第二十八話 学内冒険者新人王戦、初日
遂に学内冒険者新人王戦、その初日である。今日三十二人の参加者を決勝トーナメント進出の四人まで絞り込み、二日目の明日に勝ち抜いたベスト4が優勝を賭けて争うのだ。
会場は立川市立アリーナ迷宮。
元々は市の施設であり、Eランクの特殊型迷宮と化した今も市民は冒険者ギルドに申請・使用料を払うことでそのスペースを借りることができる。
特殊型迷宮はボスを倒せばその当日はそれ以上モンスターが出現しないからこそできることだ。
規模こそ違うがモンコロのスタジアムとして使われる東京ドームと同じである。
管理を任されたプロ冒険者によってボスが倒された後のスペースを有効活用しているのだ。立川の冒険者ギルドによる冒険者関連の啓蒙活動や今回のような学内冒険者新人王戦のイベント会場として。
(やっぱ多いな。見える範囲で十六人。冒険者部は別室に集められてるんだっけか)
部外の選手用控室に集められた参加者達の様子は多種多様。静かに瞑想にふける者もいれば、友人と思しき者達と会話している者もいる。
「…………」
芹華も壁に背を預け、静かに集中力を高めている。敢えて声にかけにいくつもりはない。守善と芹華は友人であってもライバルなのだ。
守善はひとり静かに沈黙を保ちつつ、周囲の様子を伺っていた。集まった参加者はさてどれほどかと探るために。
(……視線が多すぎる。あの動画のせいか)
そして感じるのは刺すような視線の数々。それも好奇ではなく警戒の色合いが極めて強い。
その原因は地上に上がってすぐヒデオ経由で知らされた一つの動画のせいだろう。名前こそ知られれどその腕前を誰も知らないダークホース、堂島守善の迷宮攻略風景を撮影した画像だ。
(籠付の野郎、やってくれたな。精々冒険者部の内部で連携するくらいかと思っていたが思い切り火にガソリンをつっこみやがった。肖像権の侵害で訴えてやろうか)
その動画をアップしたのは籠付だろう。かなりグレーゾーンの手段だが、守善に一泡吹かせるためならなんでもやるという言葉は嘘ではなかったらしい。
(ヨモツシコメにハヤテ、駄犬ども、B.B、レビィ。メインカードはほぼバレた以上対策の一つや二つ練ってくるだろうな)
敢えて見逃した一件を最大限利用しにかかったのだ。明らかに無断で撮影した動画なのでキチンと手続きを取って訴えれば籠付自身をどうにかできたかもしれないが、大会が迫ったタイミングではそんなことをやっている暇はない。
ヒデオも「落とし前を付けるなら手を貸す」と寄越したが、守善は無用だと断った。
(まあ、いい。織り込み済みだ。なによりそんな手間暇をかける意味がない)
籠付が情報源と思しき元の動画だがアップしてから程なくして削除されているのだ。もちろんその注目度故に動画のコピーがネット上に大量に出回っているが。情報流出は最早避けようがない。
これでは訴える意味がないし、半ば覚悟していたことでもある。今更であると守善は受け入れた。
とはいえそれはそれとして敵意、侮蔑、警戒と向けられる負の視線が鬱陶しい。
「……ハッ」
その視線を鼻で笑う。腕を組んでふてぶてしく、傲岸に見下した。
周囲の敵意にしょげ返って頭を下げるような殊勝さとは無縁。反骨精神旺盛なひねくれ者なのだ。敵意には敵意を、侮蔑には侮蔑を、警戒にはそれ以上の警戒を返すのが守善の流儀だ。
ピシリ、と空気が凍る音がした。
その場の参加者全員に向けての挑発行為も同然故に当然の反応だ。向けられる視線に棘が増し、唯一芹華だけが内心頭を抱えていた。
が、守善はそれ以上気に留めずに自分の内に潜った。
(気になるのはトーナメント表だ。確か当日発表らしいが……組み合わせを決めるのは冒険者部側の一存。さて、どこまで公平な組み合わせなのやら)
ドタキャンもありうる以上参加者が確定するのは結局当日になってから。加えて高額カードも絡むイベントであるため、事前に発表すると参加者同士の妨害行為すら考えられる。
そのため大会のトーナメント表が発表されるのは当日の試合開始直前だという。時間的にそろそろのはずだが……。
「お……」
「来た」
「やっとかよ」
一回戦開始、三十分前。
冒険者部のホームページからとべる新人王戦用の特設サイトに向かうと、トーナメント表が更新されていた。
さらにほどなくして冒険者部の部員と思しき学生が控室に入ってくると壁に人一人が横になれそうなサイズのトーナメント表を壁に貼り付けた。
守善は壁に貼り付けられたトーナメント表に近づき、まずは自身とライバル達の名前を探した。
(全員、ブロックはばらけたな。このまま順当にいけば芹華が準決勝、ヒデオは決勝で当たる……分かっちゃいたがキツイな)
強力なライバルとの二連戦だ。あの二人を退けて優勝するのは簡単ではない。が、守善はその事実をひとまず忘れることにした。
(まずは目の前の敵を確実にブチ殺す。それだけに集中しろ)
そう考え、自分の名前の横に書かれた対戦相手を見る。そして……クツクツと忍び笑いを漏らした。
周囲の参加者がそんな守善を奇妙な目で見たが、気にすることなく思考を最大加速で回し続ける。
(やってくれたな、冒険者部。まさか偶然とは言わんだろう?)
