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第二十九話 一回戦①


『両者同時に召喚! 堂島選手は……狛犬、獅子、烏天狗の三体だ!』

『いや、狛犬と獅子は二体一対スキル持ちだ。あと一体気配遮断かなにかで隠れてるな』

『なるほど、まさに伏せ札! そして籠付選手はボアオーク、クーシー……もう一体の姿が見えません。こちらも手札を隠しているようです!』


 互いに手札を一枚伏せて始まった立ち上がり。二人は互いの出方を探るように油断なく視線をめぐらした。


(ああ、()()()()だ。性格が曲がったお前ならそいつらを選ぶよな!)


 と、籠付は苦々しくも密かに安堵の息を吐く。

 籠付はこの試合の戦略を練るために守善の性格を徹底的にプロファイリングした。素行を探る探偵に心理学の専門家まで金で雇って僅かな情報から確かな予測を打ち立てたのだ。

 そのプロファイリングによれば堂島守善は合理的で用意周到、かつ()()()()()()()()


(僕から奪った狛犬とあの口の悪い女天狗でプレッシャーをかける。しかもガード役とアタッカーで相性も悪くない。ここまでは読めていた)


 かつての無様な敗北(トラウマ)を強烈に思い起こさせる布陣だ。平静を装っても自然と手が震え、不自然に動悸が上がる。

 籠付への心理的プレッシャーを狙いつつ戦術的合理性も担保した起用だ。烏天狗が敢えて姿を隠さないのは心理的圧迫を期待してだろう。あるいは必要ないという奢りか。


「エゲツナイくらいに合理的だよ。トラウマになったくらいだしな! クソッタレ、腹の底までコールタールで真っ黒な合理主義者め! くたばれ!」


 籠付が口汚く罵声をとばせば対面の男は小憎たらしい笑みを浮かべた。その嘲笑に我を失った()()をする籠付。


「いい気になるなよ――ボアオーク、召喚だ!」


 睨み合う中でまずは一体目の眷属オークを召喚。格上相手に下手な攻め気は出さずに守りを固める堅実な作戦――に見せかけた挑発だ。守善の動きを誘うための見せ札にすぎない。


「ハヤテ」

「はいな」


 命ずるは一言、答えるも一言。

 両の翼を羽ばたかせ、アタッカーのハヤテが前に出る。まずは遠間からの魔法攻撃で相手を削るために。

 そして瞬く間に試合会場の中央に陣取ったハヤテが放つウィンドブラストは眷属オークをやすやすと吹き飛ばす。眷属オークが光の粒子となって消え去るよりも前に籠付(マスター)狙いの次撃を放つが、タフなボアオークが大斧で迎撃し、打ち消した。


(ルート1-Bに乗った、第一条件はクリア。僕の勝ち目はあいつが僕を見下しているという一点だけ……ったく、三枠目の伏せ札といい冷や汗が出るね。だけど伏せ札を使う前に勝負を決めれば問題ない!)


 僅かな時間でじっとりと額に滴る冷や汗を拭い、戦場へと向き直る。

 これら一連の動きは籠付の予想の内。カイシュウ含む冒険者部の先輩達の知恵も借りて百では効かない数のシミュレートを繰り返した。その中で最も”勝つ”可能性が高いルートの一つへと戦況は推移している。


(狙いはお前だ、クソ天狗!)


 優秀なアタッカーだが防御の脆さこそが天狗の弱点。この試合で最も割りやすいカードだ。個人的にも大いにハヤテへ含むところがある籠付から見れば狙うべき弱みに他ならない。


「行くぞ、お前ら――!!」


 突出した鴉天狗(ハヤテ)を討ち取るため、籠付は作戦を開始した。

 懐から取り出した魔道具(マジックアイテム)、煙玉。迷宮産の発煙弾を思い切りよく投擲、地に落ちるやいなやすさまじい勢いで煙が噴き出し試合会場の大半を覆い隠した。


『おっと試合会場が凄まじい勢いで煙に包まれていきます! これでは実況不可能だー!? ちょっとカイシュウさんそのサングラスなに!? 予備とかないの!?』

『幻影看破の魔道具だよ。予備はねーから諦めろ』

『ちくしょー!? この男役に立たねー!?』


 騒がしい外野の実況すらいまは遠い。籠付の意識は全て目の前の戦場に集中していた。


「煙幕。それで目隠しをしたつもりならお粗末ですね――風よ!」


 無論ハヤテ達も黙ってみてはいない。

 風を吹かせるハヤテの天狗風を全力で行使。吹きすさぶ突風が立ち込める煙幕を晴らし……晴らし――晴れない!?

 想定外の事態に戸惑い、次の動作が遅れるハヤテ。


(ようやく一手、先んじたぞ!)


 ニヤリと、冷や汗をかきながらも籠付がしてやったりと笑う。

 風に吹かれても消えない煙幕の種は簡単だ。

 マジックカード・イリュージョン。術者が想像する幻影を展開する魔法によって煙玉に被せてさらに幻影の煙幕を展開したのだ。

 ハヤテの風では実体の煙は晴らせても幻影の煙までは追いやれない。


(実体と幻影、二重の煙幕に戸惑ったお前はどうする、堂島!?)


