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第三十六話 切り札を先に見せるな


 ■■■■は覚えている。

 父が死んだ。

 母が死んだ。

 妹が死んだ。

 ■■■■■アで家族を(うしな)った。

 幼い頃、その手から零れ落ちた家族を覚えている。


「■■ン……」

「ああ」


 無二の相棒の名を呼べば相棒は当たり前のように応えてくれる。

 それがどれだけ愛おしく、価値ある奇跡か■■■■だけは知っている。

 喪ったからこそ得られた新たな家族。

 その価値を■■■■は知っている。

 もう二度と家族は喪わない。

 もう二度と家族のような悲劇を生み出さない。

 もう二度と、

 もう二度と――!

 もう二度と――――!!


「勝つぞ」

「ヘッ、当然だ!」


 だから■■■■は徹頭徹尾本気で、全力だ。

 誰が相手でも、どんな状況でもそれは変わらない。

 たとえ相手が己の鏡像のような強敵(トモ)であったとしても。

 己の勝利が強敵(トモ)の家族を蹴落とすことを意味していたとしても。


「負けるわけにはいかん」


 喪ったものに報いるためにも、己に敗北は許されないのだから。




 ◇◆◇◆◇◆◇



 

 決勝トーナメント、第二試合。その直前。

 守善と芹華の戦いが終わり、志貴英雄と最後のベスト4選手との戦いが始まるまでの僅かな幕間のお話。


「――守善か」

「ヒデオか、奇遇だな。準決勝の準備はどうした?」


 たまたま、といった風に二人はバックスペースの廊下でばったりと出会った。


「やることはやった。あとは真っ直ぐにぶつかるだけだ。ああ、それと決勝戦進出おめでとう」

「形だけ礼を言っておこう。ありがとう。それじゃお帰りはあちらだ」

「そう言うな。少し話したいこともあった。決勝前じゃそれこそ話すヒマもないからな」


 いつもの言い草を苦笑一つで受け流し、気にせず話を進めるヒデオ。十中八九決勝戦で戦う相手だ。馴れ合うような真似はしたくなかったのだが、守善もフンと鼻を鳴らして受け入れた。


「――Cランク、デュラハン。あれがお前の切り札か?」

「さて、どうかな。曰く、『切り札を先に見せるな』」

「『見せるならさらに奥の手を持て』。……結構、心配するだけ無駄なようだな。冒険者部一年のナンバーツー”程度”、さっさと蹴散らして上がってこい」

「彼”程度”とは思わんさ。お前と芹華は特別だが、全員がライバルだ」


 前置きもなしに話を切り出す守善、気にした様子もなく答えるヒデオ。テンポよく会話を交わす二人はなんだかんだと言って友人なのだ。

 話題の中心は三回戦までの試合で切ったヒデオの新たなカード、デュラハン。リビングアーマーをランクアップしたと思しきCランクモンスターだ。とはいえ入手してからそう時間は経っていないはず。『棺』のようなチートアイテムでもなければMAX戦闘力まで育成できてはいないだろう。

 中等ランクの装備化スキルでその戦闘力を一段アップさせたリオンはエースとして大会でも派手に暴れ回っていた。


「あとはメイガス辺りか? Cランク三枚揃い踏みとなれば注目の的だろうな」

「さて、どうかな。決勝戦を楽しみにしていてくれ、と言っておこう」

(……ポーカーフェイス。ダメだ、読めんな。だがおそらくメイガスは無い)


 Cランク、メイガスもまたヒデオの手持ちの一枚。中等魔法使いスキルを持つ強力な後衛だが、恐らく決勝には出て来ない。

 『不死者の窟』最深層の傷跡を思い出せばヒデオが何らかの切り札を隠し持っている可能性は極めて高い。温存していたそれを決勝でぶつけてくることも容易に予想がつく。


「そちらこそ決勝のメンバー選出は済んだか? 芹華との試合は見た。……一応言っておくが、手加減はせんぞ」


 その語調は重苦しく、しかし真剣だ。守善側のカードのダメージについておおよそ察しているのだろう。


「元々お前ら二人をまとめて殴り倒すつもりで準備してきたんだ。余計な気を回すな、ブチ殺すぞ」

(……B.Bがロストしたのが痛いな。狛虎コンビは負傷と疲労がデカい、決勝は無理だ。ハヤテはまだマシだがヨモツシコメを差し置いて起用する理由はない。大会ルール上『棺』も使えん。クソが)


