそうに、楽しそうに御神酒を頂くベン・ニーア。
頬はほのかに赤く色づき、目尻は緩く垂れてそこはかとなく押し倒したくなるような隙をさらけ出す。言動に目を瞑ればなんとも色っぽい風情であった。
「いや、遠慮しておく」
「え~……。一人で飲んでも美味しくないのにー。しょーがないから預けておくね。勝ったら一緒に飲も? ね? ね?」
「勝ったらな。勝ったら」
カパカパと酒壺を傾けるベン・ニーアだが、最後の理性を振り絞って残った分をヒデオに預けたあたり、ギリギリで抑制は聞いているらしい。
妙な色気を漂わせた流し目をヒデオに送っているのを見るとあちらの人間関係は中々複雑であるらしい。リオンが泰然としているのが救いか。
「要するに酒がそいつのキーアイテムか。上手くマイナススキルを昇華させたな」
「流石にバレるか。《御神酒上がらぬ神はなし》、知ってるか?」
「鬼神系モンスターがよく持つアレか」
酒、特に霊酒系アイテムを飲むのを条件にステータスが上下するスキルだ。飲酒によるデメリットを抑え、ステータスが上昇する反面酔いが醒めるとステータスが低下するという一長一短がある。
守善もマイナススキルを昇華させた経験はあるが、一週間という短期間でのそれは驚異の一言。が、同時に朗報でもあった。マイナススキルの解除に集中していたなら戦闘力の成長は恐らく最低限のはず。
「そしてデュラハンの《臆病》はリオンの《獅子の心臓》で抑えるわけだ。が、そのデュラハン単独行動は不可と見たが、どうだ?」
《獅子の心臓》。勇気の象徴であるライオンハートを冠するスキルだけあり、自身及び味方全体に高倍率の精神状態異常耐性及び士気の向上が発生するレアスキルだ。自身を中心に効果を伝播させていくタイプのスキルであり、その性質上リオンに近いほど効果を発揮する。
「手の内を知られているのは中々厄介なものだな。まあ元から隠すつもりもない。お前の言うとおりだ」
苦笑一つであっさりと頷くヒデオ。装備化スキル持ちがマスターのガード不可というのはそこそこ重要な情報なのだがまるで頓着した様子がない。デュラハンをリオンの強化パーツとして割り切っているのか。
となればガード役は残るベン・ニーアが受け持つのだろう。
「そちらの仕上がりも悪くはなさそうだ。そのヨモツシコメ、前に見た時とは別人だな」
「まあな。戦闘力はMAXまで育成済みだ。そちらのカードにもそう引けは取らん」
「一週間で、か。つくづく例の『棺』はインチキだな」
ヒデオの問いかけにそう断言する。守善の言葉に応えるようにヨモツシコメはピンと背筋を伸ばし、胸を張った。
腐乱死体さながらの醜い姿に変わりはなく、観衆から向けられる言葉も心無いものばかり。しかし、その立ち姿には初めて出会った時にはない自信があった。
「――さて、そろそろ戦るか」
「ああ。誰が一番強いのか決めるとしよう――」
試合前の舌戦も頃合いだろう。
そうと確認した二人の空気が張り詰める。試合会場を挟んで相対するライバル達の気迫が会場を押しのけるようにざわめきが途絶え、静かになっていく。
二人の気迫が会場を呑んだ。だが守善とヒデオの目には最早互いしか映っていない。
「「”勝つ”のは俺だ」」
一言一句違わない勝利宣言。その確信を揺るがせなかった者こそが最後に立っているだろう。
『両者気合は十分、そして両雄並び立たず。泣いても笑っても”勝つ”のは一人――それでは試合、開始ッッッ!!』
開戦のベルが鳴り――刹那の空白を挟み、両者のカードが激突した。