第三十五話 準決勝④
轟音が鳴り響く。
衝撃波が爆裂する。
会場が軋み、振動が走り抜けた。
ほぼ同時に己が全力を真正面から殴り返されたレブレが吹き飛び、芹華が立つ側の会場の壁へと豪快に叩きつけられた。
『――――――――ッ』
そして会場全ての観客が固唾を飲んで爆心地に立つB.Bの姿を捉えんと視線を送り――、
パキンッ……
切ないほどに呆気なく、守善の懐でB.Bのカードがロストの音を響かせた。
溜め込んだダメージに加えてレブレ渾身の一振りによる反動はB.Bの余力を根こそぎ奪い尽くしたのだ。
僅かでも芹華が躊躇すればいまもB.Bは健在、その桁外れの暴力を頼りに出来たはず。つくづく鋭い勝負勘だと嘆息を一つ。
「いい仕事だ、B.B」
だがレブレの撃破という大戦果に違いはない。端的に、しかし真情を込めて守善はB.Bを称賛した。
光の粒となって体を薄れさせていくB.Bは最後に「どんなもんよ」とばかりに親指を天高く突き上げ……そして消え去った。
激突した両雄の内、B.Bがロストした。
「レブレッ……! 無事ですかレブレッ!?」
だがそれは当然レブレの勝利を意味しない。むしろ被害は甚大だ。
狂化によってステータスは三倍に増加し、加えてシンクロ率もB.Bの方が上。単純なスペックならばレブレを真っ向から上回る怪物と化したB.Bとの正面衝突。無傷でいられるはずがない。
直接ぶつかりあった右半身はグシャグシャに折れ曲がり、見るも無惨な有様。さらに全身に伝播した衝撃によって立ち上がることすらままならない状態だった。
「レブレッ! 返事をなさい、レブレ! 起きて!? お願いだから!」
エースとはマスターの信頼を預かる最大戦力であり、精神的支柱でもある。予め覚悟を決めていればまだしも、エースを突然失えばその影響は甚大だ。
(レブレが瀕死――追撃されたら――どこから手を――ロスト――レブレッ……――!?)
(ちょっ!? マスター、まず――……)
脳裏に切れ切れになった思考が走り抜ける。心が乱れ、シンクロが綻びかける。肝心要の大前提が崩れかけ、桜狐が焦りの声を上げた。
さらにその弱みを突いて勝利の糸口をこじ開けるべくハヤテが恐ろしくエゲツない手を打った。
「さあ王手飛車取りですよ、芹華さん?」
悪辣な主従がかける悪辣な精神的追撃。王と飛車、その意味は言うまでもない。いま追撃を喰らえばレブレがロストする。ゾクリ、と芹華の背筋を悪寒が走り抜けた。
最も信頼するエースのロストが現実味を帯び、無意識にガードの桜狐をレブレへ向けて動かしてしまった。僅か数歩、十メートルに満たない距離だが盾が主から離れた。
群体を一つの意志のもと動かすシンクロリンクの弊害だ。頭が判断を誤れば手足はそれに追随してしまう。
「――ッ!? ダメです、芹華さん!?」
リンクに従い、反射的に体を動かしてしまった桜狐が肉声で警告を飛ばすが、時既に遅し。
「なーんちゃって♪」
全ては欺瞞。レブレをロストさせる気はサラサラないし、それだけに専念すればともかく魔法一発で落とせるほど弱ってもいない。芹華と桜狐の意識を瀕死のレブレへと向けさせるだけの陽動だ。
二人が気を取られた一瞬にハヤテは《天狗の隠れ蓑》でその姿を隠した。この状況で敵手の位置を見失う。主導権を根こそぎ握られる大きなミスだ。
(消えた――どこに――どこを――対処、は……!)
(エッゲツね~!? レブレさんを質駒にしてこっちの動揺を誘うハラですか!?)
桜狐は中途半端な位置に動かしてしまい、姿を隠したハヤテに主導権を握られている。
失態に次ぐ失態に芹華はギリリ、と歯を食いしばり、
「桜狐さん、戻って!」
「はいなっ!」
レブレを切り捨てる決断を下した。
「いい判断だ、だが――ハヤテ」
レブレの負傷から十秒と経っていない。驚くほど短時間でなされた決断を守善は偽り無く称賛した。だがもう遅い。
「――疾ッ!」
主の意に沿うため、ハヤテが電光石火のラストアタックを仕掛けた。
《天狗の隠れ箕》で姿を隠し、天上から雷のごとく翔けくだる勢いを込めた錫杖が桜狐に向けて振るわれる。
「ッこれ、は――シールドバリア!」
「流石。怪物ですね」
ゾクリ、と背筋を襲う動物的直感に従い防御魔法を展開したのは流石だろう。この奇襲を嗅ぎ付けたのは桜狐の野生と芹華の勝負勘だ。
直上からの脳天唐竹割り。重く鈍い打撃がぶつかる衝突音と直上から加えられる強力な重圧に桜狐の膝が笑いかける。
「ここで、私ッ!?」
困惑と理解はほぼ同時。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。厄介な盾をまず引き剥がしにかかったのだ。純粋な勘で奇襲を察知出来たのは幸運と言うしかない。
「では、次です」
(次――魔法――防ッ、庇う――ダメ――芹華さん!?)
