第三十三話 準決勝②
そして三度、戦場が動いた。
「■■■■■■■■――――!!」
地に落ちたレブレが立ち直り、守善目掛けて驀進を開始したのだ。
対峙するはバーサーカー、B.B。自身の倍以上の戦闘力を誇る巨竜を前に、野球狂いの打者熊が立ち塞がった。
「B.B、出番だ。分かってるだろうが狂化は使えん。今のお前の全力でなんとかしろ」
「旦那――いいんだな?」
「俺が許す。ぶちかませ」
B.Bからの確認に頷いて答える。ここがこの試合で一番の難所。無様に負けるか細くも勝ち筋が繋がるかの分水嶺だ。
とびきりの無茶振りに、しかしB.Bは不敵な笑みで応えた。
「おうよ。キメてくるぜ」
「ああ。ついでに有象無象どものド肝を引っこ抜いてこい」
バーサーカー、B.Bが驀進するレブレを抑え込むべく真正面から迎え撃つ。
その驀進の勢いは暴走するダンプカーさながら。生物よりも建造物のスケールで考えるべき巨躯の水竜が勢いのまま突っ込んでくる!
(開幕一打目、後先は考えるな)
両足を大きく開き、棍棒を構えて迎え撃つ構え。回避、フットワークの類を潔く投げ捨て、ただ全力で棍棒を振り抜くことだけに特化したB.Bの姿に会場から驚きの声が上がる。
『こ、これは――!? まさかバーサーカー、正面からあの突撃を受け止めるつもりでしょうか! これは幾ら何でも無謀過ぎるぅー!? マジでなに考えてんの!?』
『さて、どうなるか――』
傍目から見ても無謀な正面対決に実況の千鶴も本気で困惑の声を上げる。周囲の観客は言わずもがなだ。何の真似かと困惑と呆れが半分、馬鹿な真似をという嘲笑や侮りが半分か。
カイシュウを含むごく少数だけが寸毫も見落とさないように注視していた。
「■■■■■■■■――――!!」
舐めるな、とレブレは吼え猛る。
彼我の戦闘力は倍近く開いている。B.BのMAX戦闘力は360、フルシンクロを使っても720相当。対しレブレは素で860、芹華のマルチシンクロを受けて1200近くまで上昇している。
先程のような弱点を抱えた空戦ではない、憂いなく全力を振るえる地上戦で負ける道理はない。
「ここで引いては家名の名折れ! レブレ、迷わずに振り切りなさい!」
芹華もまた違和感を感じながらも全力攻撃を指示した。その意を受けてレブレは丸太のように太く分厚い右腕を振りかぶり、天から鉄槌のごとく叩き落とす!
(ヘッ、いつかの流星を思い出すなぁオイ)
大地を砕き、大概のDランクモンスターをペシャンコにする超重打撃を前にしてB.Bにはまだ余裕があった
確かに恐ろしいほどの剛力。しかしこれに似た規模の質量攻撃を受けた経験があるのだ。
「俺もあの時のままじゃねぇんでなぁッ! 行くぞオラァッ!?」
成長したのは戦闘力だけではない。
『不死者の窟』の攻略に伴うライバルとの出会いによってB.Bの資質もまた開花した。《ピッチャー殺し》のようにスキルの多くが一段階進化したのだ。
《恵体豪打》はより生命力と耐久力が増強する《鉄人打者》に。
《強振》はさらに後先を考えない振り抜き打法を習得し、《超強振》 へと。
《選球眼》は相手の微細な癖を見極め、豪快でありながら繊細なコントロールを両立させる《選球魔眼》となった。
「 ― ― ― ― ― ― ! ! 」
眼前に迫る巨竜へ向けて吼え、猛る。
迫りくる丸太の如き巨腕へ、あらゆるスキルを総動員して放つ渾身の一振りをB.Bは全力でぶちかました。
――轟音。
爆心地から爆裂した衝撃波が一瞬で会場全体に伝播する。超大型サイズのダンプカー同士が正面衝突を起こしたような轟音が会場に轟いた。人間の鼓膜では到底耐えきれない破壊的な大音量。観客席の自動障壁とマスターを守るバリアがなければ耳から血を流す人間が続出したはずだ。
(流石に、かなりキチィな……――だが!)