そこにあったのは籠付善男の名前。守善に、守善だけに敵意を燃やす冒険者部からの刺客だ。
恐らくはこの大会で最も守善に”勝つ”ことにこだわっている男。そしてこの場合の”勝つ”とは必ずしも二回戦に進むことを意味しない。
(一回戦は基本的に冒険者部とそれ以外がマッチする方式。偶然と言い張れなくもない範囲だな)
この大会の目的の一つに冒険者部と外部の冒険者との交流がある。そのお題目のためか一回戦は人数があぶれなければ基本的に冒険者部の部員と外部冒険者がマッチするのだ。
大会全体で三十二人。部員と外部の参加者がそれぞれきっちり十六人。確率的には十六分の一なのだからたまたまと言えばそれまでだ。
――だが籠付から見ればこれは絶好のチャンス。自身の手札を隠し、魔道具の使用回数を温存したまま全てのカードを切って守善にぶつかることができる。
(乗った。全力で来い、本気で叩き潰してやる)
思わず力を入れた拳からゴキリ、と音が鳴った。
◇◆◇◆◇◆◇
『さあ第一回戦、六戦目。まずは選手の入場です!』
アナウンスに促され、会場に足を踏み入れるとざわざわとした騒音が出迎えた。『アレ』だの『動画の』だのと切れ切れに聞こえてくる断片的な音から察するに守善の腕前を取り沙汰しているのだろう。
会場の内装はまさに巨大な体育館といった風。三桁単位の人数が大運動会を開催しても余裕で収容できそうな大きさだ。その広大な空間はテープで幾つかの試合用のコートに区切られている。
隣のコートではいまも別の選手たちがモンスターを駆使して戦っていた。
(人が多い。流石は冒険者部)
観客席は少なからず埋まっており、そこかしこに本格的な撮影カメラまで設置されていた。
カメラは冒険者部と報道部によるものだろう。後ほど撮影された動画は報道部によって編集され、冒険者部と報道部双方のアカウントでアップされるのだ。視聴回数が時に100万回を超える超人気コンテンツである。
『さあ、注目の一回戦第六試合。とうとう噂のダークホース、堂島選手の登場だーッ!』
聞き覚えのある声に視線を向ければそこには予想通りの見知った顔。報道部のすなはらッチこと砂原千鶴がマイクを片手に実況者として会場の空気を盛り上げていた。
『対するは冒険者部の籠付選手。いま会場に足を踏み入れた! 早速堂島選手を睨みつけています、負けられない二人の視線が交差する――!!』
場の空気を煽る千鶴に会場の空気も盛り上がる。
『解説の加津さんは二人のことをよく知っているとか。いかがでしょう、二人の印象は?』
『おう。どっちも最近二ツ星に上がってきた冒険者だ。二人とも気合のノリは悪くねぇ。どっちもしぶとい上にタフだ。一回戦ならここが一番見ごたえがあるかもな』
そしてなんと解説はカイシュウが担当していた。ラフな格好でマイクを握り、千鶴に合いの手を入れている。
『では勝負の行方は? 冒険者部としてはやはり部員有利と思われますか?』
『……んー。まあ言っちまうか。手札も腕も堂島が上だ。俺の予想じゃ七:三で堂島だな』
『おっとこれは厳し目の意見です。この下馬評を籠付選手は覆せるか!?』
二人の優劣をバッサリと切って落とした解説に良くも悪くも会場の注目度が増した。これで無様な試合運びを見せれば失望は免れまい。
「堂島ぁ……!」
そして試合場を挟んだ対面では籠付が守善を睨みつけている。その拳は固く握りしめられ、眼差しには強烈な敵意が宿っている。気合は十分だ。
「ハッ」
応じて守善も冷ややかな一瞥を投げつけ――下向きに立てた親指で首を掻き切った。いわば処刑宣告。敵意に満ちた視線の返礼としては十二分だろう。
『二人の闘志がバチバチと鳴る音が聞こえるようです! これは激闘が期待できそうですね!?』
『試合開始から要注目だ。どちらが”勝つ”にしろ――この勝負、長引くことはまずないぜ』
勝つ、に複数のニュアンスを含めつつ言い切ったカイシュウの言葉は正しい。
籠付の最も厚い勝ち筋は手持ちの札を短時間で一気に、かつ効果的に組み合わせて叩きつける短期決戦なのだから。
『それでは、試合開始!』
試合開始のベルが高らかに鳴り、二人は同時にカードを呼び出した。
【Tips】特殊型迷宮
ゲートの先に異空間が存在する通常の迷宮と異なり、元々存在していた土地と建造物を取り込んで迷宮化する迷宮の総称。別名、試練の迷宮。
特殊型迷宮の特徴として、道中にモンスターや罠が存在せず、主が一体(一枠)しか出現しないというモノがある。その分、主は通常の迷宮よりも大幅に強化されている。
また、外観は普通だが、一歩中に踏み込むと内部が非常に拡張されているケースも多い。東京ドームダンジョンなども、内部に球場がいくつも存在しており、それらは闘技場へと改築され番組ごとに一つの闘技場を所有し毎日のように試合が行われている。
※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。