数秒の拮抗を経てシールドバリアが消滅する。次撃を予告するハヤテの右手には予め準備していた風の砲弾。対し、桜狐には即座に使える魔法がない。両刀アタッカーの強みを押し付けていく。
(この場面で、私を先に? 冷静、周到、違う、最早執念――!?)
主を狙えばその身を盾に出来た。僅かでも猶予が出来れば芹華が魔道具を使う隙もあったはず。魔道具を使って得た猶予でさらに立て直し……も不可能ではなかったろうが、そうはならなかった。この混沌とした戦況すらシミュレートし、詰めの手順を組み立てていた。そうとしか思えない。
「どっちが、怪物――!?」
「御無礼千万、罷り通ります!」
「芹華さん、逃げ――」
超至近距離から放たれた風の砲弾が桜狐に直撃する。内圧が開放された風の砲弾は爆弾となり、局所的な暴風が吹き荒れる。
爆風。
吹き飛ばしを狙った魔法攻撃が狙い通り桜狐を芹華から遠ざけた。
「「俺/私達の――」」
これで守りは全て剥がされた。あとは芹華に一撃を加えるだけ。ここに至ってもまだ油断など欠片もなく詰めにかかっていく。
「――――」
芹華もまた悲鳴を上げる時間すら惜しみ、懐から防御用の魔道具を取り出す――や否やハヤテの巨大な翼がその手を打ち据える。それをトリガーに大会用に支給された防御用魔道具が発動した。
数瞬の間ガラスのように透明なバリアが芹華を守護し――その敗北が確定する。
「「勝ちだ/です」」
改めて芹華の喉元に突きつけられた錫杖。
錫杖とハヤテの間をしばし芹華の視線が行き来して、数秒。
「……ええ。私達の負けです」
静かに目を伏せた芹華が自身の敗北を受け入れた。
おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ…………!!!!!!
その言葉に割れる寸前の風船のように張り詰めた会場の空気が緩み――歓声と拍手が爆発的に沸き上がった。
『決ッ着ゥゥ! バーサーカーとクエレブレの相打ちから目まぐるしく戦況が動きました! 正直私もちょっと付いていけてませんッ!? しかしこれだけは言えます、準決勝どころか例年の決勝戦と比べても全く見劣りしない名勝負でした!』
『堂島選手、とんでもない化け物を隠していたな。ボロボロになるまで使わなかったのは多分使用条件なんだろうが……』
『このように現役冒険者も首を捻る超展開! ぶっちゃけ解説を挟む暇もありませんでした! お願いだから実況席にヤジを投げないでくださいね!』
超展開からの急展開に間に合わなかった解説は潔く放棄し(あとで一部始終を映像で映しながらの解説にずらすのだろう)、ともかくトークで場を沸かす千鶴。
実際この試合をギリギリのところで渡りきった守善以外に全貌を把握している者はいまい。
だが若い年代が多い観客達も細かいことは気にせず、ただ凄いものを見たという実感が怒涛のような感情のうねりとなって盛り上がっていく。
『確かなことは唯一つ――準決勝第一試合、勝者は堂島選手だ!』
堂島守善、準決勝第一試合で芹華・ウェストウッドを破り決勝戦に進出。
千鶴の言葉通り、ただそれだけが確かな事実だった。
◇◆◇◆◇◆◇
準決勝第一試合の後。関係者用スペースの自動販売機前で。
「お見事。負けましたわ」
守善が丁度ボタンを押そうとしていたジュースを横から伸びた芹華の手に掻っ攫われた瞬間の言葉だった。
ガラガラと音が響き、排出口から吐き出されたジュースを回収した芹華は皮肉げな笑みを浮かべていた。
「……準決勝進出のお祝いにしちゃショボくないか、お嬢様?」
せめてもの反撃にンべー、と舌を出された。意趣返しのつもりらしかった。
「別におごりませんわよ? あなたこそ敗者相手におごれとか人の心がおありで?」
「俺にそんな良心を期待するな」
相変わらずの言い草に芹華も肩をすくめる。そして守善が自分の缶ジュースを確保すると、どちらが言うまでもなく自販機前のベンチに肩を並べて腰を下ろした。
プシュッとプルタブを開けた缶ジュースを傾けながら、芹華が不意に真剣な語調で問いかけてきた。
「あの試合、どこまでが計算通りでしたの?」
「大体全部賭けだったが?」
「……ちょっとお待ちになって? なんですのそれは?」
「バーゲストのスキルロストも賭け。スキルと状態異常耐性でスタンを弾けるかも賭け。B.Bがレブレ相手にロストギリギリまで食い下がれるかも賭け。あと幾つあったけな?」
細かく上げればキリがないと指を折って数えだす守善に呆れたような脱力したような顔を見せる芹華。