 口では威勢よく答えつつ、内心では冷静に現状を見つめていた。

 芹華戦で起用したカード達は四枚だ。これら守善が内心で特に信頼しているカード達は決勝では使えまい。

 それでもレビィ、付喪神、ヨモツシコメの三枚なら少なくともカードランクの比較では引けを取らない。だがなんとなくB.Bやハヤテの不在は守善の心にポッカリと穴が空くような心地にさせていた。


(……チッ、我ながら情けない。頼るのはいい、だが依存するな。あいつらを失望させるつもりか)


 ヨモツシコメや付喪神を軽んじているつもりはない。二枚とも優秀で頼りになるカードだ。二枚から向けられる感情も悪いものではない。

 だが躊躇なく自分の命運を賭けられるかと問われれば答えに窮するだろう。無理もない話だ。『棺』内部の時間を合わせても守善と二枚はまだ出会って一ヶ月も経っていないのだから。

 戦略的なベストメンバーと心理的なベストメンバーが噛み合わない。正しい選択をしたはずが信じきれない。その齟齬が守善の心にモヤモヤを生み出していた。


(あの二枚じゃ恐らく()()()は……ダメだ、これ以上考えるな。準決勝が響いているな)


 リンクの過剰使用による疲労。脳味噌が痒くなるような違和感がいまも守善を襲っていた。少し休めば大分マシになるだろうが……。


「……善――守善? どうした? 立ちくらみか? 」

「いや、なんでもない。平気だ」


 首を振り、誤魔化す。

 ヒデオは不意に黙り込んだ守善を心配そうに見ていた。その様子に自身の弱さを見られたようで守善はつい苛立ってしまう。


「”敵”を余計に気遣うな。博愛主義者もいい加減にしておけ。籠付もお前のそういうところが気に食わんのだろうな」


 一回戦での戦いを終え、少しだが籠付とも話すようになった。間違っても互いに友人とは言わないが、その間柄を客観的に見れば友人と呼ぶべきなのだろう。

 ともあれ籠付のような人種にとってヒデオは小憎らしい存在に違いあるまい。腕が立ち、人に慕われ、強い意志がある。非の打ち所がない優等生というのは時に嫉妬を買うものだ。


「誤解だな。俺とて誰彼構わず平等に接するほど出来た人間じゃない。気に入らん奴の一人や二人はいるさ」

「たとえば?」


 前の話題を流すために相槌を打てば、返ってきたのは思いもよらない冷たい視線。だがその冷たさは守善に向けられたものではなく――、


「そうだな、たとえば――()()()()()()()()()()()、とかかな」


 凄絶無惨。そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 守善をしてゾクリと血が凍るような冷たい殺気。ヒデオが初めて見せた明確な負の感情だった。


「合縁奇縁。俺の手持ちは不思議と()()()()カードが多くてな。見かければどうにも放っておけないというのもあるが」

「……まさか、リオンもか?」


 粗にして野だが卑にあらず。ホムンクルスらしからぬ感情豊かな騎士。モンスター虐待はしばしば散見される社会問題だが、リオンはあまりに()()()()()。だがヒデオの言葉から感じられる尋常でない憤りを考えれば、恐らくは……。


「特Aランクのマイナススキル、《心神喪失》。リオンが解除できた理由もいまになっても不明なままだ」


 特Aランク。とある有名サイトではうんこっこランクの俗称で知られる極めてデメリットの大きいマイナススキルだ。

 その中でも《心神喪失》の効果は一切の行動不可。何をしようが人形のごとく微動だにせず、攻撃されればそのままロストする。死の間際まで一切の感情を見せない。このスキルを得たモンスターは最早人形としてしか扱われなくなる。一応は命令に従うアンデットモンスター以下だ。

 モンスターの尊厳を根こそぎ奪うほど酷烈な虐待を受けることで稀にこのスキルを得るという。数あるマイナススキルでも恐らくは十指に入る最悪のスキルだろう。


「……想像がつかんな」

「俺がリオンに出会ったのは三年前。俺が本格的に冒険者を始めたのはそれから一年後だ。その一年で俺とリオンは……家族になった」


 リオンがどんな経緯で《心神喪失》を得たのか。何故ヒデオがリオンを手に入れたのか。その一年の間に何があったのか。恐らくは色々とあったのだろう。色々の一言で済ませられないほどに色々と。 


「…………」


 興味はあるが、それは他人が首を突っ込むべきでない領域だ。その程度の良識は守銭奴にもある。


「だからこそ俺はお前たちを尊敬している。本当に、心から」

「尊敬?」

「自然に、当たり前にカードを友のように扱っているだろう? まあお前の場合は随分とひねくれているようだが……。願わくばお前たちのようなマスターが一人でも増えて欲しいものだな」