体がバラバラになったような衝撃だった。正面衝突の負荷に耐えかね、ブチブチと筋繊維が引き千切れる音が血肉を通じてB.Bの耳に届く。
空から降る流星をその身一つで受け止めるが如き無理無茶無謀――だが、徹した。
「まずは一つ、分けたぜ」
断裂した筋肉は血潮を吹き出して体を赤く染め上げ、少なからずダメージを受けながらも――健在。B.Bは一歩たりとも押されることなく、巨竜の驀進を文字通り打ち返した。
CランクとDランク、文字通りの格の差を代償を払うことで強引に埋めてみせたのだ。
『やりやがった……ッ!?』
見る者の度肝を抜く光景に思わず、とばかりにヒュウと口笛を吹くカイシュウ。もしや、とは思ったが、まさか本気でやるとはという感嘆と驚きを含んだジェスチャーだ。
そして会場の空気も一気に熱気が増し、芹華一色だった声援が一気に半分近く塗り替えられる。
その珍奇な見かけからB.Bを侮る声は会場のそこかしこにあった。その侮りをただ一振りでかき消し、試合の流れを引き寄せる大強振に実況席の声も熱が入る。
『お……驚きだぁー!? DランクのバーサーカーがCランクのクエレブレを正面から押し返した!? カイシュウさん、これは一体どんな手品を使ったんでしょうか!? まさか例の狂化スキル!?』
『いや、使ってねえ。というより使えねえ。バーゲストの状態異常スキルを警戒してな』
狂化はステータスが三倍になる代償に状態異常耐性が低下する。バーゲストの先天スキル、《死を告げる遠吠え》を喰らえば為す術もなく麻痺状態に陥るだろう。
この試合での使用はバーゲストを落とさない限り難しいという見立ては至極真っ当だ。
『さっきのアレに手品の種もなにもねぇ。後先考えずにスキルを多重使用して一撃の威力を跳ね上げ、クエレブレに合わせて相殺した。言葉にすればそれ”だけ”だ』
もう少し詳細を語るならばフルシンクロとマルチシンクロの差、攻防魔バランスよく戦闘力が割り振られたクエレブレと物理攻撃一点特化のバーサーカーの違い等もあるが解説の流れを悪くすると考え、カイシュウは敢えて単純な結論で流した。
『いや、それだけって――』
『もちろん代償はデケェ。バーサーカーは反動だけで体中が血塗れ。対してクエレブレは何度でも同じことが出来る。言わばバーサーカーを捨て駒にした時間稼ぎだ』
そう、結局のところこのままではB.Bではレブレを押し返せても倒すことは出来ない。故に時間稼ぎが限界だとカイシュウは言う。
『だがそれだけの価値はある。敵のエースを抑え込んだ。短時間でもこれはデケェぜ』
『なるほど! となれば注目は――』
『俺が動かすならクエレブレ以外の睨み合いだな。あと一押しがあれば戦況も傾くかもしれねぇ』
鴉天狗VS妖狐、または狛犬/獅子VSバーゲスト。戦力比はこの二つの方がよほどマシだ。B.Bが時間を稼いでいる内に均衡を崩すならばこの二つだろうとの見立てだった。
(……まだまだ私達の勝ち筋が濃厚。それでも、確実に詰め寄られていますわね)
形勢はいまだ守善に不利。だが少しずつ、少しずつ押し戻してジリジリと形勢を詰めていく守善の指し手にいまだ有利な芹華達も無心ではいられない。
その衝撃はいままさに渾身の一撃を押し返されたレブレが最も強かった。
「■■■ッ……!!」
なんという屈辱か。腹の底を焼く怒りに乱杭歯を食いしばるレブレ。
スキルの後押しこそ無かったものの紛うことなき全力だった。それだけで十分なはずだったのだ。最強種とはその巨躯こそがスキルに勝る最大の武器であるのだから。
「落ち着きなさい、レブレ」
「■■■ッ……」
渾身が防がれた。レブレを襲う焼け付くような怒りの炎は芹華もまた共有するものだ。
己が最も信じ、頼りにするエース。その全力を真正面から受け止められた経験、流石に多くない。多大な怒りとそれに応じた警戒が心に満ちる。
「冷静に、丁寧に、油断なく――叩き潰します」
「■■■ッ――!!」