「……負けた私が言うことではありませんが、よく勝てましたわね?」
「本当にな。昨日の夜に『棺』をフルに使って対策を考えて全員で共有し、シミュレートを重ねてようやくだ」
「相変わらずあの『棺』はインチキですわ……ズルですわ」
「精々羨め。持たざる者の嫉妬は気分がいい」
と、底意地の悪い笑みを浮かべた守善がのたまった。
「とはいえ優勝するにはあのルートしかなかった。代償は大きかったがな」
と、懐にある灰色に色褪せたB.Bのソウルカードを触りながら応える。
「あなたのエースを出さなかった時は正直侮られた、と思いましたわ。今はそうではありませんが」
「ああ。色々ひっくるめて考えればアレが最善だった。それがどれだけ細いルートでもな」
芹華のエースであるレブレを抑えなければまず勝ち目はない。かといってレブレにリソースを割き過ぎればブラッドに翻弄される。
カードランクに関係なく、手持ちの戦力を全て活用しなければ芹華とヒデオに勝つのは難しかった。博打に近いDランク三枚の起用はそれだけのことだ。レビィを万全の状態で運用するにはコストがかかりすぎるというのもあったが。
「こっちからも聞くが、何故昨日ブラッドを見せた? アレがなければ十中八九お前が勝っていたはずだ」
「別に深い意味はありませんわ。そうしたいと思ったからそうしたまでのこと。余計な詮索は紳士のマナーに反しましてよ?」
眼光鋭く問いかければ、ツンと澄ました顔でそっぽを向く。まともに答えるつもりはないらしい。
「そんなことより私、この大会が終わった”後”の進路を決めましたの」
「唐突だな」
「決断なんてそんなものですわ。とは今だから言えることですが」
あるいは守善に負けたことで己の器を見切ったか、はたまた良い方に吹っ切れたか。密かに緊張しながら芹華の言葉を待った。
「――あなたに負けて、悔しかった」
「あなたは賭けに勝っただけと言いましたが、結局はいいように掌で転がされただけ」
「レブレや皆とも話して……決めました」
結局は感情に行き着く。
芹華・ウェストウッドは感情の人だ。時に道に迷うことはあっても、結局は自分が良いと思った方向へ駆けていく。そして走り出した彼女を止めることはできない。
「あなたに”勝つ”。それまではあなたに付いていくことにしました。ですのでどうぞ、今後ともよろしく? ですわ」
「……おい、結局何も変わっていないだろ。それ」
冒険者を続ける動機が響から守善へと変わっただけとの指摘に、芹華は胸を張って開き直った。一周回って同じところへ戻ってきたようにも思えるが、芹華本人にとっては大きく違う部分もあるようだった。
「ええ、それでもいいと思いました。ありもしない理由を探す必要なんてない。たとえそれがどんなに下らない理由だろうと、私がまた走り出すには十分だったというだけ。私、実は結構単純なタチみたいですの」
「今更か」
「今更とはどういう意味ですか!?」
気づくのが遅いと呆れれば芹華はプンプンと頬を膨らませて怒り始める。
「そもそも俺に勝つも何も勝率ならお前の方が上だろうが――」
「そういうことじゃありませんわ。相変わらず無粋な殿方ですわね――」
さらに守善が混ぜっ返せば芹華が呆れて白い目を向ける。結果始まる喧々諤々とした大騒ぎ。犬も食わない類のそれに似た喧騒はこっそり様子を伺っていた響が咳払いをして横入りするまで延々と続くのだった。
【種族】バーゲスト(ブラッド)
【戦闘力】800(MAX!)※零落せし存在により戦闘力マイナス100適応済み
【先天技能】
・魔犬の頭は鷲獅子の尾に勝る:欠けゆく新月の女神ヘカテーの眷属。Cランクモンスター、ヘルハウンドを無限召喚できる。『迷宮外の』月が欠けるほど身体能力が大きく向上する。更にヘカテーと同時に召喚された時、ステータスが大きく向上する。零落せし存在の影響で眷属召喚スキルが使えない。
・邪妖精:魔犬の姿で現れた邪悪な妖精。ネイティブカードのバーゲストは人間形態と魔獣形態に変身可能。人間形態は器用さに優れ、スキルの幅が広く、魔獣形態はステータスが向上するが人間態でのスキルが使えなくなる。
・死を告げる遠吠え:不吉の象徴にして死の先触れであるバーゲストの咆哮。敵の状態異常耐性を低下させ、強力なスタン効果を付与する。
【後天技能】
・零落せし存在:常時戦闘力マイナス100。眷属召喚スキルが使えない。
・戒めの鎖:その身を縛る鎖を利用した戦闘法。捕縛術を内包。ランクアップ時に引き継ぎ。
無理であった(疲れ果てた顔)。
ひとまずここまで。
お時間ください。