 ()()

 この数秒こそが最大の肝だ。

 幻影を見破る魔道具(マジックアイテム)、アダ―ストーン。ぽっかりと魔法石の真ん中に空いた穴から幻影の煙を透してハヤテを注視し、守善の選択を見極める。


(お前は合理的で用意周到だ。けど何度も大口を叩くあたりプライドは高い上に攻撃性も強いはず。格下(ぼく)を相手にお前は大人しく鴉天狗を下げられるか?)


 自身が格下であるという屈辱的な事実すら組み込んだ作戦に全てを賭ける籠付。その姿は勇気と知恵、そしてカードを頼りに困難へ挑む冒険者と呼ぶに相応しい。

 ここでハヤテを退かせて守りを固めるならば籠付にとって苦しい展開になる。だがそうはならないと籠付は踏んでいた。ここで大人しく退くような可愛げなどない、見破った上で罠ごと食い破ることを選ぶ男だ。


(――退かない!? 二つ目の賭けも僕の勝ちだ!)


 やはり、退かなかった。細く頼りない道がまだ続いている高揚で手のひらに浮かんだ汗を乱暴にズボンの裾で拭う。落ち着けと自戒しながら籠付は作戦の最終段階へと入った。

  自陣から突出した位置に立ちながら退かず、かといって迂闊に前へ進むこともできないハヤテは格好の的だ。あるいは敢えてハヤテを策を見破るための囮にするつもりかもしれないが、ならば見破るまでの僅かな隙を突くのみ。


(ここが大一番だ。決めるぞ、お前達!)


 応、と言葉に出さないまま籠付の指示に応えるモンスター達。

 ()()()()()()()()()調()でハヤテの位置は割れている。地上より十数メートルほどの高所に滞空しているが、モンスターであれば十分に手が届く範囲だ。

 そう、強烈なモチベーションを糧にカードとともに重ね続けた努力は籠付のリンクの才は花開いた。まだ限定的なテレパスと感覚同調が精々だったが、今はそれで十二分。


「ヂヂヂッ!」


 ギチギチと毒液が滴る牙を鳴らし、一匹の大蜘蛛が疾駆する。

 籠付が従える三枠目。Eランクモンスター、タランチュラだ。オオツチグモ科に属するクモの俗称として有名だが起源(ルーツ)を辿ればイタリアの伝わる毒蜘蛛の伝承に行き着く。

 モンスターとしてのタランチュラは毒糸を吐くスキルと気配遮断スキルを持ち、素早い動きが特徴の大蜘蛛である。それも大型犬に引けを取らないビッグサイズ。蜘蛛が苦手なら悪夢に出てきかねない凶悪なビジュアルだった。


(馬鹿正直に正面からぶつけるんじゃない。視界を潰して動揺を誘う、その上で気配遮断で身を隠した一撃なら――どうだ!?)


 この一瞬のために営々と積み重ねた――今こそ報復の時!

 幻影に紛れ忍び寄ったタランチュラ。その大顎から滞空するハヤテへ向けて糸よりも縄に近い太さの蜘蛛糸を勢いよく吐きかける。蜘蛛糸は見るからに太く丈夫そうで、しかもテラテラと毒液の濡れた輝きを照り返している。捕まれば逃げるのは困難。しかも毒付きだ。


「この程度でっ……!」

(錫杖で弾かれたか! 流石にしぶとい。けどな)


 が、ハヤテもさるもの。気配遮断による隠蔽された初撃を直感で察知、握った錫杖で毒糸を払った。代償に錫杖を毒糸に巻き取られ、無手となったがいまだ無傷。

 彼女が持つ風読みによる索敵は広範囲の感知が本領。隠形系スキルの看破は苦手としていることを考えれば迎撃できたのは称賛に値する。


「そっちは陽動(フェイク)だ!!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ある意味で誰よりも守善とハヤテの強さ、しぶとさ、いやらしさを思い知っている籠付。一の矢を放った程度で討ち取れるなどとは夢にも持っていない。

 ならば油断も容赦もなく二の矢を放つのみ!


「――――!!」


 二の矢の正体は籠付が信頼する妖精犬、クーシー。

 姿なき妖精犬はタランチュラとほぼ同時に駆け出し、ハヤテの死角に回り込むように忍び寄っていたのだ。

 本能による遠吠えを抑え込み、柔らかな肉球を生かして無音で疾走する。さらに気配遮断スキルを駆使した奇襲をタランチュラの毒糸攻撃の直後に仕掛ける。


「俺ト一緒に地獄ニ落ちロ、天狗!」


 しかもクーシーが首から下げた袋に携えるのはマジックカード・フレイムバスター。火属性の中等攻撃魔法を封じたダメ押しの一枚。念には念、必殺を期して放つ特大の殺意を込めた痛撃だった。無防備に喰らえばロストは確実だ。

 クーシーにすら被害が及びかねない至近距離で、人体程度灰すら残さず燃やし尽くす大火球がハヤテ目掛けて放たれる!


()った――!!)


 錫杖を毒糸に絡め取られ、体勢を崩したハヤテには迎撃不可能な一瞬。

 この一瞬を得るために積み重ねた全てが籠付の脳裏を過ぎり、勝利の確信に両の拳を握りしめた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに始まりだしましたね。籠付もたしかに成長していてよかったです。主人公がどう対処するか楽しみです。
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