戦意に満ちながら落ち着いた指示にレブレも意気を取り戻した。
(とはいえブレスで牽制の一つも……いえ、狛犬達のA・M・Sがある。下手に撃てばただ隙を晒すだけ。よく考えていること)
膠着の合間に生まれた僅かな時間を使い、頭脳をフル回転させる芹華。鴉天狗、狛犬/獅子らによってレブレの強みを少なからず封殺されている。この状況も恐らくは守善の掌の上。
それでも無理に掌の上から出ようとしないのは、いまだに芹華の有利は揺らいでいないからだ。
(時間稼ぎを承知の上で正面突破、これが最も厚い勝ち筋……メリットとデメリットの天秤が絶妙ですわね。これでもう少し不利に傾くならば無理を押してでもレールから抜け出すところですが)
守善の誘いに乗るか、蹴るか。思考の天秤がゆらゆらと揺れる。
「ヘイヘイヘイ――」
そこに一石を投じるは野球狂いの打者熊。
チョイチョイ、と上に向けた指先で小さく手招きするジェスチャー。かかってこいと言わんばかりの挑発が芹華とレブレの理性を刺激する。
「どうした、ビビってんのか最強種?」
挙句の果てに血に濡れ負傷したコンディションで盛大に煽ってすら見せた。
当然、キレる。
「レブレ」
「■■■……」
その呼びかけに皆まで言うなとレブレは唸り声で応えた。
元々パーティー全体が直情的な芹華達だ。あっさりとその挑発に乗った。とはいえこの選択そのものは悪手ではない。
繰り返すがレブレVSB.Bのマッチは圧倒的にレブレ有利だ。むしろここを打ち崩せればほぼ芹華の勝利と言っていい。
そしてB.Bはいっそ清々しいほどに物理打撃特化型。性格的にも能力的にも下手な小細工はまずない。故にこの場面では力押しこそが最適解と芹華が判断したのは無理もないことだった。
「ブッ潰して差し上げなさい」
「■■■――!!」
改めての撃滅指令に再び丸太のような剛腕に満身の力を込めて振りかぶるレブレ。
「そう来なくちゃなぁッ!!」
B.Bもまた自分の体をチップにした正面衝突に嬉々として乗った。
再びの轟音。
二度目の衝突もまた一度目の光景の焼き直し――とはならなかった。
「――ックハァッ!!」
一撃目と比べても明らかに威力を増した剛腕を受け止め、B.Bから苦悶の声が溢れる。両足を地面に叩きつけ、後退するのを無理やりこらえる。
吹き出す血潮の勢いはさらに増し、自傷ダメージが発生。クリーンヒットなしにも関わらず、体感二割近く生命力が削られている。
(おい、旦那。こらぁ――)
(テンションモンスターめ、ノレばノるほど調子を上げるのは相変わらずか)
リンクを通じてその脅威を確認する守善達。
芹華の得意分野はマルチシンクロ。それもテンションとシンクロ率が直結しているタイプだ。有り体に言えばテンションが上がるほどカード全体のシンクロ率が引きずられるように上がっていく。
平常時ではマルチシンクロ三体30~40%ほどだが、最高にノッた時の芹華は三体80%を超える。ノリにノッた時の芹華は響ですら手がつけられないと評される所以である。
(今ので50……いや、55%ってトコか。この先尻上がりに調子を上げてくるな)
(おいおいおい、どーすんだよ旦那。ここから先はマジのガチで綱渡りだぜ?)
(……作戦に変更はない。言ったはずだぞ。この試合、お前が要だ)
元より最強種と正面から相対できそうなカードなど守善の手札にはB.B一枚切りしか無いのだ。B.Bこそ要という発言に一欠片の誇張もなかった。
(……ったく、あの化け物相手に無茶言ってくれらぁ)
とんでもない無茶振り。だがB.Bは笑って受け入れた。このマスター、無理無茶無謀は幾らでも言うくせに出来ないことだけは言わないのだ。
「いいぜ、レビィ不在のピンチヒッター、確かに引き受けた」
決意を込めて肉声で呟く。
地力が不足ならあとは己の底力をひねり出して無理矢理にでも押し通して見せる。B.Bは確かに抱く矜持を以てその大任を引き受けた。