「生憎と覚えがないな、誰の話だそれは」


 ごく最近までカードを奴隷同然に扱っていた身としては、なんだったら今でも思い入れのないカードには厳しい守善にはすんなりとは受け入れにくい評だ。

 実際三ヶ月前に二人が出会っていたなら親友どころか不倶戴天の敵にすらなりえただろう。それほどまでに守善の振る舞いは酷かったし、ヒデオの悪徳マスターへの敵意は強い。


「深くは聞かんよ。俺はお前と友達でいたいからな」


 言葉にしなかった部分すら見透かしたようにクツクツと楽しげに笑うヒデオ。


「が、人間早々変わらんものだ。逆に言えばお前のカードに向ける()()も生まれついてのもの、なのかな?」

「お前のいう()()なぞ知るか。俺の性根は生まれつきだ。矯正するには十八年ほど遅い」

「――――本当に?」


 なんでもない軽口に返される意味深長な言葉。視線を向ければ真剣な目つきと語調。


「それはどういう意味だ?」

()()()()()()


 この流れに、この返し。

 よくよく思い返せば()()は丁度芹華とニ回戦直後に(守善の主観上では)彼女の醜態をあげつらった場所だ。

 パーソナルスペースという訳でもない。誰かにたまたま立ち聞きされる可能性はあった。


「だからこそ、話しておこうと思った。違うな、知って欲しかったのかもしれん。俺と同じ、お前には」

「同じ? 俺と、お前が?」

「ああ」


 そのまま守善とヒデオはしばし会話を交わした。

 守善はその全てを黙って聞き入り……話が終わると二人は無言のまま分かれた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 そして準決勝第二試合。

 対戦相手も例年の優勝者クラスの実力はあったが、相手が悪かった。全力を尽くし、奮闘した。だが当然のようにヒデオが勝ち、決勝戦へ駒を進めた。

 決勝戦、この大会最後の試合は堂島守善VS志貴英雄。



【Tips】某サイトにおけるマイナススキルの評価基準

うんこっこ:極めて重いデメリットに加えて、解除条件が判明していない。カードの価値をうんこっこにしてしまう恐怖のスキル。その効果は、もはやうんこっことしか表現のしようがない。トレードなどで騙されてこのスキルを持つカードを掴まされた場合は、相手をぶっ殺しても許されるレベル。というか、殺した。


A:通常の使用が出来なくなるほどの極めて重いデメリットがある。実質的な戦力外通告。カードの価値を大きく損なうレベル。

B:大きなデメリットがある。蘇生用カードとしての使用が視野に入ってくる。ドロップした時に持っていると、かなりガッカリするレベル。

C:デメリットのみ。ドロップした時に持っているとちょっと舌打ちするレベル。

D:デメリットがメリットを上回っている。ここら辺から名実ともにマイナススキル認定されてくるレベル。

E:メリットとデメリットが同じくらい。使い方次第。値段への影響はほとんど気にしなくて良いレベル。

F:メリットがデメリットを上回っている。多少癖はあるが、あっても全然気にならない、むしろちょっと嬉しいレベル。


※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。



 注意書き

 ①第二章第十七話における決勝戦の描写を今回の投稿に合わせ若干修正しております。

 ②準決勝戦において「《狂化》スキルを発動すると状態異常耐性が低下する」と描写しましたが、

  原作を確認したところそのような記述はありませんでした。

  恐らく「毒、呪いなど生命力減少系の状態異常に弱い」という記述を作者が勘違いしたものと思われます。

  が、準決勝で駆け引きの要素として組み込んでいるのと書き直すのも手間なので本作においては「《狂化》スキルを発動すると状態異常耐性が低下する」二次設定を採用します。ご注意くださいますようお願いします。




初日と最終日だけ多重投稿します。

今日19時にももう一話更新予定。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドジっ子のマイナスランクはいくつくらいかな。 Dくらい?
2022/08/01 18:56 ジーン・メルト
[良い点] ヒャッハー新鮮な投稿だぁッ!!! しかも夕方にも……ぐへへ [気になる点] 何か深い闇が見えるな……しかし新規切り札候補達とレビィだけがまともに動かせる戦力か 厄いね。こりゃ [一言]…
[良い点] 十七話のプロローグに追いつきましたね。優等生だったビデオも色々抱えていたようです。Bランクモンスター隠し持っていたとは策士ですね。 [一言] 更新に感謝!
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